美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

エピローグ

公開日時: 2020年9月9日(水) 18:30
文字数:1,371

 壁越しに聞こえる生徒たちの喧噪を疎ましく思いながら、私は廊下を歩いていた。職員室から私の担当教室まではそれほど距離があるわけでもない。それに、この程度の喧噪にはもう慣れたはずだった。しかし今は、私の興奮に水を差されるようで少し腹が立つ。今は心を平静に保つのだ、と自らに言い聞かせる。


 一時間前に、賭けの準備は整ったと連絡があった。委員会の上層部の奴らは生贄が迷宮に送られるのを心待ちにしているだろう。失敗は許されない。


 世界というのはどこまでも不平等なものだ。確かに委員会上層部は馬鹿にならない金を払っている。だが、奴らにとっては払えない額ではないのだ。ただ楽しむだけでいい。だが私のような人間は生贄を得るために苦心しなければならない。つまらない奴らの死を楽しむはずの私が、不平等などというくだらないものに苦しめられるとは、なんとも皮肉なものだ。しかしこの苦労も、生贄どもの死に顔を見れば許せてしまうのだが。


 今回もまた、私は賭けには参加しない。賭ける金がないという理由もあるが、私は人の死を、純粋に楽しみたいのだ。金が掻き立てる不純な感情など不要。それを理解しない他の委員会メンバーも、所詮はこの世界に飼いならされた奴らだ。私と意気投合する人間は、先生の死後はついぞ現れない。


 先生はどんな気持ちで教室に向かったのだろう。今の私と同じ心境だったのだろうか。緊張と期待が同時に自らを襲う、この感情を、先生も感じていたのだろうか。


 私の担任もまた、異世界迷宮をさまよった人だった。高校生の時に迷宮に閉じ込められ、唯一生き延びたらしい。それから、異世界迷宮に夢中になり、委員会に入ったと聞いた。先生は実に人間らしい人間だった。


 先生の死に方は、実に羨ましいものだった。自ら生贄に志願し、あのライオンに健闘虚しく摑まり、生きながら食われる様は本当に興奮した。先生の顔も幸せそうであったし、本望だろう。


 異世界ギャンブルに参加していると、人間の本性がよくわかる。どんなに外面をよくしても、むしろ外聞を気にする人間ほど、いざ自らが危機に陥ると、醜く罵りあう。自分が生き残るために他人を騙し、殺しあうことすらある。まさに地獄絵図。


 だが私には、迷宮にいる時の方がむしろ皆活き活きしているように思えるのだ。自らをさらけ出し、知恵を振り絞り、動き回る。それが人間のあるべき姿ではないか。醜さを隠さなくなった人間の方が、私の目には美しく映る。


 担当教室が見えてきた。脈を打つのがどんどん早くなっていく。たまらない興奮だ。何度味わっても飽きることのない刺激を、体中が求めている。思わず早足になってしまうのを止められない。


 あらかじめ教室内に装置は配置してある。装置を起動し、扉を開けさえすれば、私の生徒はみな迷宮へ飛ばされる。あの愛おしい地獄へ。扉をスイッチにしたのは私だが、どういう仕組みでできているのかは、いまだに分かっていない。しかしそんなことはどうでもよい。


 そして到頭、教室の扉の前に立った。上着の内ポケットから装置のリモコンを取り出した。リモコンのボタンを押す。教室の中で、微かに音がしたのを聞いた。


 準備は整った。思わず笑みがこぼれる。


 私の生徒たちは、いったいどんな反応をするのだろう。本当に楽しみだ。胸を高鳴らせながら、私――新界高広は、教室の扉へ手をかけた。


――終――

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