僕が何か言う前に、七瀬が治療を始めた。おかげでどんどん痛みが引いていく。傷が閉じていくのを感じた。どうやら僕はまだ死ぬ運命にはないらしい。
しかし、確かに傷は完治したが、体に少し違和感があった。もしかしたら、七瀬の能力にも弱点があるのかもしれない。だが、それを考えるのは後だ。
攻撃したのが胸だったのが功を奏したらしい。ライオンは苦しむようにのたうち始めた。でたらめに暴れ回り、障壁にぶつかる。障壁が震え、重低音が響いた。
どうかこのままおとなしく死んでくれ、と思う。もうなるべく痛い目には会いたくない。それに、郷原も早急に治療しなければならなかった。早くライオンを殺さなければ。
「日比谷さんと石堂くんは続けて攻撃!」
石堂は指示を出す前から攻撃を再開していた。日比谷のほうはまだこちらを見ている。僕を心配してくれるのはありがたいが、頼むから今は言う通りにしてほしい。
石堂の炎弾が炸裂する。しかしライオンは胸の苦しみで反応できていない。湯島の作る毒はよほど強い毒らしい。七瀬がいなければ、今頃僕もああなっていただろう。七瀬がいてくれて本当によかった。
石堂に加え、郷原も象牙でライオンに攻撃を始めた。郷原の傷は深い。足元もおぼつかなくなっている。できれば休んでいてほしいところだ。しかし疲労と怪我は郷原の戦意を減じさせなかったらしい。すごい精神力だ。
だが、郷原の気合によってか、石堂の絶え間ない攻撃の成果か、とうとうライオンが地面に倒れ伏した。もはや息も絶え絶えという様子だ。すかさず郷原が象牙を構え、ライオンへと駆け寄る。
とどめ、と言わんばかりに、郷原が象牙をライオンの首に突き刺した。片腕しか使えない郷原だが、床に象牙を立てることでどうにか固定している。ライオンが象牙から逃れようと首を振ったことで、かえって象牙が深々と刺さっていった。ライオンが金切り声をあげる。死を目前にした最後の叫びだ。
けたたましいその鳴き声は、まもなくやんだ。不思議な静寂が訪れる。
実感がない。あの化け物に勝ったという実感が、いまいち湧いてこない。勝利の二文字が頭の隅をかする。それでも、なかなか緊張は解けなかった。
誰かが、倒したんだ、と呟いた。誰かは分からなかった。だけど、そんなことはどうでもいい。徐々に周りに、そして自分の中に歓喜の念が生まれるのを感じる。それが重要だ。
勝ったんだ。あの化け物に。あの忌々しい怪物に、勝ったんだ。
突如として背後で歓声が沸き上がった。感情が爆発したんだ。みんなが叫ぶ。もしかしたら、僕も叫んでいたのかもしれない。
でも、僕にはまだやることがあった。ライオンが本当に死んだのか。自分で確かめるまで安心はできない。
障壁の外に出て、ライオンの様子を伺った。反吐が出るような獣臭さと血の匂い。一刻も早くここから離れてしまいたい。
そんな気持ちを抱えながら、ライオンの元へ近づいていく。ライオンはピクリとも動かなかった。ライオンの体はちょうどこちらに背を向けるように倒れている。視線を動かせば、郷原も象牙を持ったまま、まだ警戒を緩めていなかった。石堂が、こちらへ駆けてくる。
ライオンに視線を戻す。息はしていないように見える。どうやら、本当に死んだようだ。
その瞬間、自分の中に度し難い激情が生まれるのを感じた。
この怪物が、このクソ野郎が三人を殺した。僕が守ろうとした人たちを殺した。三人の未来を奪った。
許せない。許せるわけがない。
怒りが体を支配していく。僕は無意識に、ライオンの体を蹴っていた。何度も蹴っていた。夢中だった。
それでも怒りは収まらず、むしろ増大していく。
「クソがッッッ!!!!!」
思いきり蹴り上げてやるつもりで、脚を振りかぶった。その時。
突如としてライオンが起き上がり、こちらを振り返った。大きく開かれた口が顔前に迫る。
時間がひどくゆっくり流れていった。ライオンの唾液が体に付く。この体勢だ、避けれやしない。
僕はここで死ぬのか。
案外冷静な頭でそんなことを思う。これが僕の運命。ここで死ぬのが僕の人生だったということだ。
もしかしたら、僕が死んだら天野たちも僕を許してくれるかもしれない。
そう思った。甘んじて死を受け入れようとした。しかし、現実はそううまくはいかなかった。
僕を喰う直前で、炎の弾がライオンの口の中へと飛んだ。炎が口内に着弾し、大爆発が起きる。その衝撃で吹っ飛ばされ、地面を転がる。それでもどうにか動きを止め、素早くライオンの様子を見た。
ライオンは火を噴きながら、呻くようにして頭を上下させていた。しかし間もなく、力尽きたように地面に伏した。その近くには、石堂の姿。どうやら、危険を察知して攻撃してくれたらしい。
そして、倒れたライオンの顔の上に郷原が立った。片腕で、高々と象牙を掲げる。
「とどめだ犬っころ!!!」
掛け声とともに、郷原が象牙を突き立てた。象牙はライオンの眼窩を貫通し、ずぶずぶと貫いていく。さらに郷原が体重をかけ、ライオンの頭を貫通させた。象牙にそって、血が床へとしたたり落ちる。
死ななかった安堵によるものだろう。今更腰を抜かして、床に座り込む。石堂の機転に助けられた。どうやら僕はまだ、運に見放されてはいないらしい。
「何やってんだよ加賀。お前らしくもないねえ。お前が死んだら俺たちは終わりだぞ」
ライオンの上に英雄のように立つ郷原が、声をかけてきた。その声には、怒気が含まれている。本当にその通りだ。怒りに身を任せるなんて僕らしくもない。
「ありがとう、助かったよ」
少し照れながら、僕はそう言った。
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