周り全てを呪う目をしたまま、静木は消えていった。どこまでも自分を貫く女だった。貫いたところで、結局は髪の毛の一本も残さず消滅したが。あまり嬉しくない死に方ではあるが、見ている方としては最高だろう。あんなに背徳感と征服感を感じ、残虐性に酔いしれ興奮したのは初めてだ。
静木がいた所をじっと見つめていた。あまりに非現実なことが起きたからか、静木の死が魅力的すぎたのか、呆けてしまっていた。しかし唐突に、扉から大きな機械音がした。じろりと扉の方を見る。手を扉から離すと、ゆっくりと扉が向こう側へ開き始めた。眩しい光が差し込み、俺の目を焼く。目を細めながら、その先の景色に目を凝らした。
扉が開ききる。徐々に向こう側の明るさに目が慣れてきた。ゆっくりと目を開いていく。
――扉の先にあったのは、かなり豪勢な、応接室のような場所だった。下に赤い絨毯が敷かれ、ガラス張りのテーブルと高そうな椅子二つ、ソファが一つ置かれている。
幾何学模様の壁紙の前には、これも高そうな棚。棚の上には、あまり趣味がいいとは言えない置物が整然と並べられている。金色の龍の置物がまた悪趣味だ。
左手には、木製の大きな文机が置かれていた。机の上には、この部屋にはあまりに場違いな庶民的な置時計。机を挟んで向こう側にある窓からは、小さな無数の建物が見える。この部屋はかなり高いところにあるようだ。
右手には、一般的な大きさの扉。木を模していて、品のよい装飾がなされている。
部屋全体を、天井の照明が照らしていた。この照明がまた装飾過多なシャンデリアで、明るいがあまり実用的でないように思う。
部屋の内装を観察していると、横からノックと共に扉が開く音が聞こえてきた。視線を動かす。部屋の扉を開けて、高山が立っていた。
「お疲れ様です、新界くん。どうぞ、おかけください」
高山がそう言うので、一番近くにあった椅子に座った。途端に、動き続けた疲れがどっと出てきた。緊張が切れたのもあるのだろう。
「いやあ、今回は本当に楽しませていただきました。実に素晴らしい活躍でしたよ、新界くん。誰もあなたが生き残るとは思っていませんでしたからね。よい番狂わせになりました。お偉いさま方もここ数年で一番興奮していました。もちろん私も」
そう言いながら、高山は俺の対面のソファにどっかり座った。高山も高山で、疲れているように見えた。
「この部屋は本来私のものではないのですが、事情があって貸し与えられていましてね。あまり身の丈にあっているようには思えません。内装も私の好みではありませんし。ただ、このソファだけはお気に入りです。家に持って帰りたいくらいだ」
高山が滔々と語るが、正直全く興味がない。早く解放して、施設に帰してほしい。とにかく今は布団で寝たい。たっぷり寝たら、思う存分飯を食おう。
「それで新界くん。お疲れのところ申し訳ありませんが、少し話があります。構いませんか?」
話に付き合わなくていいならそうしよう。だがどうせ、俺に拒否権はないはずだ。俺は黙って頷いた。
「ではまず。新界くんはすでに能力を使えなくなっています。それは理解してくださいね。能力はあの異世界でしか使用できませんから。まあ、私はあなたの能力を知っていますので、能力を使えたとしても私を殺したりはできませんが」
左腕を見れば、能力を得た時にできた刻印は消えた。だが、能力を使えなくなっているのは予想していたことだ。特段驚くことでもない。それに、しばらくは生きるだの殺すだのとは無縁でいたい。じっと黙っていると、高山が再び話し始めた。
「次に一つ質問を。一応確認しておかなければいけないのでね。あなたには、今回のことを誰かに告発する意思がありますか?」
その問いに、ため息をついて答える。すでに答えは決まっていた。
「先生の話ぶりからして、俺たちが初めてあの迷宮に飛ばされたんじゃないんだろ? 大人数が突然消える。消えた先は異世界。メディアが喜びそうな話だ。なのにこんな大規模な事件は今まで表に出てきたことがない。俺みたいに生き残ったやつもいるだろうに。恐らく、かなり巨大な組織か何かが、事件をもみ消してる。だろ? なら、俺が告発したって仕方ない。かえって俺の首を絞めるだけだ。俺は、告発する気はない。今のところ、わざわざ自分を殺すような真似する気はないさ」
すると、高山は感心したように頷いた。どうやら読みは当たっていたらしい。
「組織自体は大したものではないですがありますし、告発したところで無意味なのはその通りです。仮にあなたが告発すると答えた場合は、あなたを始末するつもりでした。新界くん、実に賢明な判断をしてくれましたね。ただ、念のためしばらくの間、あなたには監視がつくことになります。監視者が姿を見せることはありません。必要な措置ですので、理解してください」
これも、黙って頷く。そもそもこんな話、メディアは喜ぶだろうが誰も本気にしない。俺の頭がおかしくなかったと考えるのが普通だ。それに、全ては異世界で起きたこと。証拠がない。だから本当に告発するつもりはないので、監視などいらないのだが、仕方ない。諦めよう。
「さて」
高山が話を続ける。
「このまま帰っていただいてもよいのですが、自分が何に巻き込まれたのかを知らないまま、っていうのは気分がよくないだろうと思いましてね。それに、私の勘ですが、新界くんには私に似たものを感じます。折角ですので、あの迷宮について教えてあげましょう」
後日でよくないか、と一瞬思った。今はもう疲れ切っている。早く帰って休みたい。だが、今すぐ事の真相を知りたいという気持ちもあった。そして、俺の好奇心は疲労に勝った。俺は立ち上がることなく、おとなしく椅子に座っていた。
そして、俺の様子に構わず、高山は少し楽しそうに話し始めた。あの異世界迷宮の真実を。
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