偽物だ。
必死に自分に言い聞かせる。あれが本物な訳ない。四人はもう死んでる。この世にいない。
そんなことは充分理解している。理解しているはずなのに、幻影は消えてくれない。僕を睨んで、近づいてくる。その顔は憎悪に満ちている。
「やめてくれよ……」
思わず後ずさる。そして、嘘みたいに動けなくなった。金縛りというやつだろうか。呼吸がしづらくなる。全身の毛が逆立つ思いだ。さっきから冷や汗が止まらない。
「消えろ消えろ消えろ消えろ」
ぶつぶつと呟き続ける。自分に暗示をかけることに必死になる。ひたすらに消えろと願う。僕が殺される訳にはいかないんだ。あいつらは偽物だと、脳が叫んでいる。冷静になろうと努力する。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」
一方で、消えてほしくないと思う自分もいた。四人に殺されることを望む自分に気づいていた。殺されることに救いを求める自分がいた。だが、そんな自分を認めるわけにはいかない。僕は皆のリーダーでなければいけないんだ。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」
冷静になろうとする一方で、本能が大きな声を上げ始めた。もう生きていたくない。人を死なせてしまったという責任に苛まれたくない。そんな生き地獄はもう嫌だ。僕はもう、生きるべきじゃない。
「もう許してくれよ!!!」
無我夢中で叫んだ。皆が異変に気付いた気配がする。後ろで静木が何か言った。だがもう、頭が真っ白で聞いている余裕がない。
背後に気配を感じる。多分日比谷だ。日比谷じゃ僕を救えない。日比谷は必要ない。最期くらい、邪魔をせずに僕におとなしく死なせてくれ。
四人は足を止めない。間壁の手に、光の剣が握られた。はっきりと殺意を感じる。このままだと、殺されるのは確かだ。
「僕を殺したら、許してくれるのか……?」
無意識に問う。答えはない。しかし、答えがないことこそが答えのように思える。
なら、殺されるのを拒む理由があるだろうか。僕は死を、甘んじて受け入れるべきじゃないだろうか。救いを求めるのは、正しいことじゃないのか。
それが、真理のように感じた。だから僕は、腕を広げ、あえて無防備な体をさらした。四人の殺意を受け止めることを、四人に示した。
辛い。自分が守ろうとした人たちに殺される。これほど胸が痛むことはない。だから、これは罰だ。四人を守れなかった、僕の弱さに対する。だけど、この罰を耐えれば、僕は救済される。幸せになれる。
間壁が剣を構えた。その剣先は、僕の胸に向けられていた。
僕の肩を誰かが掴む。横で何かを叫んでいる。なぜか内容は分からないが、しかしうるささは感じた。日比谷。お前はどこまで僕の邪魔をする。最後くらい、一人で殺されたっていいだろう。
光の剣が胸に触れた。さあ、後は貫くだけだ。早く僕を楽にしてくれ。
間壁がじりじりと近づいてくる。剣先が、ゆっくりと僕の中に入ってきた。
痛い。熱い。
痛すぎる。息が荒くなる。声が漏れた。体内に異物を感じる。焦げるような匂いがした。喉が熱い。何かが喉を逆流してくる。口の中に血の味が広がる。
そんな地獄のような苦痛の中に、僕は喜びを感じた。これで僕は許される。なら、こんな痛みは受け入れられる。そんなことを意識のはざまで思いながら、僕はその時を待った。
ぷつん、と自分の中で音が鳴った。何かが潰れるような感覚があった。急速に意識が薄くなっていく。視界がぼやけ、耳が詰まったように聞こえなくなった。体をひどい寒さが覆う。
これが死か。
案外あっさりしてるんだな、なんて思いながら、僕は床へ倒れこんでいった。意識が完全になくなる刹那、四人の顔が見えた。四人は、笑っていた。それだけで満足だ。思い残すことはない。僕は幸せだ。
僕が死んだらどうなるだろう。みんなには悪いことしたな。
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