最近、すごく退屈だ。
何をしていたって、つまらないと感じてしまう。学校にいる間は特にそう。
多分、このクラスに慣れてしまったんだと思う。入学してすぐの頃は緊張してた。けど、僕ももうすぐ二年生になる。今となっては、同じような日の繰り返しに飽きてしまった。刺激がないんだ。それが悪い訳じゃないけど。
仲がいい子がいない訳じゃない。けれど、気を使わなくていい友達はみんな別のクラスにいる。だからこのクラスはちょっと窮屈で、ここで過ごす時間は面白みがない。そんな風に感じてしまっているから、いつまで経っても僕はクラスのカースト底辺にいるんだろう。
でも、この学校はいいとこだ。いじめもないし、先生もいい人ばっかり。担任の高山先生は無愛想でちょっと変人だけど、それを差し引いたって充分いい学校だ。
いじめがないのは、みんな似たような境遇にいるからだと思う。この学校に来るのは、身寄りのない人だけ。みんな施設から通ってる。親がいない理由は、事故で亡くしたり育児放棄だったり様々だけど、寂しいのは変わりない。その孤独感が分かるから、思いやり合えるのかなあと思ってる。それに、いじめなんて馬鹿馬鹿しいと思ってる人も多いみたい。皆の裏の顔なんて知らないから、本心は分からないけど。
残念なことに、このクラスには同じ施設の人がいない。おまけに、僕には夢がない。せめて何か真剣になれるものがあれば、きっと意気投合できる人もできやすいかも知れない。でも、公務員になって安定した人生を送るのが僕の将来設計だ。情熱がないから意気投合することもない。これらのことも、僕に友達ができない原因になっている。
なんの気なしに、最後列の自分の机に突っ伏してクラスの様子を伺った。今日は先生が来るのが遅いから、まだみんな仲のいい子と集まって話してる。
一番人が多い集団の真ん中で座っているのが加賀くんだ。身長が高くて、顔も綺麗。生まれつき茶色い毛は丁寧に整えられてて、雰囲気だけで人の好さが分かる。成績優秀でスポーツ万能。男の理想像をそのまま具現化したみたいな、生まれ持ったリーダー。みんな加賀くんのことが好きだ。だから加賀くんの言うことは聞くし、加賀くんも進んでクラスのまとめ役になってる。カーストの頂点に立てるのってああいう人なんだろう。
そんな加賀くんの近くで、ひときわ大きな声で話してるのが郷原くん。短髪は金色に染められてて、肌は真っ黒。ほとんどない眉毛の下に、切れ長の目があって、一層怖い。制服もまともに着てるとこを見たことがない。見ただけでああ、ぐれてるなあって分かる。そんな郷原くんでも加賀くんには素直だから、加賀くんってすごいなあって思う。
ちょっと視線をずらせば、女子の集団がある。その中心にいるのが、静木さん。後ろで束ねた流れる黒髪が、白い肌を強調してる。モデルを目指してるって聞いたことがあるけど、それも納得の美人だ。
僕は静木さんがちょっと苦手だ。目元から気の強さが滲み出てて、男子嫌いなのがなんとなくわかってしまう。多分そういうところが女子に好かれてる理由なんだと思うけど、僕みたいなのが静木さんに睨まれたらもう学校に来れないかもしれない。クラスを表で仕切っているのが加賀くんだけど、静木さんは裏のリーダーじゃないかって言われてる。
クラスをぐるっと見回して、視線を正面に戻した。そして、あいつの姿が見てしまった。最前列の席で一人で座ってる男。みんな思いやり合ってるって言ったけど、あいつは別だ。あいつが誰かと仲良く話してるのを見たことがない。カーストの最底辺、新界。あいつにだけは誰も関わろうとしない。
加賀くんが全く気にかけようとしないから、ていうのもあると思う。でもそれも当然だ。いつも周りを睨みつけていて人を近づけようとしないし、口を開いたかと思えばクラスの空気を乱すようなことばかり言う。新界自身が周りと打ち解けようとしてないんだ。
嫌なものを見た気分になって、窓の方を見たところで声をかけられた。
「暇そうだね」
声の方を見ると、親しい顔が二つ。那須くんと間壁くんだ。話しかけてきたのが那須くん。自分の気に入らないくせ毛をいじりながら、那須くんに言葉を返す。
「暇してる。今日は先生随分遅いね」
「うん。天野はこれから予定ある?」
「いや、ないけど。どうして?」
「さっき間壁とカラオケ行こうって話になって。天野も誘おうかなって」
「ああ、なるほど。ありがとう。どうしよっかな」
那須くんはオタクだ。重度のアニメオタク。鞄に僕の知らない缶バッチを大量につけてるし、休み時間は大体アニメの話。伸びた襟足をくくっていて、それがかっこいいと思ってる。怒られそうだから言わないけど、結構ダサい。でも、健康には気を使ってるみたいで、全然太ってないのが羨ましいところ。
那須くんの後ろで黙ってるのが間壁くん。学年トップの優等生だけど、ストレスからか白髪が多い。那須くんほどでないにしろ間壁くんもアニメが好きで、休み時間になるとよく二人で話してる。間壁くんはどちらかというと、アニメより鉄道が好きみたいだけど。今は鉄道研究会を部にするために躍起になってる。
仲はいいけど気を使うのがこの二人だ。多分カラオケは楽しいと思うけど、やっぱり面倒くさいなって思ってしまう。なにしろ共通の話題があんまりない。
答えを出し渋っている僕を見かねて、那須くんが別の話題を出してきた。
「ねえ天野。旧校舎って知ってる?」
思いがけない話題だったので、少し戸惑いながら返事する。
「僕たちが入学する十年前まで使われてたんだっけ。話には聞いたことあるけど、ここから結構離れたところにあるんでしょ? 山奥にあるらしいし。実際には見たことないなあ」
「俺も見たことはないんだけどね。実は旧校舎あったとこで、結構前から工事やってるらしいんだ」
「へえ。学校関連の建物でも建つのかな」
「さあ。距離的に学校設備ってことはないんじゃない? 多分学校は関係ないと思う。ああそれから、また話変わるんだけどさ。教育体制の改革のために、この学校のどっかのクラスが実験的に校舎を移して授業する、みたいな噂もある。これ本当だと思う?」
「どうだか。校長先生はそんなこと全然言ってないじゃん。でもまあ、仮に本当なら、校長は何を考えてるんだろうね」
そんな会話を交わしながら、カラオケに行く決心をした頃だった。ようやく教室の外を先生が歩く気配を感じた。那須と間壁も気づいて、自分の席に戻っていく。誘いの返事はホームルームが終わってからにしようと思って、教卓の方を見た。
教室の扉が開かれた。その時、だった。
体が何かに引っ張られるのを感じた。内臓が浮くような気持ち悪い感覚。耳鳴りがして、頭が真っ白になる。
なんだこれ。怖い。何が起きてる? 僕は思わず目を閉じた。
永遠に続くように思われた耳鳴りが止んだ。辺りが一旦静かになって、そしてざわつき始めたところで僕は瞼を開いた。
そこは、さっきまでいた教室とはまるで違う、神殿のような真っ白な場所だった。
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