美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

四話

公開日時: 2020年9月3日(木) 08:10
文字数:2,999

 怒ってるのか悲しんでるのか分からない顔で、加賀くんは黙ってた。その気まずい沈黙の後、加賀くんの目に何かを決意したような光が宿り、僕を貫いた。


「天野君。難しいお願いなのはわかってるけど、その能力は使わないって約束してくれるかな。僕も天野君が、その能力を使わなくていいよう立ち回るから。いい?」


「うん、もちろん。分かったよ」


 僕は一も二もなくうなずいた。僕だって、こんな能力使う気はない。


 加賀くんは僕の答えを聞いてもまだ不安そうだった。能力の内容が内容なだけに、僕が注意したところでどうにもならない場合も、十分に考えられるからだろう。けれど、ちょっと沈黙した後は冷静さを纏って元の場所へ戻っていった。加賀くんを見ていると、人をまとめるって大変だな、と思ってしまう。


 そう言えば、新界はどんな能力を得たんだろう。加賀くんと静木さんの例を見る限り、能力が被ることもあるみたいだ。なら、僕と同じ能力って可能性もある。もしそうだとしたら、相手が新界でも少し同情する。


「みんな、確認できたかな」


 加賀くんの呼びかけで、辺りが静かになっていった。その様子を見て頷いた後、加賀くんが語りだした。


「これから僕たちは迷宮の奥へ向かう。先生の話が本当なら、この先はかなり危険だ。死ぬ可能性すらあるくらいに。でも進まないと、元の世界に帰れない。


 大丈夫。きっと大丈夫だ。ここにいるのはたかが高校生20人。だけど、助け合ってきた20人だ。僕たちには親がいない。その寂しさを分け合って、苦難を乗り越えてきた。僕たちには確かな絆がある。大丈夫。この迷宮もとっとと攻略して、みんなで一緒に帰ろう」


 加賀くんが語り終えた。加賀くんはやっぱりすごい。自分も不安なはずなのに、みんなの前でいつも堂々と話してくれる。もちろん能力の効果もあるだろうけど、加賀くんの言葉は僕たちに希望を抱かせてくれる。心の支えになってくれる。迷宮に来た直後の不安が嘘みたいに、僕たちの顔は自信に溢れていた。


「よし、じゃあ行こう。みんなで」


 そして僕たちは歩き出した。元の世界に帰るために。きっと帰れると信じて。


 だけど、自信を持っていながらなぜか、僕だけは疑念を抱いていた。少し楽観的すぎないか、と。


 加賀くんを先頭に、僕たちは扉の前に立った。こんな大きな扉、どうやったら開くのだろう。そんなことを考えている僕をよそに、加賀くんが扉に触れた。すると、扉が突然重低音を響かせ、向こう側へと開いていった。


 扉の先には、10人が横に並んで歩けそうな広い通路があった。まっすぐ伸びる通路のずっと向こうにも、かなり大きな扉が見える。


 通路に充満する重たい空気が、少し浮ついていた僕らを幾分か冷静にした。通路にもやっぱり灯りはないけど、その割にはなぜか明るかった。ただ、部屋よりは少し暗い。反響してか、僕らの息使いがひどく大きく聞こえて、体が思わずこわばってしまう。


 けれどそんな緊張感も、加賀くんが先陣を切って歩き始めたおかげで、ちょっと和らいだ。加賀くんの背中には不安なんて感じられない。やっぱり加賀くんはなるべくしてリーダーになった人だ。凄く頼もしい。


 ぼんやりと加賀くんを見ながら歩いていると、不意に背後から話しかけられた。那須くんだった。


「おい天野。加賀には能力のこと伝えたのか」


「ああ、うん。ちゃんと言ったよ」


「人前で言えないってどんな能力だったんだ?透視とかか?」


「違うよ! ……違うけど、内容は言えないな。すごく使いたくない能力だってことだけは教えとく」


「ふーん」


 あんまり納得した風じゃなかったけど、那須くんは引き下がってくれた。表情が若干硬い。那須くんの能力は『幻影の分身を生む』。相手を惑わせるにはもってこいの能力。もし本当に怪物がいるのだとしたら、恐らく戦闘に参加するはずだ。これから命をかけなければいけないかもしれない。そんな状況で、平然としていられる人なんてそうはいない。


 ふっと視線を動かすと、じっとこちらを睨んでいる、身長が高めの黒髪の男の子がいた。あれは真坂くんだ。あんまり関わったことはないけど、いつも加賀くんと一緒にいるのは知ってる。さっき加賀くんに迷惑をかけたのをよく思っていないのかもしれない。他にも何人か、そういう人はいるだろう。これからなんとか信頼を回復できたらいいけど。


「なあ、天野」


「ん、何?」


 那須くんの呼びかけで意識を戻された。


「天野は、どんな死に方なら納得できる?」


「え、今そんな話する?」


 驚いて変な声を出してしまった。でも、今は死を意識してしまうような話はしない方がいい。


 そう考えて、話題を変えようとしたけど、那須くんに先手を打たれた。


「いやさ、さっきから死んだらどうしようとか、そういうことばっかり考えてんだよ。加賀は大丈夫だって言うし、俺もそう信じてるけどさ。やっぱ死ぬのは怖いじゃん。じゃあどんな死に方ならいいんだ、って思ってさ。俺っておかしいかな?」


「……いや、おかしくないよ」


 死ぬのが怖いのは誰だって一緒だ。だからって死に方を考える人はそんなにいないと思うけど。


 結局、那須くんの話に合わせることになってしまった。


「死に方かあ。具体的にこういうの、てのは全然思い浮かばないけど……。でも、昔からこんな死に方できたらいいかなっていうのは一応あるよ」


「へえ、あるもんなんだな。教えてよ」


「う、ん」


 あんまり人に言いたいものじゃない。けどまあ、ここまで言ってしまったら仕方ない。


「えっとね……僕はさ、昔から誰かを守って死ぬのに憧れてるんだ。誰かをかばって、窮地を救う。かっこよくない?」


「えーと……まあ、かっこいいかな」


 那須くんの反応は案の定微妙なものだった。だから言いたくなかったんだ。自分でも青臭いこと言ってるなって思うし。でも、かっこいいと思ってるのは事実。


「那須くんはどうなの?」


「俺はよく分からん。ただ、誰かに殺されるのは絶対に嫌だ」


「それはそうだね」


 そしてとうとう話題が尽きた。


 そもそも、こんな時に話せることなんてほとんどない。その証拠に、僕と那須くん以外に話している人はほとんどいなかった。僕らは静かに脚を動かした。


 那須くんにそんな話題を振られたからだろう。頭では、理想の死に方について考えていた。


 幼い頃から、たくさんの本を読んできた。暇さえあればずっと本を読んでたし、空想の世界に憧れた。物語の中の人たちはみんなかっこよくて、その生き様は目標だった。


 ある時、僕は騎士と出会った。常に孤高で、誇りを忘れず、果敢に敵に立ち向かう。たちまち彼は、憧れになった。


 彼には一つ、ある特徴があった。彼は他者を助けるということにかけては、自分の命を全く顧みなかったんだ。特に女性と子供に対しては、彼は守ることに全力だった。たとえ罠と分かっていても、救出に向かった。彼はそれを、騎士道と呼んだ。最期に彼は、子供たちを守るために身を滅ぼし、使命を全うして死んだ。


 彼の物語を読んだ後も、僕はいくつもの物語を読んだ。そのうちに、僕の好きなキャラクターは必ず死ぬことに気づいた。仲間を守って死んでいく人たち。その行動は仲間に感謝されることもあれば、気づかれないこともあった。でも、彼らの自己犠牲は尊くて、立派だった。僕は彼らに、憧れてしまった。


 それに、僕の両親だって最後は彼らと同じだった。子は親を真似て育つ。なら、両親と同じ死に方を望んだっていいはずだ。

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