体感的に三十分経った頃に、皆に呼びかけて準備をした。一人、扉の前に立つ。
「じゃあみんな、行こうか」
そう言って、皆の様子を確認した。皆が次々に頷く。皆の反応に満足して、僕は扉に触れた。これまでと同じように、扉が勝手に向こう側に開いていく。
扉の先は、蛇の部屋に来る前と同じように一本道だった。ずっと向こうに、また新たな扉が見える。僕は先頭に立って歩き始めた。
正直、次にどんな怪物がいるかわからない。さっきのように、大きな蛇が一匹、という状況なら、なるべく安全な策は考えてある。だが、同じ化け物を配置するほどこの迷宮は甘くないように思う。それに、皆の精神的肉体的疲労を考えると、なるべく多く策を練らないといけない。
悩む僕の隣に、郷原が並んだ。
「おい加賀。次の部屋の作戦はどうすんだ?」
「実際に入ってみないと分からないかな。とりあえず郷原君は、さっきと同じ感じで戦ってくれ。どんな怪物がいるにしろ、郷原君が作戦の要になるのは間違いないと思う」
「おう、わかった」
郷原とそんなやり取りを交わす。郷原とは旧知の仲だ。だからなのか、郷原には気を使わなくて済む。郷原が思ったことをはっきり言うタイプなのも理由の一つかもしれない。
このクラスのリーダーは、今のところ僕が務めている。だけど、全員が僕に従っているわけじゃない。例えば僕より郷原を慕っているやつも何人かいるし、女子はほとんどが静木の味方だ。郷原が僕を慕ってくれていて、静木も僕に異を唱えることがないから、僕がリーダーでもうまくいっている。
そんな背景があるから、クラスの雰囲気に流されて僕をリーダーと認めている人がほとんどだ。もし郷原が僕を嫌っていたら、男子はおそらく二分する。特に、郷原を兄貴分としている石堂は厄介だ。ワックスで逆立てた黒髪と悪人面から想像がつく通り、口より手がでるタイプだからかなりたちが悪い。それに、女子がどちらかにつくことはあまり考えられない。
グループに属そうとしない奴もいる。天野がその典型だった。話しかければ答えてくれるが、それ以上の付き合いはあまり持とうとしていなかったように思う。
だからなのか、天野が死んだと聞いた時、自分が死ぬことを怖がった人は多かったけど、天野の死を悲しむ人はあまりいなかったように思う。もちろん、悲しむ心の余裕がないっていうのもあると思うけど。不謹慎だけど、死んだのが天野でよかったかもしれない。那須と間壁とは仲がいいようだったから、二人の反応が少し怖いけれど。
新界もグループに属していないが、あいつは属さないというより、属せない。話しかけたところで返事はないし、何を考えているか分からず気味が悪い。おまけに大体の発言に棘があるから、誰も話そうとしない。温厚な天野とトラブルを起こしたという噂も聞いたことがある。集団でいるのが致命的に苦手なタイプだ。
「あの、ちょっといいかな」
また声をかけられた。今度は誰だと思って見れば、日比谷だった。顎で話の先を促す。
「こんな時に何考えてるんだって思うかもしれないけどさ。私、先に進むのが怖いの。一人だと、手が震えるのを止められないんだ。だから、さ。私の手、握ってくれないかな。そしたら勇気が出る気がするの」
お前と手をつなぐなんて絶対に嫌だ。反射的にそう言いそうになった。もちろんそんなこと言う訳にいかない。どうにか笑顔を絶やさず、やんわりと断ってみる。
「ごめんね。今僕の手、汗とか血とかですごく汚れてるんだ。日比谷さんの手を汚しちゃ悪いから、手は握れないかな。ごめんね」
「いいの! 汚れたっていいの。あと、日比谷さんじゃなくて響でいいよってずっと言ってるじゃん」
不満げな顔をして日比谷が答えてきた。ああ、どうしてこいつはこうも、やることなすこと全部僕をいらだたせるんだ。うっとうしいという感情しか湧いてこない。だけど、日比谷は重要な戦力だ。今怒らせてしまうのはよくない。
渋々日比谷の手を握ろうとしたところで、見かねた郷原が口を挟んできた。
「おい日比谷、加賀が嫌がってんの分かんだろ。しつこいんだよ」
「不良は黙ってて。私たちのこと何も知らないくせに」
「知らないのはお前の方だろうが! ストーカー女が出しゃばってくんじゃねえよ気持ち悪い!」
「うっさい! 私はストーカーじゃない!!!」
いやストーカーだよ。ていうか、大声出す元気あるじゃないか。
郷原はいい奴だが、怒りやすいのが玉に瑕だ。しかし今はその怒りっぽさに救われた。しばらく二人には喧嘩していてもらおう。生死に関わる瞬間を前にして、日比谷なんかに構っていたくない。
郷原と日比谷のやかましい罵声を聞きながら歩き続けた。途中で一回休憩を挟んだ以外は何事もなく、無事扉へと辿り着いた。
「芹さん、七瀬さん、申し訳ないけど、さっきと同じように先陣を切ってくれないかな」
「うん、分かった」
芹さんが頷く。今度は七瀬さんは文句を言わなかった。多分、障壁の頑丈さを知って安心したんだろう。反抗してこないならそれでいい。
「芹さんは僕の横に。それじゃあ、行こう」
一瞬、また誰かが死んだらどうしよう、と不吉な考えが頭をよぎった。大丈夫だ。頭をふってそう言い聞かせる。自分に暗示をかけないと、とてもこの扉を開けられそうにない。
よし、行こう。
口の中で呟き、僕は扉に触れた。扉が向こう側へ開いていく。徐々に、部屋の全貌が明らかになっていった。
二回戦の始まりだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!