その時。また、俺の中で声が聞こえた。頭の中で、元気よく俺に語りかけてくる。
――諦めるな。
「なにが諦めるなだ。仲間はいない。救えなかった。もう全部、終わっちまったよ」
――いいやまだだ。お前はまだ頑張れる。お前はいつだって、しつこく立ち向かってきただろう。
「うるせえ! 大体お前は誰……」
そこで俺は、間抜けな俺は、ようやく声の正体に気づいた。
これは親父だ。聞きたくもねえ親父の声だ。その声が引き金となって、こんな危険な時なのに走馬灯のように過去の記憶が蘇ってきた。
『諦めるな』は、親父の口癖だった。親父が俺を殴る時、いつも言ってきた言葉だ。
「諦めんなよ。抵抗しろ。希望を持て。お前がそうやって抵抗してくれた方が、こっちも殴ってて気持ちがいいってもんだ。いいか、お前がどんだけ頑張ったところで、俺には勝てねえんだよ。なのにお前は無駄な努力をして、反抗してきやがる。健気だなあ泣けてくるぜ。そういうところは気に入ってんだぜ。やっぱお前には俺の血が流れてるよ。もっとやれよ。もっと反抗しろ、俺に刺激をくれよ」
そう言って親父が俺を殴る。反撃しようと暴れたところで、俺は非力だった。上から押さえつけられ、どうしようもなく殴られた。そんな、苦痛の思い出。
あの絶望がまた、俺を襲う。視界が真っ暗になっていく。俺の努力がすべて否定されていく。そんな気がした。
そして、ついに俺の体が限界を迎えた。体が内側から壊れていくのを感じる。心臓が高鳴り、鼓動の音が頭に鳴り響く。喉が痛み始めた。
俺の体を支えていた腕から、力が抜けていく。ゆっくりと体がずれ落ちていく。手に力を込めようとしても、思うようにできない。自分の肉体が、ただの鉛になった気分だ。能力が使えなくなっている。
ここで終わるのか? こんなに頑張ったのに?
現実感のない疑問が浮かぶ。死という現実は、すぐそこにあるはずだ。だが、夢の中にいるみたいに非現実的だ。俺の人生がここで終わる。そんなこと、信じられなかった。
ついに、手が床から離れた。慌てて伸ばした手は何も掴まない。俺の体が落下を開始した。景色がゆっくりと流れていく。
まだ助かるはずだ。どうにかできるはずだ。希望さえ捨てなければ。諦めなければ。
だが。
だが、仲間のいない世界で生きる意味なんてあるのか? 石堂も和田もいない。加賀も死んだ。そんな世界に、俺の居場所なんてあるのか? なんで俺が、生きなきゃならねえんだ? 元の世界に帰ったって、仲間を守れなかった罪悪感に苛まれ続けるのは目に見えているのに?
もう、疲れた。このまま運命に身をゆだねてしまおう。俺にしては結構頑張った方だろう。加賀だって認めてくれるはずだ。そろそろ休んだって罰は当たらない。仲間のいない未来に、未練はない。
そういえば、加賀はどんな気持ちで死んでいったんだ? 最後にそんな、どうでもいい疑問を抱いた。加賀の死に顔は案外満足そうだった。あの空間で加賀がどんな幻影を見たのかは分からない。だがもしかしたら、苦痛の中で死んだのではないのかもしれない。なら加賀は幸せなほうだろう。
加賀には何度も救われた。加賀と出会えた俺は、幸福者だ。加賀の最後が苦痛に満ちたものでなかったことを願おう。
突如、空気が変わったのを感じた。怪物の口の中に入ったのだ。そして、視界が暗転した。俺は目を閉じた。石堂と和田、そして加賀の声が聞こえた気がした。俺は、笑みを浮かべた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!