扉が全開になる前に、芹がまず部屋に入った。半開きの扉の間に立つ。すぐに障壁が生成された。また、いきなり攻撃がくると予想していた。
……しかし、攻撃はない。それどころか、怪物の姿も見えなかった。
怪物はどこだ?
扉はどんどん開いていく。怪物は姿を現さない。芹も困惑しているようだ。だが、芹の障壁は芹の前に広がっている。前からの攻撃は全て防ぐだろう。
そう、前からなら防げる。だが、薄い板のように広がる障壁は横からの攻撃は防げない。怪物は未だ現れない。なら、怪物がいるとすれば――
「芹さん! 一旦下がって」
え、と戸惑う素振りを見せる芹。その時、扉が全開になった。
「グオオオオオオオオオオオォォッッッッッ!!!!!」
地面を震わす咆哮が耳をつんざいた。驚いて芹が通路へ戻ってくる。障壁は張られたまま、芹の動きに伴って通路側へ移動してきた。
そして障壁の向こう側で轟音が鳴り響いた。そこにいたのは、
「ライオンか?」
象牙を生やしたライオンだった。その体躯は、おそらく大型トラックくらいの大きさはある。しかも一頭ではない。さっきの轟音は、二頭のライオンが互いにぶつかった音だ。そして部屋の奥で、さらに巨大なもう一頭が姿を現した。
ぶつかったライオンたちは怪我をした様子もなく、障壁へと攻撃をしかけてきた。障壁と壁との間にほとんど隙間はない。ライオンたちが部屋に入ってくる余地はないはずだ。
だが同時に、部屋に入る方法もなくなった。これでは手の出しようがない。
障壁の内側では、七瀬が芹の体を支えていた。ライオンがひっきりなしに衝突してくるので障壁が激しく振動しているが、壊れることはないだろう。それに、障壁の内側の僕たちを吹き飛ばすほどの衝撃でもない。
すぐに頭の中で作戦を組み立てていく。能力は新界を除き全員分把握している。最適解をなるべく早く見つけなければならない。
一度撤退することも考えた。だが、扉の開け方は分かっても閉じ方は分からない。もしかしたら、僕たちが後退するのに合わせて怪物が部屋から出てくる可能性もある。そうなるとかなり面倒だ。
「芹さん、そのまま前に進める?」
僕の問いかけに対し、芹は頷いて返した。芹がゆっくりと脚を進めていく。障壁と壁との隙間が少しずつ広がっていった。どうにか、人が通れるだけの隙間を作りたい。
しかし、生まれた隙間を狙ってライオンが体を無理やりねじ込ませようとしてきた。もちろん到底全身を入れてこれる大きさの隙間ではない。しかし、顔を横に向けて、口と牙は無理やり入れてきた。ライオンたちが間近で吠える。憎悪と歓喜に満ちた声に、肝が冷える。
「間壁くん! こっちに!」
僕に呼ばれ、間壁の体がびくっと震えた。自分が呼ばれるとは思っていなかったみたいだ。慌てて駆けよってくる。
「間壁くん、君の能力でライオンを攻撃できないか? 頼む」
間壁の顔はかなり暗い。だが、しばらく沈黙した後に了承してくれた。あとはあいつだ。
「日比谷さんも、お願い」
ここで日比谷に駄々をこねられるのだけは避けたかった。日比谷は思いのほかあっさりと了承してくれた。思わず安堵の息を漏らす。ひとまず、二人に攻撃してもらって様子を見よう。
間壁の能力は、『光の剣を作る』。間壁は身体能力が高い訳ではないし、剣の心得がある訳でもない。ゆえに、接近戦は向かないので、能力との相性はすこぶる悪い。できるのはせいぜい、作った剣を投げて攻撃するぐらい。戦闘に参加するのはかなり怖いはずだ。だけど、蛇との闘いでは障壁に近いところで果敢に攻撃を仕掛けていた。その勇気があれば問題ない。
日比谷の能力は『氷の矢を作る』だ。この能力では、弓が作られない。ただ矢が作られるだけ。しかし作られた矢は、念じるだけで思った方向に飛んでいくらしい。認めたくないが、蛇戦での活躍は目覚ましかった。
郷原を慕っている石堂は『炎の弾を作る』能力を持っているが、炎の弾は着弾とともに爆発する。至近距離で攻撃をしかける今使うのは危険だ。攻撃には参加させないでおくことにした。
「じゃあ、やってくれ」
僕の合図とともに二人が能力を発動した。日比谷の前に何本もの氷の矢が浮遊する。日比谷の矢は左側にいたライオンの顔面を襲った。ライオンの顔に傷がつき、鮮血が飛ぶ。あまり深い傷をつけられた訳ではないけれど、ライオンは一瞬ひるむ様子を見せた。
一方の間壁は、生成した剣で必死になって右側のライオンを攻撃していた。こちらはあまり効果はなさそうだ。間壁は恐らく剣の心得があるわけではない。その証拠に、切っているというよりは剣を叩きつけるような動きになっている。剣の長さはライオンの顔を攻撃するには十分だが、顔ではなく牙に当たってしまっているし、牙に傷がつく気配はない。ライオンはというと、間壁の攻撃に困惑しているようだった。まあ、これは予想の範囲内。
「ありがとう、一旦戻って」
二人はきちんと僕の指示に従ってくれた。攻撃を止め、引き下がってくる。ライオン達が二人を追おうとして、さらに頭をねじ込もうとしてきた。
「芹さん、そのまま一気に下がってこれるかな」
「はい!」
すぐに芹が飛びずさった。障壁も合わせて下がってくる。ライオンが障壁と壁に挟まって怪我でもしてくれることを期待した。しかし怪物どもの反射神経は異常によく、ライオンは素早く顔を引き抜いたため無傷だった。ダメージを感じさせない佇まいで、爛々とこちらを見ている。
それでも、大まかな作戦は立てられた。反撃は可能だ。
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