美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

七話

公開日時: 2020年9月3日(木) 08:14
文字数:1,835

 その時、やれ、と僕の中で誰かが囁いた。やるしかない。あいつを救うのはお前だ。あいつの盾となって、騎士になれ。男を見せろ。使え、お前の『能力』を。


 そして僕の中で、確かで巨大な何かが生まれた。それは、覚悟。自分の命を投げ出す覚悟。誰かを救う覚悟。自らの騎士道を貫く覚悟。今、それができた。


「真坂くん!!!」


 隣でへたり込んでいる真坂くんに呼びかける。呆けた様子だった真坂くんが、驚いた顔でこっちを見た。真坂くんの能力は、『注目を誰かに集める』だったはずだ。真坂くんの能力で、蛇の注意をこっちに向けることができれば、那須くんは救える。


「蛇の意識を僕に向けるんだ! できるよね!!!」


「えっ、いや、できるけど、で、でも――」


「いいからやるんだ! 早く!!!」


「わ、わかった」


 真坂くんの答えを確認し、僕は障壁から飛び出した。人のいない方へ走る。


「おい馬鹿蛇! こっちを見ろ!!!」


 足を動かしながら、僕でも案外こんな大きな声を出せるんだなあと、呑気なことを考えていた。これから起きることなんて分かりきっているのに、不思議と心は落ち着いている。今にも那須くんに飛びかかりそうだった蛇の頭が、ゆっくりとこっちに向けられた。真坂くんの能力はちゃんと効いているみたいだ。


 どうにか、想定していた人のいない壁際に到着した。蛇の方へ向き直る。蛇の標的は、完全に僕に変わったようだ。蛇の視線が爛々と僕を貫く。その口から、チロチロと下が飛び出て、汚らしい涎が途切れることなく垂れていた。


「モラルのない奴だな! 親の顔が見てみたいよ!!!」


 情けなくなるほどレベルの低い挑発を繰り出してみた。言葉の意味なんて理解できないだろうけど、どうやら馬鹿にされているのは分かったらしい。舌の動きが激しくなった。吐息に近い声を漏らしながら、こっちへ頭を近づけてくる。


 対して僕は、頭は冴えてるし、周りもよく見えてる。不思議なことに、恐怖はない。僕を突き動かす勇気だけが心にある。


 視界の隅に加賀くんの姿が見えた。僕の考えに気づいたみたいだ。何か叫んでいるみたいだけど、よく聞こえない。でも、言いたいことは分かる。僕を止めようとしているのは間違いない。でも、今更止められない。蛇を倒す方法なんて、これくらいしか思いつかない。


 蛇の口が開かれた。生臭い息が僕を包む。細長い舌が意思を持ったように動き回ってる。


「さあ、来いよ」


 蛇が飛びかかってきた。その口が、死が、間近に迫る――。


 僕は、すごく恵まれた人間だった。両親はすごく仲が良くて、そんな両親を見て育った僕は家族が大好きだった。父は教師で、叱る時はすごく怖かったけど、優しくて、そしてちょっと子供っぽかった。母は笑顔が絶えなくて、気配りを忘れない人だった。そして二人とも、家族を一番に考える人だった。家族は僕の自慢だ。それは今でも変わらない。


 けれど中学二年生の時に、家族で交通事故にあった。遠出して公園に向かっていた時に、信号を無視した車に追突されたんだ。爆音とともに窓が割れたのを覚えてる。ガラスが脚に刺さった痛みをはっきりと感じた瞬間に、頭を座席に打ち付けて気を失った。隣に座っていた母が咄嗟に僕の体を押さえてくれたおかげで、体に生じる衝撃を減じることができたらしい。僕は後遺症もなく生き延びた。けれど、父は即死、母は治療の甲斐なく死亡し、僕は両親を失った。


 人は僕を、不幸と言う。けれど、僕は常に両親の記憶と会った。寂しさなんて乗り越えた。幸せは、両親は僕とともにある。


 僕も、死ぬなら誰かの役に立って死にたい。事故の後に残ったのは、そんな使命感。母は僕をかばって死んだ。この恩は、誰かに還元しなくちゃならない。誰かを救って死ぬんだ。それが、僕の夢。


 ――蛇の口は、すぐそばにあった。時間がひどくゆっくり流れている気がする。蛇の真っ黒な喉奥がブラックホールのように待ち構えている。


 すでに体に抵抗の意思はない。目はしっかりと現実を見ている。覚悟はとうにできている。後は死ぬだけ。


 あれ、僕結構かっこいいんじゃないか? この死に方は割といいかもしれない。僕が死んでみんなが救われるんなら、それでいいや。


 僕の能力は、『自分を殺した相手を殺す』。この能力が本当に効くなら、目の前の忌々しい大蛇はぽっくり死んでくれるはずだ。後は加賀くんがどうにかしてくれるだろう。僕はこのかっこいい幕引きで、人生を終わらせてもらおう。


 できれば、痛くないと嬉しいな。


 蛇がとびかかってきた。蛇の上顎が僕の体を覆った――

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート