美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

三十七話

公開日時: 2020年9月9日(水) 08:59
文字数:2,147

 新界を殺すと言えば、確率に囚われず確実に生き残ることができる。新界を殺す理由なんてそれで十分だ。


 それに、仮に新界と元の世界に帰れたとしてもだ。もし新界が、私が七瀬を殺したのを見ていたら? そして、私がしたことを誰かに訴えたら?


 どうせ、元の世界で新界の言うことを信じる奴はいない。そう信じたい。そもそも、異世界に行ったなんて誰が信じる? 誰もが馬鹿げた妄言だと言うはずだ。


 けれど、新界が不安要素であることに変わりはない。嘘を言って私を貶めることも、私を脅すことだってあり得る。不安要素はなるべく無くす。それが、成功の秘訣だ。なら、新界はここで殺しておくべきだ。


 疲労がピークに達した人間の考えることなんて、その程度だった。


 さっき新界と話した時も、能力を使用していた。そして、今までで一番効果があったという実感があった。新界は私の言葉を信じ、私が新界を生かすと言うと思っているはずだ。そして、新界の言葉が本当なら、新界は私を生かすと言う。間抜けな新界だけが死に、私は元の世界に帰ることができる。


 完璧だ。天が私に味方した。


 そして隣から、新界が答えるのが聞こえてきた。


「俺は、静木を生かす」


 思わず、笑みがこぼれる。作り笑いじゃない、心の底からの笑み。久しぶりな気がする。私は意気揚々と、高山の問いに答えた。


「私は、新界を殺す」


 その瞬間、扉が輝きだした。暖かい光だ。疲労が無くなっていく気がする。これで元の世界に帰れる。私を必要とする世界へ。


 運命に打ち勝った快感に酔いしれながら、隣の新界を見た。そして、目を疑った。


 新界の様子に、全く異変はなかった。怒るでもなく悲しむでもなく、ただ冷たい目で私を見ている。これから死ぬはずなのに、妙に落ち着いている。新界がいくら変人だとはいえ、これは異常だ。


 そして、新界の様子に疑問を抱くと同時に、唐突に胸の奥が痛み始めた。急に訪れた激痛に耐えられず、しゃがみ込む。


 痛い。痛すぎる。冷静でいられない。涙が出てくる。息がうまく吸えない。私の体に、何が起きてるの?


「正直なところ」


 不意に、新界の声が聞こえた。聞いている余裕はないはずなのに、脳が勝手に声を受け入れてしまう。


「お前がなんて答えようが、どっちでもよかった。お前が俺を生かすと言ったなら、お互い死ぬことはないだろう。俺だって死ぬ気はないが、もし死の二割のせいで死んだんならそれも運命だ、受け入れるつもりでいた。だが、残念なことにお前は俺を殺すと答えた」


 そこで、また新たな疑念が生まれた。痛む頭を抱えながら、考える。新界の能力は一体何だったの? もうすぐ帰れるからと浮かれて失念していた。新界の能力について考えておくべきだった。彼の能力が私の命を奪う可能性を、なんで忘れていたの!!?


 新界の能力は、新界自らが教えてくれた。


「冥土の土産に、俺の能力を教えてやる。『自分を裏切った相手を身代わりにする』という能力だ。こんな内容なもんだから、誰にも言うことができなかった。言ったら使う機会が無くなるからな。まあ、このまま使うことなく帰れるかと思っていたが、最後の最後でやってくれたな。感謝するよ。折角の能力、使わないままなのは勿体ない」


「じゃあ……あなた、能力を使ったの?」


「当たり前だ」


「私を身代わりにしたの?」


「そうなるな」


「私を……殺すの?」


「自業自得だろう」


「……ふざけないでよ」


 怒鳴りたい。叫びたい。けれど、体中の痛みがそれを許してくれない。喉が焼けるような熱さを孕んで、大きな声を出せないんだ。


 全身の痛みに耐えていたが、突然、腕の痛みが消えた。うっすら目を開けて、腕を確認する。そして、絶句した。恐怖で体が冷えていく。痛む胸の中で、心臓が馬鹿げた速さで脈を打つ。


 腕が、指先から徐々に消滅していた。でたらめに腕を動かすが、元に戻ることはない。もう、肘から先が無くなっている。誰もが見ほれた手指が宙に消えた。


 がくん、と体が落下した。恐る恐る下を見る。膝から下が消えていた。太もももどんどん消えていく。私の自慢の脚が。長くて細い美しい脚が。


 私の体が消えていく。私の大切な体が。口を開いても声が出ない。喉が震えない。助けを求めることも、呪詛を唱えることすらできない。頭が真っ白になる。顔に張り付けた仮面がはがれ、感情を隠せなくなっていく。


 嫌だ。死にたくない。私のことをみんなが待ってる。みんな私を求めてる。私は帰らなきゃいけない人間だ。こんなとこで死ぬわけないんだ。生きて帰るんだ。


 これは現実じゃない。現実なわけない。


 視界がかすみ始めた。耳鳴りが止んでくれない。そこにいるはずの新界を睨み続ける。こいつが悪いんだ。私は悪くない。死ぬのはこいつだ。私は生きるんだ。そうなるはずだもの。そうならなきゃおかしい。


 大嫌いだこんな世界。私が死ぬなんて間違ってる。私はこんなに頑張ってきた。どうして努力が報われないの? なんでこんな奴に殺されなきゃいけないの? そんなのおかしい。理不尽だ。


『そう、この世界は理不尽。分かっていたはずでしょ?』


 頭の中の声がうるさい。黙れと念じたところで、消えてくれない。だんだん、頭がふわふわしてきた。何も考えられなくなっていく。


 これが、死? 本当に死ぬの?


 嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたく――

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