美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

二十二話

公開日時: 2020年9月5日(土) 19:40
文字数:2,582

「いやああああああああぁぁぁぁ!!!!!」


 日比谷の絶叫が響いた。加賀の体がゆっくりと傾いていく。時間の流れがひどくゆっくりに感じた。


「おい加賀!!!」


 背負った湯島が邪魔だ。一応怪我しないように気をかけ、そっと地面に下ろす。すぐに加賀の元へ走った。


 加賀の胸から血があふれ出すのを見てなお、加賀なら大丈夫だろうという気持ちがあった。いろんな状況を考えて対応することができる奴だ。これも加賀の計算のうちに違いない。


「七瀬も来い!」


 何も考えずに足を出したが、よく考えれば俺がいたってできることはない。治療できる七瀬が必要だ。走りながら七瀬の名を叫ぶ。


 日比谷の後ろに立った。加賀の状態を確認しようとするが、日比谷が加賀に抱き着いているので見にくい。加賀の体から流れ出した血が、俺の靴を濡らした。


「邪魔だ日比谷!!!」


 無理やりどけようとした手を振り払われた。肩を震わせて泣いている。せめて脈だけでも測りたいが、これではとてもできそうにない。


 気が抜けている様子の七瀬に、もう一度声をかける。ようやく正気に戻り、七瀬が慌てて駆けてきた。すっかり動揺してしまっている。だが、気を持ち直すのを待っている時間はない。すぐに七瀬に治療を開始させる。


 しかし、七瀬の表情はすぐに焦りに変わった。さらに動揺してしまっている。


 治療を開始してから、三十秒が経過した。しかし、一向に傷が癒える様子はない。苛立ちが募る。


「おい七瀬! ちゃんとやれよ!」


「やってるわよ! でも全然治んないのよ!」


 思わず舌打ちしてしまう。嫌な予感がする。緊急事態だ、日比谷の気持ちなんて慮ってる場合じゃない。


 無理やり日比谷を加賀から引きはがそうとする。無茶苦茶に抵抗する日比谷に殴られるが、この際無視だ。日比谷の力じゃあ俺には勝てない。どうにか日比谷を加賀から離せた。


 脈を測ろうと、加賀の腕に触れた。そして、全てを悟った。加賀の体は、氷のように冷たかった。


 加賀の口元に手を持っていく。息をしていない。


 信じがたい。加賀がこうも簡単に死ぬとは思えない。加賀の顔は、苦痛に歪みながらも、どこか満足そうだ。これも加賀の計算の内なのか?


 疑問が頭の中で渦巻く一方で、人の死はいつもあっさりしてるものだと、妙に納得している自分もいた。


「七瀬、もういい」


「え、でも……」


「もういい。加賀は死んだ」


 絶句する七瀬を押しのけるように、日比谷が這い寄ってきた。もう止めるのも面倒だ。


 加賀が死んだことの衝撃が大きすぎたのか、かえって冷静になれた。加賀に気を取られていたが、よく考えてみればまだここは危険地帯。加賀の死が計算の内にしろ予想外のことにしろ、早めに立ち去る必要がある。


「おいお前ら! 死にたくなかったらあの壁まで走れ!」


 動く気配のない有象無象に呼びかける。どうも指示待ちになりがちなこいつらだが、指示を与えられたら行動は早い。足並みそろえて駆けだした。どいつもこいつも怯えた顔をしてやがる。


「郷原! お前はどうすんだ!」


「こいつ抱えてすぐ追いかける! てめえは湯島を連れていけ! 心配すんな、早く行け!」


 石堂が頷き、湯島を抱えて走っていった。面倒だが日比谷を置いていくわけにもいかない。かと言って、仲間を俺に付き合わせるのは俺の気が許さない。


「七瀬! いつまで呆けてんだ! てめえも抱えられてえか!」


 そう声をかけると、七瀬も飛び跳ねて駆けて行った。後は俺と日比谷だけだ。


「どうせてめえは、何言っても聞かねえんだろうな」


 泣き伏したままの日比谷の背中を見る。ため息が出た。気持ちは分からなくはないが、対応しなきゃならない俺の身にもなってほしい。だがまあ、こいつに振り回されるのはいつものことだ。加賀によく対応を任されていた。こいつの我儘には慣れている。


 一応声をかけ、日比谷を荷物のように小脇に抱える。抵抗しようと暴れまわり、聞き取れない泣き声で罵ってくるが、泣き疲れたのだろう、力が弱い。


「いい加減おとなしくしやがれ。さっきから親父が見てんだ」


 ちらりと後ろを見た。靄がかかった黒い人影がこちらを見ていた。それが何故か、親父のような気がするのだ。もちろん親父な訳ないが、ろくなものでないのは間違いない。


「おら、行くぞ」


 念のため日比谷に警告しておく。能力を発動した。体の中が熱くなり、心拍が激しくなるのを感じる。


 加賀の死体を置いて行くのは少し気が引けた。しかし、死体を抱えて怪物と戦う訳にもいかない。短く黙とうして、前を向いた。気合を入れる。


 足を踏み出した途端、五メートルほど跳躍していた。この能力は、制御ができず扱いが難しい。俺以外の奴にしても、使いづらい能力が多すぎる。誰がこの迷宮を作ったかは知らないし、興味もない。だが、救済措置がこの能力なら、相当悪趣味な奴が作ったのは分かる。


 能力を使ったまま走り続ける。他の奴らはすでに遠くにいたが、すぐに追いついた。背後を確認する。親父の姿はなかった。


「おいお前ら! どうやら逃げ切ったらしい! 走んなくていいぞ!」


 一番後ろで叫ぶ。ほっとした空気になった。全員が走るのをやめ、歩き始めた。息切れしてる奴もいる。俺も能力を解除し、全員の速度に合わせた。


 俺の脇に収まってる日比谷は、もう泣いてはいない。だが、立ち直ったというよりは泣き疲れて無感情になったって感じだ。余計なこと言ったらまた面倒なことになる予感がする。しかしいつまでも抱えていることもできない。


 人混みの中に静木を見つける。こいつだけは相も変わらず無表情だ。若干頬が紅潮してるし、肩で息をしてるから、辛うじてこいつも走ってたんだと分かる。


「静木! こいつ任せていいか?」


 そう呼びかけると、静木が鋭い目をこっちに向けた。機嫌はよくないらしい。この状況で機嫌いい方がおかしいが。俺では日比谷は介抱できない。日比谷は、どうにかしてくれそうな静木に押し付けてしまおう。


 断られることも考えたが、静木は案外あっさりと引き受けてくれた。床に下ろした日比谷に何やら語りだしたので、俺だけ集団の先へ向かう。俺は慰めができる人間でもないし、やろうとも思わない。こういうのはできる奴に任せればいい。


 加賀は死んだ。今、クラスをまとめれるのは俺くらいだ。正直仲間以外が死のうがどうでもいいが、加賀の遺志は、クラス全員で生きて帰るという思いは尊重するべきなんだろう。面倒すぎて、ため息が出た。

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