しばらくして、怪我をした全員の治療が終わった。
天野の死体を隠すために皆のところへは行けなかった。聞いたところによると、七瀬の『傷を治す』能力の効果は凄まじかったようだ。苦痛で動けない人は七瀬が直接行って治療したが、立ち上がれるようになるまでほんの十秒しかかからなかったらしい。この能力があれば、多少の怪我は怖くなくなる。ただ、痛みは消えたものの、倦怠感を訴えた人もいた。もしかしたら、七瀬の能力には何か弱点があるのかもしれない。
ある程度の休息が取れたところで、全員に呼びかけた。
「全員、次の扉の前に集まってくれ」
僕の呼びかけに応えて、みんながぞろぞろと歩いて行った。暗い顔の奴が多い。死にそうになった後だ、当然だろう。しかも、まだ危険は続く。
全員が僕の前を通り過ぎたところで、その場を離れて扉へ向かった。扉の前に立ち、皆を座らせる。
「みんな、お疲れ様。みんなのおかげで、化け物を倒すことができた。ありがとう。この調子で頑張っていこう。ちょっと休憩してから、次の部屋へ出発する。準備ができたら言って――」
「――天野はどうした?」
声がした方を向く。那須だった。そういえば、天野と仲よさそうに話していた。いつかはこの質問がくる。分かっていたことだ。天野のことを言うのはすごく億劫に感じる。でも、真実は言わなければならない。
「天野君は……。天野君は、亡くなったよ。自ら犠牲になったんだ。天野君の能力は、自分を殺した相手を殺すってものだった。天野君はあえてあの蛇に自分を殺させて、蛇を討った。天野君の勇気のおかげで蛇は死んだんだ。僕たちが今生きてるのも、天野君のおかげだ」
どう伝えればいいかわからなかった。だから、思ったままを言った。それがいいのかはわからない。けれど、他に方法もない。
沈黙の帳が下りた。空気が重たい。今にも吐きそうな顔をしている人がいる。みんな絶望にくれていた。どうにかしなければ。僕がリーダーだ。僕が鼓舞しなければならない。
「みんな、気を確かに持つんだ。天野君の死を無駄にしちゃいけない。勇気を抱くんだ。元の世界に帰るために……」
「無理だよ」
誰かが、ぽつりと呟いた。それにつられるように、口々に話し始める。
「誰も帰れっこないよ」
「もうあんな怖いのは嫌だ」
「私、死にたくないよ」
「俺たちは加賀みたいに強くないんだよ!」
まずい。収拾がつかなくなってきた。恐怖で考えられなくなっている。気持ちのはけ口を求めてしまっているんだ。どうにかしなければ。とにかく話を続けようと口を開いた、その時。
「そもそも、加賀くんがしっかりしてないからこうなったんじゃないか」
そんな声が聞こえた。天野の声のように思えた。思わず辺りを見回す。もちろん、天野の姿はない。頭を殴られたような衝撃が、僕の心を打った。
「そうだ、加賀の作戦が悪かったんだ」
「加賀君が不甲斐ないから天野君は死んだ」
「俺たちは悪くないぞ」
「お前が悪いんだ!!!」
「やめろお前ら! 一人じゃなにもできねえクズばっかのくせによ!!!」
郷原の声が遠くで聞こえた。頭がぼんやりしていた。どうしてみんな僕を責めるんだろう。申し訳ないと思ってる。天野を守れなかったことを後悔している。一番悔やんでいるのは僕だ。なのに、なんで誰も許してくれない? 僕だって頑張ったじゃないか。
天野も、僕を許していないのだろうか。
突然沸いたその疑問が、僕の頭を蝕んでいった。考えないようにしようとしても、脳にこびりついて離れてくれない。
ふと、静木と目が合った。そうだ、静木。静木の能力も僕と同じ『味方を鼓舞する』のはずだ。静木も一緒に能力を使ってくれたら、この場をどうにか収拾できるかもしれない。
僕の表情から、静木はすぐに僕の考えを悟ったらしかった。表情を全く変えないまま、凛とした声で話し始める。
「ねえ、みんな落ち着いて。みんなが怖がる気持ちも分かるけど、ここにいたって元の世界には戻れないのよ。確かに天野君は死んでしまった。本当に悲しいわ。でも私たちは生き残った。誰のおかげ? 加賀くんのおかげよ。加賀くんが冷静に指示を出してくれたから、私たちは死なずに済んだ。みんな加賀くんを信じて。加賀君こそ、私たちを元の世界に導いてくれるリーダーよ。加賀くんに従うしか、生きて帰る方法はないわ」
そう話す静木の表情を見て、ぞっとした。あの目はなんだ? 感情が読めない、何もかもを吸い込みそうな闇のような目は。それに、静木は僕に全ての責任を押し付けようとしている気がする。僕だって元よりそのつもりだけど、何か失敗が起きても自分に火の粉がかからないように作為している感じもする。
一方で、みんなは落ち着きを取り戻していった。冷静になってきてる。これならどうにかなりそうだ。
どうも、静木の能力が効きすぎている気がした。なにか違和感がある。もしかしたら、同じ能力でも人によって能力の効果に差が出るのかもしれない。
「みんな、聞いてくれ。確かにさっきは焦りもあったから、正しい作戦を伝えられなかった。でも、次は失敗しない。僕を信じてくれ。お願いだ」
多分、全員が納得したわけではなかったと思う。それでも、了承してくれた。頷いてくれた。
「じゃあ、少し休んだら出発だ。ひとまず休憩して」
そう言って、一旦解散させた。天野の脚を誰かが見ないように注意しなければならないが、僕も少し休める。
そう言えば、腹が減らない。そんなことに気づいた。今、何時だ? 思い返してみれば、先生はこの迷宮は空間は安定していると言っていた。でも、時間が安定しているとは言わなかった。時間の流れが不安定になっていることによって、肉体がおかしくなっている可能性はある。
でも、時間が不安定ってどういうことだ?
考えてみたところで、全然わからない。なにか恐ろしいことのような気もする。だけど今は、杞憂だと思い込むしかない。
「あの、加賀くん」
呼びかけられ、意識を声のした方へ向けた。真坂がいた。真坂は僕といることが多いが、そういえば戦闘が終わってから全く言葉を交わしていない。
「何かな」
「えっと、天野君のことなんだけど……」
そう言われて、やめてくれと願った。もう、天野についてはあまり考えたくない。しかし僕の様子に構わず、真坂は話を続けた。
「天野君が死んだのは、僕のせいなんだ」
「……え?」
思いがけない言葉に戸惑ってしまう。天野が死んだことにどう真坂が関係しているんだ?
「あの時、天野君が俺に言ったんだ。蛇の注意を天野君に集めてくれって。俺、勢いに飲まれて、能力を使ってしまったんだ。そしたら蛇が天野君を狙い始めて、それであんなことに……」
ああ、そういうことか。真坂は自分の行動が天野を殺したと後悔している。でも、あの時蛇を倒すためには天野の判断は正解だった。僕の考えが甘かったが故に起きたことだ。
「真坂君のせいじゃないよ。あれは起こるべくして起こった。僕が不甲斐ないために起きたんだ。真坂君が悔やむことじゃない」
「でも……」
「でもじゃない。真坂君が悔やむことじゃないんだ。天野君も、真坂君が生きて帰ることを望んでいるよ」
「うん……」
不承不承という感じだったけど、真坂は引き下がってくれた。内心ほっとする。自分のミスで責められるのも辛い。その上、自分のミスを他人に後悔されるのは耐えられなかった。
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