郷原が象牙を抜き取った。同時に、ライオンが羽を広げ、ホバリングを始める。その目は郷原をじっと見据えたままだ。
一旦ライオンから目を離し、障壁の中を見た。おどおどしてる金髪交じりに話しかける。
「湯島くん。君の能力で日比谷さんの矢に毒を付与できるかな」
「え、え、えと……できないと、思う」
「そうか」
湯島啓介。能力は『毒を生成する』。手のひらで毒を生み出せる。その特性ゆえ近距離攻撃しかできない。湯島は運動ができるわけでもなく、戦闘に消極的だったので、これまでの戦闘には参加してこなかった。
「あっ、で、でも……接触感染するタイプの毒だから、ど、毒を喰らった人は、が、その、攻撃したら、毒はうつせるよ」
「そうか、ありがとう」
どもりながらも答えてくれた湯島に感謝する。湯島の情報は有用だ。作戦を組み立てていく。いくら郷原でもそろそろ体力も限界が近いはず。早めに決着をつけなければならない。
心を決め、指示を出した。
「日比谷さん、石堂くん。障壁の外に出てライオンを攻撃してくれ。ライオンの羽を狙うんだ。でも、あまり障壁から離れないように。少しでもライオンがこっちに来ようとしたら、すぐに戻ってきてくれ」
「分かったわ」
「任せろ」
二人は頷いて、すぐに走っていった。次は僕の番。
「湯島くん。二人の攻撃が効けば、あの化け物は地面に下りてくるはずだ。そのタイミングで、僕の腕に毒を塗ってくれ。そして七瀬さん。僕が戻ってきたらすぐに治癒できるように、準備しておいてくれ。僕は死ぬつもりはないからね。湯島くんの毒がどれくらい強力かはわからないけど、きっと七瀬さんの能力があれば毒は無効化できるはずだ」
「で、でも……それは、き、危険すぎるよ」
「この迷宮を攻略しようと思ったら、きっと危険じゃないところなんてないよ。今更毒を怖がったりはしない。大丈夫、僕を信じて」
湯島の顔は浮かない。自信があるようにも見えない。七瀬にしても、憂いの表情を浮かべている。それでも、納得はしてくれたようだった。
障壁の外では、空中から攻撃をしかけるライオンに、郷原が象牙で応戦していた。日比谷と石堂の攻撃がライオンに直撃し、爆発する。少しずつ羽が傷ついていっているように見える。
一方、障壁の内側はかなり悲惨な状況だ。ほとんどの人が絶望した表情を浮かべている。さっきまでの僕のように座り込んでいる人も一人ではない。吐いた後の特有の匂いが充満している。
それでも、逃げ出した人はいない。みんながここにいる。全員が僕を信じてくれている。なら、僕は期待に応えるまで。
「みんな、聞いてくれ」
障壁の内側で語りかけた。視線が僕に集まる。思ったより自分の声が落ち着いていることに少し驚いた。
「僕のミスで、もう四人も死んだ。ごめん。本当にごめん。でも、四人の死を悲しむことができるのは僕たちが生きているからだ。僕たちには、生きる義務がある。彼らのことを忘れず、彼らの死を悼む義務がある。約束するよ。僕は、僕が生きている限り、絶対に犠牲は増やさない。必ずみんなで、生きて元の世界に帰る。だからもう一度、僕にチャンスをください。お願いします」
自然と出た言葉だった。自然と頭を下げていた。全て本心だった。
静寂が僕らを包んだ。みんなからの返事はなかった。それでも、否定的な空気ではなかった。僕はそれを、許しととらえた。
頭を上げ、障壁の外を見る。戦いは未だ続いているのだ。気は抜けない。
郷原が象牙でライオンの顔を殴るのが見えた。ライオンにひるむ様子はなく、視線が郷原から外れない。ホバリングしたまま攻撃のタイミングを見計らっている。戦意を失わない。
そんなライオンの羽に、炎の弾が炸裂する。同時に氷の矢も着弾していた。羽に一瞬炎がともる。ライオンが羽をはばたかせて、すぐに炎は消えた。それでも、羽はかなり傷ついているようだ。
ライオンが郷原に向けて急降下した。ぎりぎりで郷原が身を躱す。郷原は左腕が怪我であまり使えていない。象牙は武器としては使えるが、持って動くには大きすぎる。あのままではライオンに捕まるのは時間の問題だ。
着地したライオンが郷原を追おうとするが、すかさず日比谷の矢がライオンを襲う。ライオンが再び空中に逃げた。しかし、その動きがどこかぎこちない。羽の傷は深いようだ。うまくいっている。
たたみかけるように、日比谷と石堂の攻撃がライオンを襲った。石堂の炎弾が爆ぜる。ライオンが怒りの咆哮を上げた。ライオンの高度ががくんと下がる。
どうやらライオンは、郷原より先に石堂と日比谷を倒すべきだと考えたらしかった。とうとう視線が郷原から外れ、日比谷たちの方へ向く。羽を大きく羽ばたかせ、こちらへ飛んできた。
「日比谷さん、石堂くん! 一旦障壁の中へ!」
幸い僕の指示は聞こえていたようだ。すぐに二人が障壁の内側へ戻ってきた。二人を追って、ライオンが障壁の前に降り立つ。
「郷原くん! ライオンの気を引いてくれ!」
僕の呼びかけに応え、郷原が障壁に向かって走り出した。
次は僕だ。
「湯島くん。僕の腕に毒を」
そう言って、腕を差し出す。湯島が、恐る恐る近づいてきた。まだ決心ができていないようだ。
「早くやるんだ。もう迷ってる暇はない」
そう促す。渋々という感じで、湯島が僕の腕に触れた。その手は、震えていた。
「じゃ、じゃあ、やるよ……」
そして、湯島が能力を発動した。ぬめりとした感触を腕に感じる。
毒の効果はすぐに現れた。腕が痺れ始める。最悪の気分だ。
「よし、行くか」
覚悟は決まっていた。
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