日比谷さんが放った氷の矢が、蛇の眼を直撃した。それが効いたのか、それとも怒りを煽ったのか、蛇が唐突に奇声を上げる。そして、地面へ飛びかかっていった。その先には那須くんの姿。蛇が急速に動いて生まれた風でかすかに揺らめいているから、那須くんの分身だ。
蛇は口を開けたまま床に衝突した。ガリっと嫌な音が響き、また砂埃が巻き起こる。誰かが起こした風が砂煙を吹き払った。蛇がゆっくりと体勢を取り直ゆっくりとす。しかし衝撃が大きかったのか、軽く頭を振っていた。そして、獲物を捕らえられていないことに気づいたのか、また奇声を上げた。相当怒りが溜まったのだろう、今度は体全体でのたうち回り始めた。
「まずい……!」
なにしろ超巨大な蛇だ。胴体の太さなんて大きなトラック以上はある。そんなのに暴れられたら一たまりもない。
誰かが蛇の体に衝突し、壁に飛ばされるのが見えた。壁にぶつかって床に叩き落される。無事かどうかわからなくて、思わず観察した。立とうとしていたから死んではいないけど、あれじゃあしばらく動けない。しかも運の悪いことに、障壁からかなり離れてる。
「一旦戻って!!!」
加賀くんの声に反応し、何人かは障壁へと戻ってきた。でも、それ以外の人は蛇の胴体から逃れるので精いっぱいだ。こっちに戻ってくる余裕なんてない。加賀くん自身も障壁の外に留まっていた。
炎の弾が蛇の頭を直撃した。その攻撃のおかげで、蛇の動きが一瞬止まる。その隙を逃さず、加賀くんを含む残りの人たちも障壁へと向かってきた。
一方で、蛇はすぐにその眼に鋭さを取り戻した。そして今度は、頭をもたげて上へ上へと体を伸ばしてく。さっきまでとは明らかに様子が違う。
天井に鼻先が付くか否かというところで、蛇の頭は上昇を止めた。眼光が、障壁の後ろに立つ僕らを射抜く。
蛇の意図に気づけたのは、僕だけだった。
「こっちにこないで!!!」
咄嗟に叫んだ。加賀くんが止まってくれたのは見えた。すぐに蛇の様子を確認し、蛇がしようとしていることに気づいたみたいだ。でも、他の人はこっちに走ってくるのに夢中だ。僕の声なんて聞こえていない。
そうこうしているうちに、到頭蛇が行動を始めた。天井まで上げた頭を急速に振り下ろして、障壁にぶつけたんだ。その瞬間、障壁の後ろにいた僕たちを衝撃波が襲った。思わずよろめいて下がってしまう。
それは芹さんも同じことだった。障壁自体は音を立てて振動しているけど、壊れる様子はない。けれど、芹さんが後ろに下がるのに合わせて通路側へと動いてきてしまっている。
部屋の中では障壁に近づいていた人たちが、蛇が障壁にぶつかって生じた衝撃で飛ばされていた。受け身をとれずに怪我をしている人もいる。その人たちにもお構いなしに、蛇はまた頭を天井近くに近づけている。
七瀬さんは衝撃で転んでしまっていた。他に、芹さんの近くにいるのは僕だけだ。芹さんがこれ以上後退しないように、誰かが芹さんを支えないといけない。今それができるのは僕しかいない。
「芹さん!!!」
すぐに芹さんの後ろに駆け寄ろうとする。けれど、蛇はそれを待ってくれなかった。芹さんが前に進む間もなく、再び蛇が衝突してきた。さっきよりも強い衝撃が僕らの体を打つ。後退してしまう障壁。このままだと、障壁の外にいる人たちがこちら側に戻ってこれなくなる。
部屋の中にいる人たちもそれに気づいた。さっきよりも激しい攻撃が蛇を襲い、蛇に攻撃させまいとする。でも、蛇が気にする様子はない。完全に、部屋にいる人たちの退路を断つつもりだ。
どうする……?障壁と壁との間にはまだ人が通れるくらいの余裕はある。でも、僕が障壁から出たところで何ができる? それに、蛇の意識は完全にこっちに向いている。今出ていったら、標的が僕になる。僕なんて一瞬で殺されて終わりだ。
打つ手はある。けれど、『能力(それ)』は最後の手段であるべきだ。使うべきじゃない。
また、蛇の体が衝突してきた。さらに勢いが増している。立ち上がった七瀬さんが、すかさず芹さんの体を支えた。けれどそんな二人をあざ笑うように、衝撃波は容易く二人の体勢を崩した。立っていられず、地面に倒れこむ二人。僕も立っていられず転んでしまう。
すぐに障壁を確認した。もう、壁との隙間は人一人分くらいしかない。
絶望が僕の頭をよぎった、その時だった。
絶え間なく蛇を傷つけていた、火の玉と氷の矢、光の剣。それが、同時に蛇に向かった。多分偶然、だと思う。それらの攻撃が、まだ床に近いところにあった蛇の鼻先に同時にぶつかった。結果、大爆発が起こった。目がくらむような強い光が僕らの目を焼く。障壁越しに爆音が耳に届く。
蛇の頭を、赤い煙が覆った。煙の中から大きな血の雫が床へ、ぼたぼたと落ちていく。ついに、蛇の体に傷をつけることができた。素晴らしい成果だ。けれど、そんなことを無邪気に喜んでいる場合じゃなかった。
耳をつんざく奇声が鼓膜を震わせた。煙の中で蛇が吠えたんだ、と冷静な思考が働く一方、体は耳を塞ぐので精一杯だ。思わず動きを止めてしまう。部屋にいる人も同じで、蛇への攻撃を止めてしまっていた。
突如として、蛇の絶叫が止まった。不気味な静けさが僕たちを襲う。
少しの間呆けたままだったけど、すぐに意識が明瞭になった。すかさず障壁を確認する。大丈夫だ、まだ存在してる。壁との隙間もまだある。
蛇はどうなった、と障壁の先を見て、ハッとした。蛇の鼻の辺りがえぐれ、赤い肉が見えている。怒りに燃える目は、もはや障壁を見ていない。自分を攻撃した相手を見つけようとしているみたいだった。
そして、その視線が一方向に定まった。視線の先にいたのは、那須くんだ。壁のそばでうずくまっている。分身は全て消えていた。
分身で蛇を混乱させるのが那須くんの役目だった。けど、分身で同じ姿が多く現れたせいで、蛇の気を引きすぎたんだ。蛇は逃さないと言わんばかりに那須くんだけを見つめている。
那須くんが、蛇の視線に気づいた。怯えて、立ち上がろうとしてるけど、脚に力が入らないみたいだ。あれじゃ、逃げられない。
どうすればいい? あのままじゃ那須くんが殺される。僕に何ができる?
能力を、使うべきか……?
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