「郷原! ライオンに間壁を殺させるな!!! 真坂! ライオンの意識を郷原に向けさせろ!!!」
この際呼び捨てしてしまったことなどどうでもいい。郷原の負担が重くなることもどうでもいい。郷原ならうまく立ち回る。郷原の運動神経と能力があれば郷原が死ぬことはないはずだ。今はとにかく、間壁を殺させないことだけが重要だ。これ以上、犠牲は出さない。
真坂の能力が効かないなら、那須の分身に意味はない。なら、郷原が攻撃して気を引かせる。その意図を理解したのか、郷原はすぐに飛び出していった。続いて石堂も障壁を出ようとするのを、すぐに引き留める。
「待て石堂! お前の攻撃はかえって危険だ! 郷原に任せろ!」
郷原は超近接攻撃しかできない。間壁を狙うライオンだけを攻撃する場合、郷原が石堂の炎弾に被弾する可能性がある。それに、那須の分身を攻撃していたもう一匹は障壁に向かって突進する構えを取っている。下手に障壁から出ると、標的が石堂に移ってしまう可能性もある。要は、間壁からライオンの気をそらせばいい。今は必要以上に障壁の外に出ていくべきじゃない。
郷原が間壁に迫るライオンへ走っていった。ライオンの長い象牙はもう間壁のすぐそばだ。郷原の動きの方がライオンより早いが、間に合うか分からない。間壁は気を取り直して、すでに逃げ出している。けれど、動きが遅すぎる。
「真坂!!! 能力は発動してるのか!!!」
「もうやってるよ!!!」
「秋月! お前は!!!」
「えっ、あ、はい!!!」
この馬鹿。今、秋月が呆けているのはあまりに愚かだ。思わず睨んでしまう。怖がる素振りを見せた秋月が、慌てて真坂の能力を強化する。
「間に合え……!!!」
僕の声が虚空に消えた。結果はすぐに出た。現実は、そう甘くはなかった。
こちらへ向かっていた間壁の腹を、ライオンの象牙が深々と突き刺した。血に染まった牙が間壁を貫通し、真坂の体が浮き上がる。
「くそったれが!!!」
郷原の叫びが聞こえた。郷原の拳がライオンの横っ腹に吸い込まれる。次の瞬間、ライオンが郷原から遠ざかるように吹っ飛んだ。間壁の体が象牙からずるり抜け落ちる。受け身も取れていない。頭を打っていないといいが。
すぐに間壁の体を回収しに向かおうとした郷原だったが、一瞬立ち止まり背後に大きく跳躍した。郷原がいた場所を、障壁に向かってきていたはずのライオンが豪速で通り抜けた。ようやく真坂の能力が効いたのだ。吹っ飛ばされたライオンも、郷原の方を向いていた。
相変わらず三頭目のライオンは微動だにしない。だが、いつまたさっきの咆哮をするかわからない。恐らくあの咆哮が、真坂の洗脳を克服した鍵だ。
間壁はまだ死んではいないはずだ。ライオンたちが郷原に夢中になっている今のうちに、間壁を連れてきて治癒すれば助けられる。また那須に分身を作らせて、郷原から分身に意識を向けさせれば郷原も無事だ。
そう考えて、障壁から出ようとする。だが、間壁を助けようと考えていたのは僕だけではなかった。那須と真坂が飛び出していく。天野のことで負い目を感じていた二人だ。
「待って、那須くん、真坂くん!!!」
叫んだところで二人は止まらない。これでは間壁の二の舞になりうる。特に真坂が死ぬのはマズイ。
「ちゃんと戻ってくる! それに距離が近い方が能力が効きやすい!」
真坂が言葉を返してきた。だけどあいつは、秋月の能力範囲が狭いことを忘れていないか? それに、真坂はまだかろうじて判断力があるようだが、那須は駄目だ。分身を作ることも忘れている。間壁を救うという使命感に囚われて、冷静さを失ってしまっている。
しかし……。思う通りにならない焦りでパニックになりつつある脳で、必死に考える。
司令塔は僕だ。僕が死ぬのは最も避けなければならない事態だ。だから、僕の代わりに二人が救出に向かったのは正解とも言える。そして、今から二人を呼び戻して新たに誰かを送るのでは時間がかかる。こうなってしまった以上、今は二人に間壁を救出してもらうのが最適解だ。
二人が間壁のそばに立った。それぞれが頭と足を分担して抱える。そしてすぐに、障壁へと駆けだした。一方の郷原は、器用にライオンから逃げ回っていた。郷原によってライオンたちが、間壁から離れるよう誘導されている。どうやら真坂は、間壁を救出しながらも能力の発動を継続できているらしい。効果も十分だ。
若干もたついているが、二人は順調に障壁へと向かってきている。これなら、大丈夫だ。仮にあの咆哮があっても、立ち止まらなければギリギリ助かるはずだ。日比谷と石堂に攻撃の準備をさせよう。
そう思い、三頭目の様子を伺った。そして、間抜けな顔をさらす羽目になった。
「あいつはどこに行った……!!?」
三頭目から気がそれたのはほんの一瞬のはずだ。それなのに、三頭目の姿を見失った。部屋の中を見回すが、どこにも見当たらない。不安と焦り、怒りが胸を支配していく。
その時、真坂たち三人が突如影に包まれた。それを認識した直後、走る真坂たちのすぐ背後にひときわ大きいライオンが現れた。その背中には巨大な一対の翼。
三頭目は空を飛んでいたのだ。ライオンが着地した瞬間、床が激震する。真坂と那須がバランスを崩し、膝をついた。間壁の体が床に落とされる。三人の頭上に、ライオンの口が迫っていた。
「やめろおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
無我夢中で叫んだ。それ以外にできることはなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!