美しく死ね。

クラスみんなで異世界迷宮に飛ばされました。生きてゴールしないと帰れないってそれ、性格悪すぎません!!?
ふきのとう
ふきのとう

三十二話

公開日時: 2020年9月8日(火) 12:54
文字数:2,955

「なあに、日比谷さん」


 尋ねたところ、日比谷は言いにくそうにしばらく口を開閉していた。辛抱強く待っていると、やっと言葉を発した。


「紀本さんがね、辛そうなの。郷原たちが死ぬところを見たのが、よっぽどショックだったみたい。助けてあげてくれないかな、私みたいに」


 真剣な眼差しで言われたので、紀本の様子を伺った。確かに、顔色が悪い。


 よくよく考えてみれば、人が死ぬところを見させられたんだ。気分が悪くなるのも当然だ。それに、体力もかなり消耗している。少し声をかけたくらいで満足しているべきじゃなかった。味方の精神状態をおざなりにしがちなのは私の悪い癖だ。それに、私も疲労で判断力が鈍ってきている。もっと集中しなければ。


 そんなことを考えつつ、日比谷に皆を先導するように指示する。そして、紀本に歩み寄った。日比谷を慰めた時を思い出しながら、声をかける。


「紀本さん、大丈夫?」


 ぼんやりしていた様子の紀本だが、私の声ではっとしたように前を向いた。慌てた様子で釈明してくる。


「大丈夫だよ。ちょっとボーっとしてただけ」


「本当に?」


「うん」


 紀本はどうやら、辛いのを人に明かさないタイプらしい。更に近づいて、紀本の横に立った。紀本の肩に腕を回し、体に触れる。紀本の体がびくっと震えた。その耳元で、優しく声をかける。


「紀本さん? 一人で悩まなくていいのよ? あなたの不安も苦しみも、全部私が消してあげる。でも、紀本さんが自分から言ってくれないと、私にはどうすることもできないわ。だから、紀本さんの思ってること、知ってること、考えてること、全部私に教えて。そうすれば、私があなたを導いてあげる」


 言いながら、自分が悪魔のように感じる。能力によって、私の言葉は疲れ切った紀本の脳に麻薬のように染みていき、思考を蕩けさせ、私に依存させていく。紀本には私しか見えなくなっていく。私なしでは生きられなくなっていく。それを理解していながら、私は言葉をかけ続ける。なら私は悪魔と変わらない。


 でも、これも私が生きるため。紀本を私を駒にするため。私にはそれができる、だからやる。それの何が悪いの?


 語り続けていくうちに、紀本の表情が徐々に変わっていった。不安と疲労で追い詰められていた目に光が宿り、うっとりと私を見つめる。心酔。その一語が一番ふさわしい表情だ。私はその顔に満足して、笑顔で頷いた。


 日比谷と同じ反応だった。これで紀本も日比谷も、私の人形だ。進んで私の盾になってくれるだろう。私は安心して、前方へ足を進めた。日比谷と交代して再び集団を先導する。


 郷原に日比谷のケアを頼まれた時、これはチャンスだと思った。自分の能力の限界を知る、いい機会だった。心の支えを失った人間が次にすることと言えば、新たな心の支えを見つけるか、心を無にするかだ。日比谷を諭すことに成功すれば日比谷は私の人形になる。失敗しても切り捨てればいい。私に損はなかった。


 そう考え、声をかけた。飛び切り甘い言葉で、私を求めるように誘導した。


 初めこそずっと黙っていた日比谷だけど、徐々に言葉を返すようになった。そして、私を憎むように恨み事を言ってきた。八つ当たりだ。それを承知で、暴言に耐えた。目的のためなら、いくらでも手間をかけられる。


 ひとしきり暴言を吐いた後、日比谷は突如として泣き出した。声をつまらし、聞き取りづらい声で何かを訴えかけてくるのを、ただ頷いて返した。恐らく謝罪か、感謝の言葉を言っていたのだと思う。泣き続ける日比谷を、ひどい嫌悪感を堪えて抱きしめてやったりもした。


 そしてその後には、日比谷は私を敬愛していた。私は自分の能力の恐ろしさを知り、そして全能感に酔いしれた。結局能力の限界は分からなかったけれど、うわべだけの言葉で人を救えることは分かった。十分な成果だ。


 日比谷を骨抜きにした後、女子への根回しを始めた。根回しには、日比谷がすごく役に立った。このクラスの女子は六人。そして、その全員が奇跡的に生存してる。直接戦闘に参加できるタイプの能力の人間が、日比谷以外にいなかったからだ。


 郷原はあまり女子には好かれていない。加賀が死んだ今、誰かが新たに独立してグループを作る可能性があった。私の盾はなるべく多い方がいい。少なくとも女子は全員私に従ってもらわないと困る。それに、女子なら御しやすい。だからこそ、女子が誰かのグループに入ったり、新しくグループを作ってしまわないように、根回しをする必要があった。


 とは言っても、女子たちは私たちの真意なんて知らない。女子で集まった方が結束力が高まって、動きやすいからという建前の理由を信じているはずだ。


 根回しが終わって少ししてから、あの分岐路に着いた。本音を言えば、戦える面子はこちらに残しておきたかった。けれど、それ以上に正解の道を知ることの方が大事だった。プレートの選択肢は生か死か。私は正解を選べば無事に帰ることができると信じ、郷原と決別した。結果、一切怪我をすることなく、正解の道を知ることができた。


 これが真実だ。


 ひとつ、不安があるとすれば、戦闘要員が日比谷しかいないということ。もし今までのように襲われたら、反撃することが難しい。芹の障壁の能力があれば、怪我をすることはないかもしれないけれど、行き詰まる可能性がある。


 とは言っても、そもそも戦闘すればどうにかなるわけでもなくなってきている。紀本の話によれば、郷原を殺した怪物は私たちが攻撃して倒せる相手じゃなかった。それに、加賀の時みたいに幻覚攻撃を受けたら戦闘員がいても無意味だ。


 そんなことを考えたからか、さっきの幻覚を思い出した。あれは、もう二度と経験したくない。


 私の前に現れたのは、怪物じゃなかった。けれど、怪物と同じくらい恐ろしいもの。目を失ったクラスメイト達だった。


 目があるはずの場所が肌になった皆が、さまよっている景色が見えた。呼びかけても誰も反応しない。私を見てくれない。あれは、生き地獄だ。もう二度と経験したくない。


 加賀はあの場で、何を見たのだろうか。抵抗することもなく殺されたように見えた。それほど恐ろしいものだったのかも知れない。今更考えたって仕方ないけれど。


 加賀が死んだのは、あまり有難くない。加賀のカリスマ性による求心力によって、クラスが一つにまとまっていた。よくも悪くも加賀が目立っていたおかげで、指示は加賀に従えばよく、不満は加賀にぶつければいい、という状況が生まれた。


 それが、加賀が死んだせいでこんな根回しを考えなくてはいけなくなった。それに、不満のはけ口が無くなったのはよくない。


 ぐるぐるとそんなことを考えながら、かなりの距離を歩いた。そろそろ何かが起きるだろう、と思っていた。すると案の定、前方に新たな扉が見えた。


「あれが、元の世界に帰るための扉ならいいけど」


 思わず、といった感じで秋月が声を漏らした。同感だ。このまま帰ることができたら、それほど嬉しいことはない。つい足を速めてしまう。


「やっと帰れるよ、ななちゃん」


「うん。なずなが一緒でよかった」


 そんな会話が聞こえてきた。芹と七瀬だろう。その声に喜色を感じ取った。


 間もなく、扉の前に立った。はやる鼓動を抑える。


「じゃあ、行くわよ」


 一声発し、そっと扉に触れた。扉がゆっくりと向こう側へ開いていった。

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