美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

十二話

公開日時: 2020年9月4日(金) 07:40
文字数:2,552

「那須くん、障壁の向こうに分身を作ることはできる?」


 不安そうにこちらを見ていた那須に尋ねた。唐突の質問だったけど那須の反応は早く、恐らく、と頷いてくれた。


「なら、那須くんと間壁くん、日比谷さん、真坂くん、そして秋月さん。これから言うことをよく聞いて」


 五人の名前を呼んだ。全員が僕の元に集まる。


 秋月は間壁に劣らず成績優秀な女子だ。肩で切りそろえた黒髪を後ろでくくっていて、真面目さを感じさせる。ただ、堅実そうな雰囲気に反して実際は優等生なわけではなく、よく悪ふざけをしているのを目撃されている。彼女の能力は『味方の能力の効果を高める』。有用だが、能力の効果がある範囲が狭い。


 五人に手早く作戦を伝えた。タイミングが重要な作戦だ、正確に理解してもらう必要がある。


 幸い、五人の理解は早かった。


「芹さん、さっきと同じ位置まで前進して」


 芹が前に進み、障壁と壁の間に空間ができた。ライオン達が咆哮し、再び勢いよく顔をねじ込んでくる。


「それじゃあ、一、二、三の合図で開始だ。いくよ」


 五人が立ち位置に着いたのを確認し、指示を出す。未だ部屋の奥で静止している三匹目のライオンがどう動くかわからない。あいつが行動を起こす前に、なるべく早く攻撃する必要がある。


「一、二、三!!!」


 カウントし終わったと同時に、日比谷と間壁が両側に立つライオンに攻撃をしかけた。日比谷の矢は予想通り左のライオンをひるませることに成功した。間壁は剣を投擲し、アドバイス通り右のライオンの眼を狙う。剣は眉間に直撃し、こちらもひるませることに成功。


 その間に、那須の分身が障壁の向こう側に生成される。ライオンがひるんだ瞬間を狙って、真坂の能力が発動した。ライオンたちの意識が那須の分身に向けられる。真坂の能力は秋月の能力によって強化されていた。


 僕は味方の能力は把握していた。けれど、全員分の能力の効果の程度はまだ分かっていない。失敗は許されない以上、慎重を期す必要があった。そのための秋月だ。


 日比谷と間壁が攻撃してライオンの意識をそらしやすくし、真坂の能力を秋月が強化することで確実にライオンたちの注意を那須の分身に向けさせる。それが僕の作戦の第一段階だ。


 そして、計画はうまくいった。ライオン二頭が、頭を隙間から引っこ抜いた。その顔が、那須の分身へと向けられる。那須が分身を操作し、障壁から遠ざけた。ライオンたちはすぐに標的を那須の分身に変え、分身目がけて突進した。


「今だ! 芹さん、前へ!」


 芹が駆けていく。同時に障壁が前へ動いた。壁と障壁との間に十分な隙間ができる。


「郷原くん、石堂くん、日比谷さん! 前に出て一斉攻撃!」


「おう!!!」


 郷原が真っ先に飛び出していった。続いて石堂と日比谷も障壁の外へ出る。


 このまま順調にいけば、ライオンたちは那須の分身に夢中になって反撃してこない。郷原たち三人は安全に攻撃し、ライオン達の体力を削ることができる。那須の分身は攻撃を受けると消滅する。だがその都度分身を作って注目をそちらに集めればいい。那須と真坂の真剣な様子だと、失敗はしないだろう。あとは、郷原たちの攻撃でライオンが倒せることを祈るだけだ。


 一番最初に攻撃に成功したのは石堂だ。石堂の生成した炎の弾が、那須の分身を追うライオンの一頭に着弾し爆発する。ライオンの体が少し傾き、動きが止まったが、すぐに那須の分身を追い始めた。石堂たちを気にする様子はない。


 続いて日比谷の光の矢がもう一頭に着弾した。追い打ちをかけるように郷原がライオンを殴り、ライオンの体が少し浮き上がるのが見えた。


 順調だ。ライオンが那須から気をそらす様子はない。攻撃も効いているように見える。これなら時間はかかっても安全に倒せるだろう。興奮から、思わず拳を固める。


 だが、懸念要素はあった。さっきから一向に行動を起こそうとしない、三頭目のライオンだ。こちらを伺うようにじっと座っている。その視線は、那須の分身ではなく仲間のライオンたちに向いているように見えた。


「加賀くん、僕も行くよ!!!」


 唐突に間壁が叫び、障壁を飛び出していった。


「待って間壁くん!!!」


 慌てて呼び止めるが、もう遅い。郷原たちの様子に気を取られ、間壁が障壁から出ていくのを止められなかった。間壁が勢い勇んでライオンたちへと突っ込んでいく。


「駄目だ間壁くん! 今はまだ様子を見るんだ!」


 叫んだ声が間壁に届いた様子はない。まるで聞く耳を持っていない。間壁の手には、すでに剣が握られていた。ライオンを倒すことに集中してしまっている。


 間壁は馬鹿じゃない。恐らく、ライオンたちの意識が那須の分身に向けられたままだから、自分も攻撃に参加しても大丈夫だと判断したんだろう。間壁の攻撃が有効かどうかはさておき、間違った判断ではなかった。間壁の勇気も称賛に値するものだ。


 だが、妙な胸騒ぎがした。なにかマズイことが起きる気がする。不吉な予感が、頭から離れてくれない。


 再び間壁を呼び止めようと試みた、その時だった。


「グオオオオオオオオッッッッッ!!!!!」


 突如ライオンが咆哮した。三頭目のライオンだ。急なことに、全員の動きが止まる。


 咆哮はすぐに止んだ。郷原がすぐに立ち直り、攻撃をしかけようとする。だが、何かを感じたようで、ライオンから遠ざかるように跳躍した。


 動きを止めたのは僕たちだけじゃなかった。二頭のライオンたちも那須の分身への攻撃を止めている。そして、二頭の顔がゆっくりと障壁の方へ向けられた。那須の分身は未だ消滅していないし、真坂も秋月も能力を解除していないにも関わらず。


「ヤバい……」


 ライオンたちの注意が那須の分身からそれてしまっている。どうやったかは分からないが、ライオンたちが真坂の『注目を集める』能力を克服している。


「全員戻ってきて!!! 早く!!!」


 その声に反応して、郷原が近くにいた石堂を抱えて障壁へ走ってきた。障壁のそばにいた日比谷はすでに避難し、障壁の内側だ。


 間壁は……と様子を伺って、はっとした。間壁がライオンの視線に射すくめられ、動けていない。恐怖に囚われてしまっている。あれでは戻ってくるどころじゃない。


「間壁!!!」


 咄嗟に叫んだ。びくっと体を震わせ、間壁がこちらを向く。その背後で、ライオンの一頭が間壁目がけ駆け始めていた。

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