「郷原くんが、死んだ」
痛いほど静かな空間で、悲痛な声がひとつ響いた。その声が伝える事実に、私は悲しそうな表情を作る。
「そう……。郷原くんでも、どうにもならなかったのね」
そう言いながら、声を発した女子――紀本綾香の頭を、慰めるように軽く叩いた。彼女の能力で何を見たのかは知らないけど、あまり見たくない場面だったのは間違いない。労うことは重要だ。
多少は知恵を働かせていたようだけど、所詮は郷原、全員分の能力は覚えていないだろうと思っていた。その読みはどうやら当たっていたらしい。紀本の能力を覚えていたなら、自ら先陣を切ることはなかったはずだ。そんな郷原について行って死んだ奴なんて、自業自得だ。
紀本綾香。毛先の赤い茶髪をポニーテールにした、運動会系女子。クラス外では特に接点はないけれど、私を慕っているらしいのは好感が持てる。そんな彼女の能力は、『任意の人物を監視できる』というもの。この能力を使って、さっきまで郷原の様子を観察させていた。
この能力は体力消費が激しいらしく、休み休みの監視にはなった。それでも、郷原が選んだ道が不正解だったということは分かった。十分な功績だ。紀本が女子でよかった。
正直、郷原たちがどうなろうとどうでもよかった。郷原たちが選んだ道が正解にしろ不正解にしろ、紀本の能力のおかげで私は正しい道を選ぶことができる。そして、郷原は正解を知る道具にするには丁度いいくらいの馬鹿だった。
しかし、こんなことを正直に周りに話す訳にもいかない。私は今、女子たちにとっての女神なのだから。聖女としてのイメージを崩してはならない。
どんよりした空気を取り払おうと、口を開く。
「郷原くんたちの死は、とても残念だわ。とても悲しい。でも、彼らは自らの身を持って生きる道を示してくれた。彼らの死を無駄にしてはいけないわ。郷原くんたちのためにも、私たちは必ず生きて帰りましょう」
そう言って、周りを見回した。悲壮感が漂っていた女子たちの顔に、希望が宿る。その光景に満足して頷いた。私の能力の効き目は素晴らしかった。しかし。
「……よく言うよ」
そんな声がぼそっと聞こえた。全員の目がそちらに向けられる。新界だ。集団の一番後ろにいた。
「葵にたてつくわけ!!?」
秋月が非難の声を上げた。秋月は味方がいる中だと強く意見できるタイプだ。私はこいつと仲がいいとも思っていない。だから軽々しく私のことを下の名前で呼んでほしくないけど、仕方ない。私は聖女として、秋月を許さなければならない。
そして、次々に周りから非難される新界を庇うこともまた、仕方なかった。
「気にしないで、みんな。私についてきてくれるなら、私は全てを許すわ。生き残った者どうし、助け合いましょう。新界くんも、お願いね」
こう言っておけば、私の能力も相まって、周りには私が聖人のように思えるはずだ。そして、私の言葉をより信じるようになる。
正直私にとっても、新界の存在は目障りだ。何を考えているか分からないし、私に従順している素振りもない。できるなら、郷原たちと一緒に死んでほしかった。
だけど新界を追放して別行動させるという訳にもいかない。ひょっとしたら、私が能力を本気で使えばそれも可能かもしれない。けれど、それはしたくない。新界の能力がどんなものか、まだ分からないからだ。私の能力が解けた時、腹いせに新界が私たちを危険にさらすような真似をしたら。新界ならあり得る。この、何を考えているのか分からないクズなら。
どうにか安全に、新界を始末できないだろうか。不安要素は早めに無くしておきたい。
そんなことを考えながら、話を続ける。
「とにかく、正解の道は分かったわ。先を急ぎましょ。私と一緒にいれば大丈夫」
みんなが一斉に頷く。その光景に満足し、私は右、郷原が選ばなかった方の道へ進んだ。
私、静木葵の能力は、『味方を鼓舞する』だと、加賀には言った。だけど、それは事実じゃない。私の能力を教えてしまうと、効果が薄くなると思って嘘をついた。そしてそれは正解だったみたいだ。誰も私の言葉を疑おうとしない。進んで私の道具になってくれる。
私の能力は、『私の言葉を信じやすくする』というものだ。人によって効きやすさは異なる。それはこれまでの周囲の反応から分かっていた。だが、極限状態に陥った今なら、能力の効果は絶大だ。みんな私の言葉を信じ、縋り、救いを求めてくる。この快感は、他では得難い。この快感のためなら、ずっとここにいてもいいと思ってしまう。
けれど、私は生きなきゃいけない人間だ。必要とされてる人間だ。生きて帰らなきゃいけない。そのためなら、今の快感も、私を信じている人たちも、全て切り捨てられる。
しかし、新界だけは能力があまり効いていないように思えた。さっきの発言もそうだ。新界だけが、私に対する反抗心をまだ持っている。このことも、新界を不安要素たらしめる原因の一つだ。
「あの、静木ちゃん。さっきは役に立てなくてごめんね」
そんな声が聞こえてきて、後ろを見た。七瀬なずきだ。その後ろに芹なずな。二人は仲がよく、常に二人で行動している。
七瀬が謝ってるのは、さっきの紀本の件だろう。紀本の能力が体力消費が激しいので、七瀬の能力で体力を回復させようと試みたのだ。しかし、七瀬の能力は怪我には効果があっても疲労には効果が無いらしかった。そのせいで、結局休み休みしか監視できなかった。
だけど、そんなことは一切気にしていなかった。確かに郷原の行方を確認できなくなるのでは、とハラハラもした。でも、郷原は死んだということは確認できた。ならそれでいい。それに、七瀬の能力の限界が知れたことは有難い。今後の行動の判断に活かせる。
「気にしないで。七瀬さんも頑張ってくれたもの。七瀬さんがいてくれて本当に助かってるわ。もちろん芹さんもよ。これからも、私と一緒にいてね。」
そう諭す。すると、二人の顔がパッと明るくなった。こいつらは扱いやすくていい。
「七瀬さん」
二人が去ってから、また声をかけられた。みんな私を頼ってくる。その快感に酔いしれながら、注意を向けた。そこにいたのは、日比谷だった。
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