美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

二十話

公開日時: 2020年9月5日(土) 19:36
文字数:2,135

 子供の頃の恐怖と不安が蘇り、心が折れてしまいそうだった。だが、よくも悪くも、僕は子供の頃の僕ではない。無視してきた母親への怒りまでもが、僕の中でメラメラと燃え上がる。その怒りが、僕を冷静にさせた。


 こいつがここにいる訳がない。こいつは偽物だ、間違いなく。


 突然見えない何かに怯えだしたみんな。突如現れた母。これだけでも、今何が起きているかは充分に推測できる。


「みんな、今見てるのは幻だ! 冷静になって! 目を覚ますんだ!」


 恐らく今僕たちは、精神攻撃を受けている。もしこれが、自分が怖いと思うものを見せるという攻撃なら、今見ているものが幻だと認識できたなら――。


 そこで、予想していたことが起きた。母の姿が、光になって消えていったのだ。母がいた場所には、うろたえた様子の日比谷が立っていた。


「幻だ! 今見てるのは幻だ! 見破るんだ! 心を強く持って!」


 とにかくみんなを落ち着かせようと、でたらめに声をかける。それが功を奏したのか、僕の能力のおかげか、何人かは正気に戻ってくれた。


 その中の一人に、静木がいた。


 静木なら、ひょっとしたら能力で、強引に全員を正気に戻せるかもしれない。


 静木と目が合う。相変わらずの無表情。静木はどうやら、表情から僕の考えを悟ったようだ。すぐにみんなに語りかけてくれた。流石の冷静さだ。


「みんな、落ち着いて。みんなが見てるのは偽物よ。そんなものはこの世にいないわ」


 静木がそう言った直後、異常に安心感が増した。不思議なくらい、自分は大丈夫だという気持ちになる。やはり、静木の能力は異常に効きやすい。


 しかし、最後の言葉が引っかかった。この世にいないというのはおかしい。僕の母は残念ながらこの世にいる。恐らく僕と静木で見えてたものが違ったゆえの発言だろう。静木には一体なにが見えていたのだろうか。


 静木の能力のおかげで、周りの喧噪が一気に引いていった。みんなが落ち着きを取り戻していく。


 これなら大丈夫だ。出発しても問題ないだろう。


 そう思ったのに、またしても悲鳴が上がった。何事かと様子を伺う。何人かが一所に集まっている。どうやらまた幻が見えたとかではないらしい。


 人込みをかきわけ、集まった中心にあるものを見た。そして、湯島が倒れているのを見てすぐに叫んだ。


「七瀬さん! 治療を!」


 湯島の腹には、切り裂かれたような傷があった。そこからどくどくと血があふれ出ている。腸らしき内臓が見えた。湯島本人は激痛で気絶してしまっていた。まだ生きているのが奇跡だ。


 呆けている芹を介抱していた七瀬が、慌ててこっちに駆けてきた。そして、湯島を見て悲鳴を上げかける。


「治療! 早く!」


 確かにこれは気が弱い人が見るには、あまりにもむごすぎる。天野の死体よりも酷い。悲鳴を上げたくなるのもわかる。だが今は、七瀬をいたわってる場合じゃない。


 僕の必死さが伝わったのかは分からないが、七瀬は恐る恐る近づいてきて、湯島の治療を開始してくれた。たちまち傷が癒えていく。内臓がずるずると腹の中へ戻っていった。それが生生しく、誰かが吐いたのが聞こえた。僕だって吐き気が止まらない。


 ここで迷宮が行ってくる攻撃が、ただ幻を見せるだけ、なら大したことはない。さっきみたいに僕や静木の能力でどうにかできる。だが、湯島が怪我したことで状況が変わってきた。


 考えられるとしたら、幻影は実体化する、ということ。あるいは、幻影の攻撃が現実化する。だとしたら、ここの危険度はかなり高い。またいつ幻影が出てくるかも、どんな奴が現れるかもわからない。この場を早々に離れる必要がある。意識を改めなければならない。


 まもなく、湯島の治療が終わった。湯島は気を失ったままだ。


 本来なら湯島が目を覚ますまで待つべきなんだろうが、今は一刻を争う。


「郷原くん、湯島くんを背負って運べる?」


「問題ねえよ、任せとけ」


 なら湯島は郷原に任せよう。みんなに先を急がせるため、声をかける。


「みんな、ここは危険だ。すぐに離れよう。走れる人は走って。僕は後ろから追いかけるから――」


 そこで、通路の先に気配を感じた。異質な気配。肌が粟立つ。


 じっと目を凝らす。よく見えないが、四つの人影があった。周囲を見回して様子を伺う。困惑した表情で、みんなが僕を見ていた。どうやら、僕にしか見えていないらしい。


「みんな、ここで待ってて」


 そう言い残し、一人で人影の方へ向かう。僕にしか見えていない幻でも、他の人にも攻撃が有効な可能性もある。あの四体が幻影だと分かっているんだから、僕一人で行っても大丈夫だろう。


 そういう考えがあった。そして、この判断に自信を持っていた。


 幻影たちが段々と近づいてくる。それとともに、徐々にその姿がはっきりとしてくる。だが、その顔はもやがかかったように見えない。


 安心して歩み続けていた僕はしかし、幻影たちが花仙高校の制服を着ているのを見て、思わず足を止めた。


 薄々感づいてはいたことだ。だが、認めたくなかった。彼らとだけは、会いたくなかった。


 四人。制服。今、僕が出会うのを恐れている人物。そんなの、決まっている。


「天野くん、か……?」


 声が漏れた。その瞬間、幻影たちの顔にかかっていたもやが消えた。


 そこにいたのは、死んだはずの四人。真坂、那須、間壁、そして天野だった。

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