超能力と聞いた僕は、もっとかっこいいものを予想していた。皆を守れるような、ヒーローみたいな能力。けれど、現実は僕の期待には応えてくれなかった。
僕が自分の能力にショックを受けている間も、騒がしさは収まる気配がなかった。泣き声に、怒号に。誰も考える余裕なんてないみたいだ。
それでも、この喧噪を収集できる人が、一人だけいた。
「みんな、落ち着いて!!!」
加賀くんの張り上げた声が響いた。すると不思議なことに、たちまち胸の動悸が引いていった。希望とか安心とか、そういった暖かいものが心のうちに湧いてくる。それは僕だけじゃなかった。ずっとざわついていたみんなも徐々に静かになっていく。
「よかった。とりあえず、みんな冷静になったかな。ちょっと僕の話を聞いてほしい」
みんなの注目が加賀くんに集まる。
「先生の言葉が本当なら、僕たちは今異世界にいるらしい。そして、元の世界に帰るには危険な場所を通らないといけない。死ぬかもしれないくらい、危険な場所を」
静かに語る加賀くんの言葉を、固唾をのんで聞く。皆が、加賀くんの言葉に縋ろうとしていた。
「でも」
皆の注目を浴びてなお、加賀くんは落ち着きを失わなかった。
「でもさ。きっと大丈夫だよ。僕たち二十人、全員が力を合わせれば、絶対に帰れるはずだ。だからみんな、焦らないで。協力するんだ。そうすればおのずと、希望が見えてくる。それに、先生はあんなふうに僕を脅してきたけど、先生だって人間だ。僕たちを見殺しにするようなことはしないと思う。大丈夫、なんとかなるよ」
自分でも不思議だけど、加賀くんがそう言うと大丈夫な気になってきた。きっと帰れる。大丈夫だ。僕たちはお互いに頷き合った。
「それでさ、みんなにお願いがあるんだ。みんなの能力を教えてほしい。みんなが何をできるかを知っておけば、解決策が生まれるかもしれない」
確かにその通りだ。納得したのは僕だけじゃなかった。けれど、ほとんどの人がまだ自分の能力を知れていない。そもそも先生の言葉を聞いていなかった人だっていたはずだ。各自自分の能力を調べるところから始めないといけなかった。また、部屋中がうるさくなる。
数分が経ち、みんなが落ち着いたところで加賀くんが口を開いた。
「みんな確認できたかな。じゃあ、順番に言っていこう。まずは僕の能力から。僕の能力は、『味方を鼓舞する』っていうものだ。実はみんなを落ち着かせるためにさっき使ってみたんだけど、みんなの様子を見た限り、効き目はあるみたいだね。少なくとも、超能力に関しては先生が言っていたのは本当みたいだ」
落ち着いた加賀くんの言葉を聞いて、超能力の実在を確信した。あれだけ慌てふためいていたクラスのみんなが突然冷静になったとしたら、確かに人智を超えた何かのおかげとしか思えない。落ち着ける訳だ。加賀くんのリーダー性を考慮すると、かなり加賀くんに適した能力に思える。
僕が黙っている一方で、みんなの間で目配せがされて、話す順番がなんとなく決まった。その時に、那須くんと間壁くんを見つけた。
次に話したのは、郷原くんだった。
「俺のは、身体能力を増強するらしい。使い方なんてまだ分かんねえ」
ちょっとぐれてる郷原くんだけど、彼も能力との相性はよさそうだった。元々動ける郷原くんだから、多分能力を使いこなせる。郷原くんの攻撃的な性格も考えると、迷宮攻略の要になるのは間違いない。
「私は加賀くんと一緒よ。味方を鼓舞する能力」
僕の苦手な静木さんが、冷静な口調で言った。どうやら、加賀くんと同じ能力らしい。能力が誰かと被ることがあるなら、僕と同じ能力の人もいるんだろうか。
その後も順番に、みんな口々に能力を言っていった。障壁を作ったり注目を集めたり、いろいろあるみたい。言いたくない僕としては胃が痛くなる一方。
そしていよいよ僕の番が回ってこようとしたとき、あいつが口を開いた。新界だ。
「悪いな。俺は言いたくない」
みんなの眼が一斉に新界に集まった。その視線の全てが疑念と非難に満ちている。
「それはどうしてかな」
加賀くんの口調はすごく優しかったけど、新界の答えは淡泊だった。
「理由なんてどうでもいいだろ。とにかく言いたくない」
「おいお前ふざけんなよ!!!」
立ち上がった郷原くんを、加賀くんが手で制した。
「構わないよ。もしかしたら他人に言うと効果を失う能力かもしれないしね。ただ、せめて僕だけには教えてもらえないかな。なるべく全員の能力を把握しておきたい」
「断る。お前に言ったら効果が無くなるかもよ?」
「……そうか。まあいい。とにかく、勝手な真似はしないでくれよ」
珍しく怒気を孕ませる加賀くんの言葉に対して、新界は顔を背けることで答えた。深いため息をついた加賀くんと、目が合った。言っていないのはもう僕だけだ。加賀くんは今度は僕に尋ねてきた。
「天野君はどんな能力なのかな」
「あー、えっと……」
正直、さっきのやり取りの後で言いたくない、とは言いづらかった。でも、仕方ない。もしここで能力を言ってしまうと、みんなが反応に困るのは目に見えている。それに、仮に僕が死んだら、誰かが身代わりにしたんだと口論する原因になりかねない。本当に僕が身代わりにされる可能性もある。僕は勇気を出して言葉を発した。
「ごめん、ここでは言いにくいな。後で直接加賀くんに言ってもいいかな」
すると、さっきまで新界に向けられていた目が今度は僕に向いた。那須くんと間壁くんは不安そうな顔でこっちを見てる。いたたまれない。
「分かった。後で聞くよ」
加賀くんのその言葉が思ったより優しいことに救われた。軽く頭を下げてお礼を伝える。
「これで全員かな。じゃあまずは、自分の能力を試してみて。どんな風に使えるのかは知っておくべきだ。すぐにでも帰りたいのは山々だけど、先に進む前にやれるだけのことはやっておこう」
その言葉を皮切りにして、またしても騒がしくなった。加賀くんの能力で落ち着けたのはよかった。けれど変に落ち着いてしまった分、今は非日常な状況を楽しんでしまっている人がいるのは間違いない。多分、先生が僕たちを命の危険にさらすような真似、するわけないっていう思いもあるからだ。でも僕はなぜか、不安を拭えなかった。
みんなが騒いでいる間を縫って、加賀くんが近づいてきた。背の高い加賀くんに正面に立たれると、ちょっと圧迫感がある。ああ、言わないといけないのか。ちょっとだけ憂鬱になった。
「お待たせ。じゃあ、教えてくれるかな」
「う、ん。どんな能力でも怒らない?」
「怒る訳ないよ。能力は選べるものじゃないみたいだし」
「……うん」
たっぷり10秒沈黙を保って、僕は自分の能力を告げた。急かさずに待ってくれた加賀くんだったけど、僕の能力を聞いた瞬間顔色が変わった。それは、およそ僕の予想していた通りの反応だった。
「そんな能力、使わせられる訳ないだろ……」
加賀くんの言葉が、僕に重くのしかかった。僕は、蚊の鳴くような声で
「加賀君は優しいね……」
と言うしかなかった。
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