美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

二十一話

公開日時: 2020年9月5日(土) 19:37
文字数:1,544

 偽物だ。


 必死に自分に言い聞かせる。あれが本物な訳ない。四人はもう死んでる。この世にいない。


 そんなことは充分理解している。理解しているはずなのに、幻影は消えてくれない。僕を睨んで、近づいてくる。その顔は憎悪に満ちている。


「やめてくれよ……」


 思わず後ずさる。そして、嘘みたいに動けなくなった。金縛りというやつだろうか。呼吸がしづらくなる。全身の毛が逆立つ思いだ。さっきから冷や汗が止まらない。


「消えろ消えろ消えろ消えろ」


 ぶつぶつと呟き続ける。自分に暗示をかけることに必死になる。ひたすらに消えろと願う。僕が殺される訳にはいかないんだ。あいつらは偽物だと、脳が叫んでいる。冷静になろうと努力する。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」


 一方で、消えてほしくないと思う自分もいた。四人に殺されることを望む自分に気づいていた。殺されることに救いを求める自分がいた。だが、そんな自分を認めるわけにはいかない。僕は皆のリーダーでなければいけないんだ。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」


 冷静になろうとする一方で、本能が大きな声を上げ始めた。もう生きていたくない。人を死なせてしまったという責任に苛まれたくない。そんな生き地獄はもう嫌だ。僕はもう、生きるべきじゃない。


「もう許してくれよ!!!」


 無我夢中で叫んだ。皆が異変に気付いた気配がする。後ろで静木が何か言った。だがもう、頭が真っ白で聞いている余裕がない。


 背後に気配を感じる。多分日比谷だ。日比谷じゃ僕を救えない。日比谷は必要ない。最期くらい、邪魔をせずに僕におとなしく死なせてくれ。


 四人は足を止めない。間壁の手に、光の剣が握られた。はっきりと殺意を感じる。このままだと、殺されるのは確かだ。


「僕を殺したら、許してくれるのか……?」


 無意識に問う。答えはない。しかし、答えがないことこそが答えのように思える。


 なら、殺されるのを拒む理由があるだろうか。僕は死を、甘んじて受け入れるべきじゃないだろうか。救いを求めるのは、正しいことじゃないのか。


 それが、真理のように感じた。だから僕は、腕を広げ、あえて無防備な体をさらした。四人の殺意を受け止めることを、四人に示した。


 辛い。自分が守ろうとした人たちに殺される。これほど胸が痛むことはない。だから、これは罰だ。四人を守れなかった、僕の弱さに対する。だけど、この罰を耐えれば、僕は救済される。幸せになれる。


 間壁が剣を構えた。その剣先は、僕の胸に向けられていた。


 僕の肩を誰かが掴む。横で何かを叫んでいる。なぜか内容は分からないが、しかしうるささは感じた。日比谷。お前はどこまで僕の邪魔をする。最後くらい、一人で殺されたっていいだろう。


 光の剣が胸に触れた。さあ、後は貫くだけだ。早く僕を楽にしてくれ。


 間壁がじりじりと近づいてくる。剣先が、ゆっくりと僕の中に入ってきた。


 痛い。熱い。


 痛すぎる。息が荒くなる。声が漏れた。体内に異物を感じる。焦げるような匂いがした。喉が熱い。何かが喉を逆流してくる。口の中に血の味が広がる。


 そんな地獄のような苦痛の中に、僕は喜びを感じた。これで僕は許される。なら、こんな痛みは受け入れられる。そんなことを意識のはざまで思いながら、僕はその時を待った。


 ぷつん、と自分の中で音が鳴った。何かが潰れるような感覚があった。急速に意識が薄くなっていく。視界がぼやけ、耳が詰まったように聞こえなくなった。体をひどい寒さが覆う。


 これが死か。


 案外あっさりしてるんだな、なんて思いながら、僕は床へ倒れこんでいった。意識が完全になくなる刹那、四人の顔が見えた。四人は、笑っていた。それだけで満足だ。思い残すことはない。僕は幸せだ。


 僕が死んだらどうなるだろう。みんなには悪いことしたな。

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