美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

三十六話

公開日時: 2020年9月9日(水) 08:57
文字数:2,358

 間もなく、新界の横に立った。間近で見ると余計に圧倒される、豪華な扉。この飾り気のない迷宮にはあまりにも場違い。


「なあ」


 扉を観察していると、新界に話しかけられた。新界が先に口火を切ったのが意外だったために、少し驚いてしまう。珍しいこともあるものだ。


「七瀬はどうした?」


 予想はしていた問いだ。答えは用意してある。けれど、答えるのは気が重い。


「突然、橋から飛び降りたの。止める間もなかった。きっと、芹さんが亡くなった現実に耐えられなかったのね」


「へえ」


 納得しているのかどうか判別しづらい顔だ。でも、新界はそれ以上詮索はしてこなかった。それでいい。もし新界が、私がしたことを知っている素振りを見せたら、新界の始末も視野に入れないといけなくなる。


「この扉を通れば、元の世界に帰れるのかしら」


 話を逸らす意味も込めて、尋ねてみた。新界が知っているはずもないけれど。


「さあ。触ったら分かるだろう」


 相変わらず愛想のない奴。やっぱりこいつとは相性が悪い。でも、言っていることは正しい。扉に触れれば、これまでの扉と同じように開くかもしれない。その先には元の世界が待っているかも。自分の手まで汚したんだ、そろそろこの迷宮から解放してくれたっていい。


 新界が自分から動く様子は全くないので、仕方なく扉の方へ足を進めた。何が起きるか分からないので、できれば新界にやらせたかった。


 そして、扉に触れられる距離まで迫った。扉の向こうからこぼれる光が眩しい。無機質な扉の冷気が少し怖い。気合を入れて、扉へと手を伸ばす。その指先が、扉に触れようとした時だった。


「待ちなさい、静木さん」


 突然の声に驚いて、思わず扉から飛びのいた。そしてすぐに、声の正体に気づく。この声は、高山だ。あの忌々しいクソ教師。周りを見回しても、高山本人の姿はない。


「今更何か用ですか? 高山先生」


 思わず嫌味たっぷりに言ってしまう。どこにいるか分からないので、とりあえず上を向いて声をかけた。これだけのことをされたんだ、もう高山に嫌われたって別に構わない。


「そうかっかしないで。私はあなた達二人に、元の世界に帰る方法を教えるために声をかけたのですよ」


 高山の言葉に、呆気に取られた。本当に、元の世界に帰れる? ずっと非現実な空間にいたせいで、帰れると言われても現実感がない。少し遅れて、喜びがふつふつと湧き上がってくる。我慢できずに、高山を急かした。


「なら、早く教えて」


「まあまあ焦らず。ともかく、お二人とも、ここまでの健闘お疲れ様でした。全滅も覚悟していたので、大変嬉しい限りです。そちらではどのくらいの時間が経っているのでしょうか。食事も取らずに動き回ったのですから、すでに極限状態にあるでしょう。まあ、こちらでは二時間程度しか経過しておりませんが」


 こいつ、私が苛立っているのを分かってて焦らしてきている。どこまでも性根の腐った男だ。


 私の反応に構うことなく、高山は話を続けた。


「さて、では元の世界に帰る方法をお教えしましょう。まず、二人とも扉に触れてください。ああ、まだ触らないで」


 扉に近づいた私を、高山が呼び止める。早く続きを言えと、真上を睨みつけた。


「扉に触れてから、一つ質問に答えていただきます。その答え次第で、あなた方の運命が決まります」


「は?」


 まだ何かあるの? どうして素直に帰してくれないのか。


「相手を生かすか、殺すか。これが、質問の内容です。もしお二人ともがお互いを生かす、と答えた場合、八割の確率で生きて帰ることができますが、二割の確率で死ぬこととなります。相手を殺すと答えた場合、確実に生き残ることができますが、相手は死にます。お互いが相手を殺すと答えた場合、お二人とも死ぬこととなります」


「何よそれ」


 狂ってる。それが正直な感想。こんな地獄のような場所に生徒を送り込むような教師だ、高山が狂ってることなんて重々承知してる。それでも、ここまで来た人間にそんな選択をさせるなんて、いかれてるとしか思えない。


「もちろん、好きなだけ話し合っていただいて構いませんよ」


「……だそうだ」


 新界は、それほど驚いている様子ではなかった。もしかしたら、これまでのことから、ただで帰れるわけはないと考えていたのかもしれない。そうだとしても、常人離れした落ち着きっぷりだ。


「一応聞いとくが、生かすって言ってくれるよな? 八割も生きられる確率があるんだ。死ぬことなんてないだろう」


 新界にそう言われ、私の脳が急速に働きだした。なんて返すのが正しいのだろう。


 普通に考えれば、新界が言う通り、生かすと言うのが正解。八割はかなり高確率だ。死ぬことは考えなくていいはずだ。


 でも、ここまでどうにかやってきたところでの二割はかなり大きい。死の二割が大きな壁となって判断を遅くする。折角ここまで生きてきたのに、確率なんかが原因で死にたくない。確実に生き残りたい。


 なら。


「もちろん、生かすって言ってあげるわ。私を信じて。新界くんを殺そうとすることは、ない。だから、新界くんも私を生かしてくれる?」


「当然。はなからそのつもりだ」


「そう、よかった。じゃあ、扉へ」


 そう言って新界を扉へ促し、自分も扉に近づく。そして、扉に触れた。遅れて、新界も扉に触る。


「おやおや、もう決まったのですか。もう少し揉めることを期待していたのですが、これでは張り合いがありませんね。でもまあいいでしょう、答えを聞きましょうか」


 また、高山の声が聞こえてきた。声が反響しているせいで、相変わらずどこから聞こえてきているのか分からない。自分は安全な場所にいて私にこんなことをさせていると思うと、腹が立つ。


「では、静木さん、新界くん。あなた方は、相手を生かしますか、殺しますか」


 私は、問いに答えるために口を開いた。もちろん、新界を生かすつもりはなかった。

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