美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

十六話

公開日時: 2020年9月5日(土) 07:33
文字数:2,264

「こっちだ化け物!」


 郷原が雄たけびをあげた。同時に、手に持った象牙でライオンを殴りつける。片腕での攻撃に疲れてきたのか、思うようにダメージを与えられていない。だが、気を引くには十分だ。


 ライオンの視線が郷原へ逸れた隙に、障壁から出る。ライオンは僕に背を向けている。今なら僕でも攻撃できるはずだ。


 ライオンに向かって走っていく間も、思考は止まらなかった。どうすればみんなが生きられるかとか、ライオンに攻撃されたらどう対処するか、ということをぐるぐると考える一方で、ふっと疑問が湧き上がる。


 僕は今、なんでこんなことしているんだろう。


 自分を毒に侵させ、ライオンに伝染させる。うまくいけばライオンにかなりのダメージを与えられるはずだ。だがリスクが高すぎる。ライオンに殺される可能性もあるし、毒で死ぬ可能性もある。僕が死んだらクラスの統制を誰が取れるだろう。こんなことしないで、ライオンを障壁から遠ざけさせて遠隔攻撃で倒すのが安全だ。僕が死なないことが、一番重要なはずなんだ。


 そんなことは分かってる。分かっているのに、こんなことをやっている。そして、その理由も分かっているんだ。

 

 罪滅ぼしがしたいんだ。天野も、真坂も、那須も、間壁も、僕の判断のミスで死んだ。それなのに僕は安全な場所で指示を出すだけ。不公平だ。僕にも命を懸けさせてほしい。そんな我がままゆえの行動だ、これは。


 リーダーとしての責任と重圧が、重くのしかかる。誰かが死ぬのがこんなにも怖いなんて。自分が死ぬぐらい、どうでもいいと思ってしまう。自分の失敗が、失敗で生まれる犠牲と後悔が、体を震え上がらせる。


 そして、間近に迫ったライオンの威圧感と獣臭さで意識を現実に戻された。痺れがひどくなってきた拳を構える。ライオンは未だ郷原を見たまま。ライオンの傍へは簡単に近づけた。


 チャンスだ。


 自分ができる精いっぱいのパンチを繰り出した。拳がライオンにぶつかる。ライオンの体は鉄のように硬かった。僕のパンチによるダメージは諦めたほうがいい。だが、ここまでは予想通りだ。


 追撃はしない。すぐにその場を飛びのいた。ライオンがこちらを振り返る。その拍子に、ライオンの牙が腹をかすった。熱さと濡れた感触が体を硬直させる。それでも、すぐに気合を入れ障壁内へ逃げ戻った。死んだっていいと思っている。けれど僕が死ぬわけにはいかない。


「七瀬さん! 治療お願い!」


「う、うん」


 声を出した途端に足から力が抜け、思わず膝をついてしまう。そんな僕の隣に座って、七瀬が能力で治療を始めた。変色してきていた腕が元通りになっていく。同時に、腹の傷が完治した。


 日比谷も隣に駆け寄ってきた。しかし日比谷に応対できる余裕ははっきり言ってない。


 ライオンの様子を観察する。なにやら困惑している様子だった。左の後ろ脚を動かしにくそうにしている。どうやら毒は効いているようだ。


 だが、致命傷たりうるとは思えなかった。僕の拳が与えられる毒に対し、ライオンの体はあまりにも大きすぎる。


「もう一回だ、湯島君。もう一度僕に毒をつけてくれ」


「でで、でも、やっぱり危険だよ」


「大丈夫。こうして帰ってこれただろう? 毒が有効なことは分かった。できることは全部やっておこう」


「でも、七瀬さんの治療も、絶対効くとは限らないし……」


「これまでは効いた。大丈夫。ほら早く」


 なかなか判断を下さない湯島に業を煮やし、自分の腕を湯島に押し付ける。湯島は諦めたような顔をして、僕の腕に毒を塗った。


 さっきよりも痺れるのが早いような気がする。だが、そんなことを気にしていても仕方がない。


「郷原くん! 一旦下がって休憩してくれ! 日比谷さんと石堂くんは障壁の左側から攻撃して奴の気を引いて!」


「え、あ、わかった!」


 突然の指示に慌てて日比谷が駆けていく。石堂は待ってましたと言わんばかりに飛び出していった。障壁の向こうで郷原がライオンから距離を取るのが見える。できるなら郷原には一度障壁の内側で治療を受けてもらいたいが、ライオンが障壁の前にいる今それは難しいだろう。


 すぐに日比谷と石堂が攻撃を開始した。体の違和感も相まって相当苛立っていたのだろう、咆哮を上げて日比谷の方を見た。


 その隙に、もう一度右側から障壁を出る。僕が接近することに気づかないくらい怒ってくれていたらいいんだけど。


 そんな淡い期待とともに駆けだした。とにかく素早く近づき、殴って退散する。僕にできるのはそのくらい。


 また、獣の匂いが鼻を貫いた。思わず顔をしかめる。腕の感覚ももうなくなってきていた。


 ついに射程圏内に辿り着いた。後は殴って戻るだけ。


 そう願っていたが、ライオンも同じ手には引っかからなかった。ライオンがじろりと僕の方を見る。直感で地面を転がった。頭上をライオンの前足が豪速で通り過ぎる。


 躱せたのは奇跡だ。喰らっていたら間違いなく動けなくなっていた。転がった勢いのまま立ち上がり、ライオンの懐に入る。そして、ライオンの胸部を殴りつけた。近い。凄まじい圧迫感だ。すぐに後ろを向いて、その場を離れる。


 次の瞬間、背中に衝撃を感じた。臓器が浮き上がる感覚。気づけば、床を転がっていた。


 背中が熱い。どうもライオンの爪に裂かれたらしい。だが幸い致命傷じゃない。動くことはできる。


 さらに幸運なことに、ライオンは胸に受けた毒による違和感でか、その場にとどまってくれている。僕は痛みをこらえながら立ち上がった。腕を振ると背中に激痛が走る。流れる血が服を湿らせていく。なるべく上半身を動かさないように走り、僕はどうにか障壁の内側へ戻った。

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