美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

三十四話

公開日時: 2020年9月9日(水) 08:53
文字数:2,510

「マジかよ……」


 ぽつりと新界が呟いた。その声で我に返る。すぐに、思考の整理を始めた。


 本来ならすぐに七瀬の元に駆け寄って声をかけるべきだ。でも、新界より先に前に進むとプレートを見られる。生き残るための道を知るために、五人を道具にしたことがばれる。それは避けたい。


「あの、新界くん……私いま、脚がすくんで動けないから、先に行ってくれないかな」


 そう言って、新界の顔を伺う。無表情を崩さない新界が、珍しく驚いた顔をしていた。


「へえ……お前にも、案外人間ぽいとこあるんだな」


 こいつはいちいち言うことが鼻につく。なんとか、苛立ちを顔に出さずに堪えた。


「まあ、いい。俺は先に行く」


 新界が納得してくれたことに安堵する。新界は私を避けて、七瀬がいる橋へと進んでいった。これでプレートは見られないで済む。


「……そういやお前さ」


 橋に足を踏み入れる直前で立ち止まり、新界が尋ねてきた。何事かと首をかしげる。


「さっきから身じろぎひとつしてないけどさ、なんか隠してるのか? 例えば、その足の下とか」


 思わず、体が硬直した。動揺を隠せたか自信がない。顔が引きつっている気がする。どうにか笑顔を張り付け、その場をしのごうと声を発した。


「なにも隠してないわ。気になることでも?」


 どうにかそう言い返す。新界はしばらく私を凝視していたが、ふっと笑ってまた前へ進んでいった。緊張で高鳴った心臓の音がうるさい。うまく誤魔化せただろうか。もしかして、私が五人を利用したことに気づいている?


 けどそうだとしても。とにかく、新界はやり過ごした。考えるのは後。次は七瀬だ。


 七瀬と芹はかなり仲が良かった。どういう事情があるのか詳しく知っている訳ではない。確か、幼いころから同じ施設で育ったはずだ。なんにせよ、姉妹のように感じるほどに、二人の仲が良かったのは間違いない。芹が死んだ今、精神的ダメージはかなり大きいはずだ。日比谷のように、説得で持ち直させられるだろうか。正直、面倒だという思いが大きかった。


 日比谷と違って、七瀬は非戦闘員。回復役として大事ではあるけれど、絶対に必要だとは考えていない。それに、部屋の奥の扉、あれが最後の扉だという予感がしていた。ここまでのプレートの内容からして、ここが最後の試練と考えてもよさそう。万が一のために身代わりは多い方がいいけれど、七瀬が私を逆恨みしてくる可能性もある。そうなったら七瀬を見捨てるしかない。


 とにかく、七瀬の反応次第だ。なるべく自分の手は汚したくないけれど、場合によっては七瀬を始末する必要がある。


「もうそろそろ、いいかな」


 ぽつりと呟いた。新界はすでに橋の中央近くまで進んでいる。七瀬を気にはしているが、声をかけるつもりはないようだ。時間も経ったし、もう動き出しても問題ないはず。


 そう思い、足を踏み出した。橋の上を歩いていく。


 息が詰まりそうな緊張感だ。怪物の存在を知ってしまった以上、つい下が気になってしまう。橋の下は暗闇だ。どこまで続いているのか、まるで見当がつかない。この橋は安全なはずだと、そう言い聞かせて歩き続ける。


 新界が橋の中央に至った。しかし、何かが起きる様子はない。やはりこの橋は安全。生存できる唯一の道。新界は、七瀬を避けてどんどん先へ進んでいった。七瀬には新界の姿など目に入っていないようだ。ずっと橋の下、奈落を見ている。


 その七瀬の姿が、徐々に近づいてきた。気が重い。つい、歩くのを遅くしてしまう。私も新界みたいに七瀬を放っていけたら、どんなにいいだろう。でも、そんな弱音を言っている場合じゃない。深呼吸をして、冷静になろうとする。


 そして到頭、七瀬の後ろに立った。七瀬に声をかけようと手を伸ばしかけて、動きを止める。七瀬が何か呟いているのが聞こえてきた。


「なずなが……なずな……なずな……なずなは……なずな、なずな、なずななずななずななずな……」


 私が後ろにいることに気づいていないようだ。明らかにおかしい七瀬の様子に、思わず恐怖を感じる。私は、努めて平坦な声で呼びかけた。


「あの、七瀬さん、大丈夫?」


 私の声に反応し、七瀬の肩がびくっと跳ね上がった。ゆっくりと七瀬の顔がこちらに向けられる。その目が、鋭い眼光が、憎々しげに私の体を貫いていた。


「お前のせいだ……」


 ぽつりと声が、七瀬から漏れた。


「お前がいい加減な指示を出したから、なずなは死んだんだ……お前が自分で行けばよかったんだ……お前のせいだ、全部お前のせいだ」


「七瀬さん?」


「お前のせいだッ!!!」


 七瀬の肩に触れようとしていた手を払いのけられた。かなり強く払われたせいで、赤くなってしまっている。最悪だ。


「あの、七瀬さん? 芹さんのことはすごく残念だわ。でも、私たちは無事生き残れたのよ?私たちで協力して、元の世界に帰って、芹さんたちの分まで生きましょ? 芹さんもそれを望んでいるはずよ?」


「うるさい!!! お前がなずなを語るな!!! 一瞬だったんだ、何が起きてるかも分からないままなずなは死んだんだ!!! 私と帰るはずだった、一緒に帰るはずだった……なのに! お前が!!! お前のせいで!!!」


 ウザいな。


 なんとなく、そう思った。私だって、もうかなり疲れてる。他人を説得する気力はない。なにも考えたくない。


 そのうえ、七瀬が私の話を聞く様子はない。それどころか、絶対に許さないという目で私を見ている。もうこいつに付きあってやるのはしんどい。


 切り捨てるか。


 橋の前方をみた。新界は前を向いたまま歩き続けている。こちらを気にしている素振りはない。今がチャンスだ。


「ごめんね、七瀬さん」


 そう言って、七瀬に近づいた。


「触らないで!」


 私を押しのけようとする七瀬。その肩を強引に掴む。


 七瀬が橋の縁にいたのは幸いだった。簡単に殺せる。


「さよなら」


 七瀬の体を、思い切り奈落の側へ押し込んだ。元々疲れ切っていた七瀬は、ろくに抵抗もできず、下へと体を傾けていった。どうにか助かろうと伸ばした手が、私の腕に触れる。しかし、掴むことはできず、私の腕を引っかいただけだ。そして体が橋から離れ、暗闇の底へと落ちていく。


「やああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 絶叫を尾に引いて、七瀬の体は見えなくなった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート