VRゲームだと思ったら異世界転移ー最狂最悪マジキチ一族の一人に転生したけど、僕は何とか生きてますー

マジキチ一族の一員ですが、僕は必死に明るく生きてます
八兵衛
八兵衛

第24話 ソフィア・ブルーローズ・ソエラ3

公開日時: 2022年10月31日(月) 16:32
更新日時: 2022年11月2日(水) 19:40
文字数:8,610

 グロテスク、残酷描写、醜悪な性描写があります。注意して読んでください。

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 全身を纏う倦怠感に襲われて目を覚ます。

 少しでもその倦怠感と体中に走る痛みから逃れようと、必死に身体を動かして藻掻く。

 だがやはりというべきか、私の身体は鎖によって地面にクロスして突き刺された鉄の杭に、縛り付けられたままの状態で、両手両足共に動かすことは出来なかった。


「ああああああああああ!!」

 苛立ち絶叫し手足を乱暴に動かすが、無駄に体力ばかりが奪われ、倦怠感と痛みは増すばかりだ。

 手を抑える鉄の拘束具に傷つけられ、手首から腕を通って肩まで伝う自らの血に気付いて暴れる事をやめる。


 むせ返る程の血と汗の匂いが充満するその部屋を見回せば、ここに閉じ込められるまで、見ただけでは使用用途も解らなかったであろう様々な拷問具が所狭しと乱雑に並べられている。壁や地面にこびりついた真っ赤な血と、そこから生えた苔を見て絶望する。

 ネズミすら通る事を許さないであろう程の小さな窓から入る陽の光が、地によって育った赤黒い苔を照らし、朝が訪れて一日の始まる事を教えていた。


「ぁぁぁあぁぁぁああああああああ!! なんで!? なんで私が!? いや! もういやあああああああ!! 助けて! お父様! 助けて! お母様! 助けてよぉっ! アルネぇぇぇっ!」


 届く訳のない叫び声を嗚咽と共に漏らし、拭う事さえ出来ない涙と鼻水と涎を垂れ流しながら、糸が切れる様に体の力が抜ける。


 そして、ここに来て何度目になるのか、自らの舌を噛み切ろうと歯で咥え、顎に思い切り力を込めようと息を吸い込んだ。

 その瞬間、全身に電流が走り、その電圧のせいで体中がガタガタと震え、鉄の拘束具が打ち付けられ擦れ合う音が部屋に響く。


 電圧に耐えようと自然に歯を食いしばるので、それに巻き込まれて舌が噛み切れてしまえば良いと思うのだが、何故なのかそれすらも叶わない。


 私は、ドラクルによってこの身体に刻み込まれた奴隷紋によって、自らの命を絶つ事さえも出来ないのだ。


 もう駄目だ…。これ以上は…もたない。


 ドラクル大公国大公ヴラド・串刺しにする者ツェペシュ・ドラクルの三男、ウルド・リビングアースニストに、ドラクル大公国の首都公都ドラクルに連れて来られ、そこにあるドラクル城の地下の拷問室に幽閉されてから既に一年以上が過ぎていた。


 ほとんど毎日朝から晩まで繰り返される拷問に耐え、死ぬ事も許されない私がかろうじて心を保っていられるのは、単に家族と同胞達の命を無惨に奪い、今も尚その責苦を味合わせているドラクルに対する復讐心からだ。

 そしてもう一つ、私の心が死んでしまえば、私の身体はドラクルの四男、エマール・狂った傀儡子マッドパペッティアの傀儡として利用されてしまうからだ。


 心が折れ奴に屈してしまえば、私の体を使って何をするのか、それを考えただけで恐ろしくなる。

 エマールは私の体を使って同胞達を虐殺するつもりであると言っていた。しかしそれ以外にも、狂ったあいつに何をされるか解らない。


 エマール・マッドパペッティア・ドラクル。奴のその恐ろしさと悍ましさを私は知っている。


 絶望に打ちひしがれる私の耳に、拷問室のドアが開け放たれる音が入った。


 ギギギと古めかしい音を立てて、悍ましい笑みをたたえたエマールが部屋に入る。病人を思わせる様な青白い肌が、エマールの悍ましさを数段色濃く感じさせる。

 奴は自分の後に二人の人間が部屋に入るのを待って、拷問室のドアを閉じた。


 エマールの後に続いて部屋に入ってきた内の一人は、ヴラド大公の五男、ジャック・狂人サイコ・ドラクル。

 いや…ジャック・狂った人形サイコドール・ドラクルの方がお似合いか。


 ジャック・サイコドール・ドラクルは、赤髪赤目が特徴のドラクル一族では珍しく、少しカールのかかった銀髪と青い瞳を持つ絶世の美男子で、その心は兄であるエマールによって既に殺されており、表情は無く、喋るどころか吐息さえ漏らさない。何をするにも兄エマールの命令でしか動けない、正に人形の様な哀れな男だ。


 そしてもう一人、後に続いて入ってきたのは、ヴラド大公の二女、メルミーナ・生まれながらの罪人ギルティアライブ・ドラクル。

 頭から爪先まで、全身を隠すような青いローブを着込んでおり、こちらもドラクル一族らしからぬ、青い髪に青い瞳を持った美しい娘だ。


 彼女が生まれながらの罪人と称される理由は二つ。


 一つは彼女の力によるもの。並外れた回復能力を持つ彼女は、命を失って数分程度の者ならば蘇らせる事が出来るらしく、また、四肢の欠損やあらゆる病気をもたちどころに治してしまう。神をも冒涜する様な力を持っているのだ。


 一年間も拷問が続いているのは、彼女の回復能力の力による所が大きい。エマールがどれだけの拷問をし、あらゆる責苦を私に負わせこの身をどれだけ傷つけようと、彼女の魔法のせいで私は死んでしまう事が出来ないでいるのだ。


 そして彼女が生まれながらの罪人と称されるもう一つの理由。

 彼女がヴラド大公が捕らえて犯した獣人種の娘が産み落とした子であるという事。

 ローブで頭を隠してはいるが、その頭には獣人種特有の獣の様な耳が生えている。

 彼女の持つ能力のお陰で生かされている為、恨みがないと言えば嘘になるが、彼女もまたドラクル一族によって苦しめられている者の一人だろう。


 私が三人を睨みつけていると、エマールが喜色の笑みを浮かべた。

 

「ああ! ああ! ソエラ王国の青薔薇の姫よ! 何だか焦げ臭いぞ! また飽きもせず自ら稲妻に焼かれたのか? 学習能力のない哀れなドブネズミめ。さっさと心を折ってしまえば良いものを」

  

「誰が、貴様の様な下劣な人間に屈するか…」

 私が悪態をつくと、エマールはワナワナと肩を震わせて、乱雑に置かれてあった拷問具の中から鉄の鎖で出来た鞭を拾い上げ、それを乱暴にふるって私の体に打ち付けた。


「誰がっ!? 私のっ! 許可無しにっ! 話していいとっ! 言ったっ!」

 綺麗に纏めてあった赤い長髪のオールバックが乱れる程に、エマールは憎悪を込めた表情で、力一杯私を打ちのめす。

 肉が裂けて、骨を抉り、私の血が辺りに飛び散る。


「あぁあ…」

 その光景を見て、後ろに控えていたメルミーナが泣き声を上げる。


「うるさいっ! 毎日見ているくせにこれくらいで泣くなっ!」

 エマールは手にしていた鉄の鞭を投げ捨てると、メルミーナの頬を引っ叩く。


「うぅっ!」

 力の無さそうなか弱い見た目のメルミーナは、それだけで態勢を崩して転んでしまう。


「畜生っ! 忌々しい獣人の娘がっ! 自分の傷は治せないとは使えない奴めっ! 怪我をしたくなければ声を出すな!」

 倒れたメルミーナを蹴り上げ、エマールは再び私へと視線を戻す。


「屑が…」

 堪えきれず悪態をついて、エマールの顔に唾を吐く。


「あああ…。本当に…汚らわしい奴らめ」

 エマールは目を閉じて怒りをおさめる為に深呼吸をして、振り返ってジャックを見つめる。


「何をしている? 愛しいお兄様が汚い亜人種によって汚されてしまったぞ。清めろ」

 エマールの言葉を聞いても、ジャックはどこか虚空を見つめたまま動かない。

 その様子を見て、エマールは再び声を荒げる。


「俺の顔についた、この汚い亜人の唾を舐めとれって言っているんだよ!」

 エマールの言葉を理解したのか、ジャックはエマールの目の前へと歩みより、エマールの額から顎へと伝う私の吐いた唾を、何の躊躇も無しに舐め上げる。


 ジャックに顔中を舐められるエマールは恍惚の笑みを浮かべて生唾を飲みこみ、ベルトを外してズボンを脱いだ。


「ああ…駄目だ。我慢できん。そのままだジャック。そうだ。顔を舐め続けろ」

 エマールは自らの股間をまさぐり、汚い物をジャックの太ももに擦り付け、腰を動かし始めた。


「ああ。良いぞ。それでこそ私の最高傑作だ。青薔薇の姫よ。何故ジャックが私の最高傑作と成り得たのか知りたいか?」

 エマールは自らの行う悍ましい行為に恥じらうそぶりも見せず。私に向かって問いかけた。


 自らの弟の心を殺して愛玩具の様に扱う汚らわしい話など聞きたい訳がない。

 私が怒気を込めた瞳でエマールを睨みつけると、彼は私の意見など求めていないとでも言いた気なそぶりで手を振って、規則的に吐息を漏らし、小刻みに腰を振りながら話し続ける。


「ジャックはこの世に生れ落ちて2年という月日を追う毎に、我等一族には似ても似つかない容姿となっていった。月光を思わせる美しい銀色の髪。穏やかな海を思わせる鮮やかなコバルトブルーの瞳。心のあるうちは実に愛嬌のある笑顔で周囲を照らしていたよ。サシャ等は本当に此奴を可愛がっていたな。あの頃は我等家族もそれなりに幸せだった。だがやはりと言うべきか、赤髪赤目でない事で父さまに嫌悪されていたのだ。母は不貞を疑われて首を落とされた。捨てられ殺されそうになっていたこいつを救ったのは私なのだぞ?」


 私がエマールを睨みつけ、メルミーナは目の前で行われる身の毛もよだつ行為に愕然としているが、エマールは何も意に介さず、時折不快な吐息を漏らしながら話し続ける。

 

「歳が2つになったこいつをお前の様に鉄の杭に張り付け。爪を削ぎ、指を折り、腕を折り、皮膚をはぎ、歯を抜いて鼻を折り、泣き叫ぶこいつもあれはあれで美しかった。それから1年後、メルミーナが来てからは更に良かった! 目玉を繰りぬこうと四肢を捥ごうと、数秒で元の綺麗な姿に戻るのだ! ジャックはそれに絶望して、そこから心が死ぬまではあっと言う間だったよ! お前はこの忌々しい穢れた血の娘を哀れに思っているようだが、それは間違いだ! ジャックの心に止めをさしたのは間違いなくこの獣人の娘なのだぞ! そしてお前も時期にこの女に殺される! イヒヒっ! イヒヒヒッヒ!」

 

 後悔の念に苛まれているのか、絶望の表情を浮かべて頭を抱えるメルミーナを見て、エマールは歪な笑みを浮かべて奇怪な笑い声をあげる。


「ああ! 良いぞ! 汚い種族のその絶望の表情! 美しい弟の肌触り! 艶やかな舌が私の肌を這う感触っ!」

 エマールは激しく腰を振りながらジャックの腰に差していたナイフを抜き取り、それを振りかぶったかと思うと、ジャックの肩や腕、腹を滅多刺しにし始めた。


「ああっ! 綺麗だ! 父さまが嫌っていたお前の血は! ドラクルに相応しい程の赤色だっ! ああっ!」

 次第に腰の動きを速め、エマールはジャックの太ももに自らの物を擦り付けながら果て、恍惚な表情を浮かべて涎をたらす。

 

 その光景を見ていたメルミーナが盛大に嘔吐し、吐瀉物がジャックとエマールの足にふりかかる。


「あああああああ! 何だ! 人が愛を確かめ合っている最中に汚らわしい女め! くそっ! くそがっ!」

 エマールはメルミーナの顔面を蹴って彼女を倒すと、その体を彼女がぐったりして動かなくなるまで何度も蹴りつけた。

 そして舌打ちをしてからズボンを履き、ジャックの血液で汚れたままの服装をただし、何事も無かったかの様に振る舞い私に対峙した。 


「興が冷めた。今日は帰る。明日もここへは来ないが、その分明後日は何倍もの苦痛を味合わせてやるから楽しみにしておけ」

 そこまで言って、エマールは蹲って意識を失っているメルミーナを苛立たし気に見て、舌打ちをしながら蹴り起こした。メルミーナがうめき声をあげて目を覚ましたのを確認して言葉を発する。


「お前はジャックの治療をして、身体を綺麗に洗った後部屋に連れてこい。いや、違うな。私は明日の為に特別な準備がある。明日の朝6時きっかりにジャックを連れてくるのだ。解ったな?」

 メルミーナがその言葉に頷くと、エマールは恍惚の笑みを浮かべてジャックを見た。


「あああ…可愛いジャック。聞いていただろう? この汚い獣人、お前の妹メルミーナの言う事を良く聞いて綺麗にしてもらうんだぞ? 明日はお前の18の誕生日だ。明日の朝一番に、お前を完全に俺の物にしてやろう。やっと…。やっと一つになれるのだ。汚い獣人崩れよ。ジャックの尻の穴も綺麗にしておくのだぞ!」

 メルミーナが小刻みに体を震わせながらも頷いたのを見て、エマールは満足そうに笑ってから拷問室を後にした。

 

 私が目にした光景に吐き気を催していると、メルミーナはエマールの足音が聞こえなくなるのを確認してからそそくさと立ち上がり、無表情で立ったまま血を流し続けるジャックの胸に手を置いた。

 その様子を見つめていると、メルミーナの手から放たれた優しい青の光が、彼の傷を瞬時に癒した。

 

 そしてメルミーナは私の元へと歩みより、同じように私の傷を癒す。メルミーナの回復魔法によって、先ほどエマールに鉄の鞭に打たれて出来た新しい傷だけではなく、長年戦争で刻み続けた私の傷も綺麗さっぱりなくなっている。


 ここ一か月は、メルミーナが毎日拷問室に来るようになったおかげで、拷問がエスカレートしている。死ぬ心配が無くなった事で、エマールの歯止めが無くなっているのだ。

 いつ終わるとも知れない戦争の終結を待つか、来るかも解らない助けを待つか、私の心がいつまで持つのか解らない。


 このままでは、私もジャック・サイコドール・ドラクルの様になってしまう。

 それだけは嫌だ。もう耐えられない…。


「お願い…殺して…」

 私が涙を流しながら懇願すると、メルミーナも大量の涙を流しながら首を振った。


「ごめんなさい。ごめんなさい。それは出来ません」

 想像通りの返答に私が失望して項垂れると、メルミーナは徐に、私の手足を縛っていた拘束具を取り外し始めた。


「は?」

 一年ぶりに手足を解放された事に私が戸惑っていると、メルミーナはローブの中に隠していた袋を取り出して私に手渡す。


「この中に貴女の着替えと、旅に必要な路銀が入っています。どうかお願いです。ジャックお兄様を連れてここから逃げてください」

 メルミーナの言葉の意味が理解出来ず、混乱したまま黙っていると、メルミーナは焦った様子で言葉を続ける。


「お願いします。あまり時間がないのです。逃げ出した事に気付かれるまでに、なるべく遠くへ逃げる必要があります。この状況を作るまでに1年もかかってしまいました。それは本当に申し訳ございません。ですけどどうか助けてください。ジャックお兄様を連れて逃げてほしいのです」


「この状況を…作る?」

 その言葉を聞いて、私の頭の中でぐるぐると考えが巡る。

 メルミーナの態度や表情は、先程までの怯えて震えるか弱い少女の物ではなくなっていた。

 その表情は、戦士になると決めたあの日の自分と重なるものがあった。


「ジャックお兄様のお耳には、エマールの言葉しか届きません。先ほどエマールがジャックお兄様にした命令をお聞きになりましたか?」


 エマールのジャックへの命令? 確か…。


「お前の言う事を良く聞くようにと…」

 私の捻りだした呟きに、メルミーナは力強く頷きを返す。


「つまり、お前の今までのあの態度や表情は、この状況を作り出すための演技だったとでも言うのか…? ハッ! 戯言を」


「全てではありません。貴方の事を哀れに思い救いたいと思っていたのもまた事実。お願いします。急いで着替えて、ジャックお兄様と共にここから逃げてください。この中に入っているのはエマールと同じローブです。顔を隠してジャックお兄様と共に行動すれば、あなたの事をエマールではないと疑う者もいないでしょう」

 こいつはか弱い女のふりをして、なんと強かな女なのだ。哀れに思っていた私の方が哀れではないか。


 戸惑いを残したまま頷きを返して急いで着替えを始めると、メルミーナはこれからの予定を捲くし立てる。


「城の裏口まで一緒に行きます。貴女はそのまま南の王都ナーパへと向かって下さい。ナーパ王国へと向かう事には不安を覚えるかもしれませんが、貴女はジャックお兄様の奴隷として王都に入るのです。そうすればそこまで酷い扱いを受ける事もないでしょう。この大陸でドラクルの人間から逃げるのであれば、王都ナーパが一番安全なのです。世界中の誰も、まさかドラクルの人間がナーパ王国にいるとは思わないでしょう。王都ナーパには私の内通者であるガラムと言う男がおりますので、その者にジャックお兄様を引き渡していただければ、貴女を解放する様にお願いしてあります。貴女が望むのであれば、そのままソエラの民の元に送り届ける約束もいたします」

 

「そんな口約束を信じろと? 私がそのままこいつの首を持ってソエラに行くとは考えないのか?」

 私を信じきった様な間の抜けた計画を聞いて、思わず鼻で笑ってしまう。結局自分を聡いと勘違いした、ただのお嬢様だったのか。詰めが甘いにも程がある。

  

「ごめんなさい。私は貴女の事を信じる事は出来ません。」

 メルミーナは懐から取り出したネックレスに、周囲に飛び散っていたジャックの血液と私の血液とを擦りつけた。


「我が契約の保証人とならん。この者達に隷属の契約を…」

 メルミーナが言葉を唱え終わると同時。手にしていたネックレスが弾け飛び、私の背中に燃える様な痛みが走る。

 痛みに顔を顰めてメルミーナを睨みつけると、彼女は溜息をついて頭を下げた。


「申し訳ございません。貴女をジャックお兄様の奴隷にいたしました。これで貴女はジャックお兄様を害する事は出来ません。」

 

「は?お前…何を…」

 私が驚愕して茫然としていると、メルミーナはジャックに向き直って話しかけた。


「ジャックお兄様。貴方は今後一切エマールに近付くことを禁じます。エマールの声を聞く事を禁じます。エマールの事は奴が死ぬまで無視して下さい。そして、貴方がソエラ王国に向かい近づく事を禁じます。貴方はこのソフィア様と共に、ナーパ王国へと向かうのです。そこでガラムという男と会い、その人に匿って貰って下さい。いずれ私の方からジャックお兄様に逢いに行きます。それまで、このソフィア様とガラム様の言う事を良く聞くのですよ?ああ、それと…」

 メルミーナはジャックの手を取り優しく包み込んでから、慈愛の表情を向けて微笑んだ。


「これ以上、この手を汚す事を禁じます。これからは、誰かを傷つけ命を奪う行為は、一切行ってはなりません。また、その様な命令を下された場合はそれを無視し、即刻その場を離れてください。これは貴方がこの世での生を全うするまで、解かれない命とします」

 メルミーナはそのまま暫く無表情のままのジャックと見つめ合い、何かに満足した様に頷いてから私に向き直った。


「そんな事で…本当にエマールの支配を受けなくなるのか? こんな馬鹿みたいな話があるのか?」

 私が尋ねると、メルミーナはクスリと笑う。


「ご存知の通り、エマールは屑でノロマで無能な馬鹿です。エマールは心の死んだ者を傀儡にする方法を知ってはいても、傀儡となった者を支配し続ける方法は知りません」


「何故それがわかるんだ?」


「この日の為に10年以上も計画をたててまいりました。10年の間に傀儡となったのはジャックお兄様だけではありません。私にはその傀儡となった者達を何人か見てきた経験があります。その経験から得た確証です。エマールが愚かにもジャックお兄様の支配権を私に預ける様になったのはここ最近でも数える程ですが、そのチャンスを逃した事もありません。初めはエマールの命令を一回だけ無視する様に、その次は2回無視するように、その次は一回無視して、その次の命令は聞き、また2回無視する様に。その次は三日間エマールを避ける様に…。その全ての私の命令を履行した事を確認しております。4回でそれだけ確かめられれば充分でしょう?」

 メルミーナの表情を見れば、今の話が紛れもない事実なのだと解る。

 ジャックを助ける為に、色々と思考を巡らせて様々な事を試してきたのかもしれない。


「それらの命令をお前が行ったとバレている可能性は? お前に支配権を与えた後にその様な事が立て続けにおこれば、流石に気付くだろう? 今日の作戦が漏れている可能性はないのか?」

 私の言葉を聞いて、メルミーナは片方の眉を吊り上げて鼻で笑った。


「私はエマールとは違って馬鹿ではありません。それぞれの命令を支配権を与えられた日時から感覚を開けて行っています。そして、支配権を与えられた五度目の今日に、作戦を実行に移す事にも意味があるでしょう。こういうのは、長引けば長引く程作戦が漏れてしまう可能性もありますし、いくらエマールが能無しのクズとは言え、実験の回数が増える程バレてしまう可能性も高まるでしょう? エマールがジャックお兄様が成人なされる日に、その貞操を奪おうと考える事など猿でも解ります。今この時に、私にジャックお兄様の身を清める様に命令する事もそうです。今日に狙いを定めて私の少ない手の者達の間だけで計画を練る事など、まるで児戯に等しい。聡明な貴女様も、そう思うでしょう?」


 私は舌を巻いて喉をならした。エマールのいる時のメルミーナと、エマールのいない時のメルミーナの印象が違いすぎる。全く別人の印象を受ける。

 コイツもやはり、ドラクルの人間なのか。その豪胆さと自信はどこから来るのか、思い切りが良すぎる気もするが、コイツを信じ、作戦に乗ってしまっても良いのか?


 私が眉を寄せて考えていると、メルミーナは拷問室のドアを開いた。


「貴女に重責を負わせてしまう事に負い目はあります。しかし何れにせよ、貴女の生き残る道は一つです。貴女をこの地獄から救う代わりに、ジャックお兄様を助けて下さい。私は…私は絶対にジャックお兄様をエマールから解放して見せます。さあ、行きますよ」

 決意の籠ったその瞳と足取りを見て、私は大きく舌打ちをしてからその後に続くのだった。

 

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