最初に喰われたのは那須だった。咄嗟に立ち上がったところを頭から喰われた。血が飛び散る。骨が砕ける重い嫌な音がした。胸から上を失った那須が、痙攣しながら床へ倒れる。目を背けてしまいたくなる光景。僕の後ろで悲鳴が上がった。誰かがパニックを起こしたようだ。
真坂がどうにか立ち上がり、走り出した。ライオンはまだ那須に夢中だ。逃げられる。そう思った。
だが、三頭目のライオンは真坂を逃さなかった。ライオンが頭をふるう。ライオンの象牙が真坂にぶつかった。真坂の体が宙に浮き、真横に飛んでいく。床で数回バウンドし、動かなくなった。
那須の体なんて、ライオンに比べればかなり小さい。あっという間に食い尽くされ、那須の姿は見えなくなった。続いて、すでに動かなくなった間壁をむさぼり始める。骨が折れ、内臓が潰され、筋肉がちぎられる。耳を塞ぎたくなる咀嚼音が聞こえてくる。
指示を出さなければ。なにか打開策を。せめて真坂だけでも助けなければ。そう思うのに、なにも考えられない。もういっそのこと、全部投げ出して逃げてしまいたくなる。どうして、なんでこうもうまくいかないんだ。
「おい待て!!!」
そんな叫び声で我に返った。郷原の声だ。声の方を見て、思わずうめき声を洩らしてしまう。
郷原を追いかけていたライオンのうち一頭が、床に伏している真坂の方へ向かっていた。真坂が気を失ったことで、真坂の能力が失効したのだ。
郷原が真坂の方へ向かうライオンの気を引こうとするが、もう一頭のライオンが邪魔で近づけない。
時間がない。あのライオンの気が引けるならもうなんでもいい。後先考えず障壁から出ようとした僕の手を、日比谷が掴んだ。そうだ日比谷だ。日比谷と石堂に攻撃させて、気を引こう。そう考え指示を出そうとした矢先、障壁が轟音と共に震えた。
「なに?」
見れば、三頭目のライオンが障壁のすぐ前にいた。突進してきたのだ。これでは郷原が戻ってくることも郷原を支援することもできない。いよいよ打つ手がない。
唐突に悲鳴が耳を貫いた。真坂の声だ。ライオンが真坂をくわえていた。
「誰か助けて!!! 誰か!!! 加賀くん!!! 加賀――」
潰れるような音がした。血しぶきが爆ぜた。真坂が痙攣しながら喰われていく。もう立っていられなかった。腰が抜けて床にへたり込む。頭の中がぐちゃぐちゃになって、耳鳴りがした。目に映る現実を脳が受け付けてくれない。
しかし、戦意を失わない人間もいた。部屋の奥では、郷原が一頭と闘っていた。正面で向かい合った郷原に、ライオンが飛びかかる。横に移動して辛うじて避けた、と思った。しかし、ライオンの異常な反射神経が、郷原の速度を上回った。郷原の左腕がライオンの口に吸い込まれていく。ライオンが腕を肩から噛み千切ろうとする。
しかし郷原は焦っていなかった。ライオンに振り回されながらも、どうにか攻撃しようとする。そして、
「よっしゃあ!!!」
右腕がライオンの首に深々と突き刺さった。血で郷原の体が赤く染まってゆく。ライオンが吠え、でたらめに暴れまわる。けれど、郷原は意地でもライオンから離れない。むしろ腕を更に奥へと差し込んでいった。
そしてとうとう、ライオンの巨体が地に倒れた。郷原がライオンの口から左腕を引き抜く。肩の骨が見えてしまっていた。
「とどめだ!!!」
そう言って、郷原はライオンのもたげた頭を思いきり踏みつけた。鈍い音とともに、ライオンの顔面が床に叩きつけられる。到頭ライオンが動かなくなった。
すると郷原は、脚で象牙を踏みつけ、器用に右腕で攻撃し始めた。その郷原を狙うように、真坂を喰ったライオンが郷原を睨む。
「郷原!!!」
無意識に叫んだ。郷原がもう一頭の動きに気づく。だが、象牙への攻撃はやめない。ライオンが、郷原に飛びかかった。
そしてライオンが郷原に噛みつこうとした瞬間、郷原が真上に跳躍した。卓越した反射神経で郷原を追おうとするライオンが、地面を蹴ろうとする。その足が、郷原が攻撃していた象牙を踏んだ。
その瞬間、郷原が攻撃していた象牙が折れた。バランスを崩し、ライオンが地面に倒れる。その近くで郷原が着地した。すかさず郷原を襲った攻撃を避け、折れた象牙を持って飛びのく郷原。すぐにライオンが立ち上がった。
象牙を抱えたまま、逃げ回る郷原。ライオンがしつこく追いかける。
不意に、郷原がこけた。すぐに仰向けになり、ライオンの方を見る。しかしなぜか、立ち上がろうとはしない。ライオンが絶好のチャンスと飛びかかっていく。
那須たちのように喰われてしまう! そう思い、目を細めてしまう。郷原が死んだら終わりだ。一番の戦力を失ってしまう。
しかし、郷原は簡単には倒されなかった。
郷原が計算していたように、折り取った象牙を床に突き立てた。その上に覆いかぶさるように襲い掛かるライオン。その首を、象牙が貫いた。郷原はライオンの体に潰される前に、横に転がって難を逃れる。
一方のライオンは、じたばたとしばらくもがいていた。しかし次第に眼に光がなくなり、象牙にもたれかかるようにして息絶えた。なんとも呆気ない幕引きだった。
残るは一頭。羽の生えた、ひときわ大きな個体。そいつはまだ、こちらを見張るように障壁の前に立っていた。だが、二頭の仲間が死んだのを察知したのか、ふい、と郷原の方に向き直った。ゆっくりと郷原の方へと近づいていく。
郷原も三頭目の動きには気づいていた。死んだライオンの巨体を押し倒す。ライオンを貫いた象牙を引き抜こうと、引っ張り始めた。
「加賀くん」
いつまでも座っている僕を誰かが呼んだ。顔だけをそちらに向ける。立っていたのは静木だった。
「加賀くん、指示を」
「でももう僕は……」
「あなたがリーダーよ、加賀くん。指示を出して。怪物は残り一体。加賀くんの指示があれば倒せるわ」
静木の表情からは、相変わらず感情が読み取れない。だが、不思議と倒せる気がしてきた。静木の能力のおかげだろう、自信が湧き出てくる。
「わかった。やろう」
体に力がみなぎる。嘘のように簡単に立ち上がれた。思考も明晰だ。
ライオンは残り一体。三人の仇。なんとしても倒す。
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