今度こそライオンたちが死んだのを確認し、芹に障壁を解除させた。すぐに七瀬に郷原を治療させる。
郷原の傷はかなり深かった。左肩を脱臼している上に、肘の骨折、さらに肉が抉れている。血がどくどくと流れ続けていた。この状態で一体何分戦っただろう。凄まじい体力と精神力だ。失血で意識を失ってもおかしくなかった。
そして、七瀬の治癒能力にも改めて驚かされた。肉が内側から生成され、脱臼していた肩が元通りになる。一分も待たずに郷原の体は元通りになった。七瀬がいれば、死ななければどんな傷も治せるんじゃないだろうか。
しかし、郷原の発言が少し気になった。治療が終わった割には、疲労感が抜けないというのだ。それは、僕自身も感じてたことだ。七瀬の能力は、疲労を回復させることができないのかもしれない。
郷原が十分に休憩を取るのを終わるのを待って、僕たちは次の扉の前に集まった。今回は誰も次に進むことに反対しなかった。というより、放心状態のままの人たちが多かった。
さらに言うなら、生き残った人のほとんどが戦闘には参加できない類の能力だ。さっきみたいに芹の障壁の後ろにいれば死ぬことはまずない。自分が安全な場所にいる間に誰かが危険を排除してくれる可能性もある。そういう打算的な考えもないわけではないだろう。みんな段々と、この迷宮に慣れ始めている。
「じゃあ、行くよ」
そう言って、扉に触れた。聞きなれ始めた重低音が部屋に鳴り響く。
反対意見がないんだ、このまま行った方がいい。能力を使った結果みんなが平常心に戻って、また前に進みたくないだの言いだしたら面倒だ。
「郷原くん。傷は大丈夫?」
隣にいた郷原に尋ねる。傷は治っているはずだが、ずっと左肩をさすっていた。
「あ? 大丈夫だよ気にすんな。ちょっと違和感があるだけだ。むしろ怪我する前より調子がいい」
「そうか、よかった」
しばらく会話を続けようと思ったが、郷原が石堂と和田に連れていかれてしまった。石堂も和田も郷原を慕ってる。あんな戦闘の後だ、話したいことはいろいろあるだろう。郷原を引き留めるのは止めた。
そうして一人になったタイミングで、前方の状況を確認した。これまで通りなら、かなり先に扉が見えるはずだ。
そう思っていたが、実際は違った。今までよりさらに長く通路が続いているように見える。扉が見えない。遠すぎて扉があるのかもわからない。これまでとは違うという事実が、僕を不安にさせる。
「加賀くん」
もっとよく観察しておきたかったが、日比谷が話しかけてきたので諦めた。渋々日比谷に対応する。疲労もあって、うまく不満を隠せているか自信がない。
「なにかな?」
「ずっと頑張ってるけど、大丈夫? 疲れてない?」
疲れてないわけないだろとは言えず、無理やり笑みを浮かべる。日比谷には助けられた。ここは素直に礼を言っておくべきだ。
「大丈夫だよ。僕が休むわけにもいかないしね。さっきは助かったよ、ありがとう。おかげであの怪物たちを倒せた」
これは本心だ。本心だが、口に出すのは少し嫌だった。
案の定、日比谷の顔がぱっと明るくなった。体をすり寄せようとしてきたので、反射的に体を遠ざける。僕がふざけてると思ったのだろう、日比谷の機嫌はいいままだ。どうしてこいつは嫌われてると気づかないのだろう。このポジティブさだけは尊敬に値する。
恐らく僕が強く言わないことにも問題があるのだろう。だが、女子を一人敵に回すと女子全員を敵に回しうる。それで犠牲になった奴を何人か見てきた。今でこそ、確かにクラスのまとめ役であることに嫌気がさしてしまっている。けれど、こんな状況でもなければみんな僕の意見に従ってくれた。僕は自分の思い通りにならないとストレスを感じてしまう性質(たち)だ。今の立場を失いたくない。
とはいえ、日比谷を好きになることはできない。日比谷は僕が言うことならなんでも承諾してくれる。それはありがたい。しかし自分で考えることをしない。僕が細かく個別に指示を出すことを望んでいる。付き合うとしたら手がかかりすぎる。自分勝手かもしれないが、これが僕の性分だ。そもそも、指示待ち人間は僕のタイプじゃない。こればっかりは仕方がない。
そんな僕の最低な思考に気づくこともなく、日比谷が上機嫌のまま自分のことを話し始めた。こいつの身の上話なんてこれっぽっちも興味がない。が、無視するわけにもいかないので適当に相槌を打つ。
日比谷の経歴を聞き流しているうちに、自分の過去を思い出してしまった。嫌なことほど鮮明に思い出せてしまうのは、それだけ嫌な思い出しかないからだ。
――元々僕は、愛されてるとは言い難い子供だった。幼い頃から両親は喧嘩ばかり。なぜ結婚したのかずっと不思議だった。後で、父親が不倫が原因で離婚し、不倫相手だった母と結婚させられたのだと聞いた。
小学生の時に、両親が離婚した。母親に引き取られることになった。だが、母が僕を必要としたのではない。父と母が押し付け合った結果のことだ。祖父母同士もやってきて、かなり大きな騒動を起こした。それだけ僕が目障りだったのだろう。
父も母も、僕に笑顔を見せたことはない。多分僕が誰の子か分からないからだ。両親が僕を疎ましく思っていることを分かっているから、僕は親に決して甘えなかった。なるべく目立たないようにしていた。
母が僕の育児を放棄するようになるまで、そう時間はかからなかった。多分、僕を家に置いて逃げることもできただろう。わざわざ施設の前に捨てていってくれたのは、母に残された僅かな優しさの表れだろうか。
施設に入ってからも、楽に暮らせたわけではなかった。年上からのいじめはかなり辛かった。その時に僕は、人を支配することを覚えた。言葉たくみに同年齢と年下の子たちを集めて、年上たちに対抗した。
成長するにつれて、施設の子供たちのリーダーを任されるようになった。人を動かすにはどうすればいいかを学んだ。そして、自分の立場を失いたくないと思うようになった。これが、今の僕を形成する基盤となっている。
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