若い小説家とか、現役アイドルが話題作りに使う創作ネタとして珍しくもない『アイドル』なる造物は、メディアを跨いだ商売にしやすいから、常に金と背中合わせにある。
ポポルにとっては同世代の女子どもが、歌って踊ったからといって、それになぜお金を払わなければならないのかと不思議になるのだが、どうせ人民は暇なのだ。
「なるべく、うまく、騙してほしい」
そういう叫びを臭気がほのめかす。
「あぁ、あぁ、みなさん、ハッスルゥ、ハッスルゥ。しちゃってるねぇ」
「すごい熱狂ですね。狂乱だ」
「フフ、理性を失って、同じ動きを繰り返す姿は、既に獣。これこそ、自由を履き違えた人民の末路だな」
それでも、人民の未来が、時間を使うことにあるのなら、それはそれでのどかなのでは……?
イヤイヤ、その報いがツァイトガイストなのかも、ポポルは、自らの仮説に還る。
メビウスの批判的な口調にはうんざりすることもあるが、ツァイトガイストに対する認識はほぼ同じなので、オートマティズモをやっている。いや、これは、理屈に過ぎるかな。ポポルは、音楽が好きなのだ。バンドをやるにはそれだけでいい。
「狭い空間で、動き回って、アイドルも、ファンさんも大変ねぇ。筋肉痛になりそうな」
「まだ、ツァイトガイストは発現していないようですね」
「フフフフフ、女どもにしろ、男にしろ、獣がツァイトガイスト化するだけだ。変わりはない」
「しばらく、待つしかないのかねぇ」
2、3組のアイドルグループを流し見たろうか。
「フーン、クソみたいな音楽に、クソみたいな客ども。この時間そのものが、我らが『共産党バレー』の見本だな」
「あぁあぁ、もう疲れちまったよ。早くご発生しねぇかなぁ」
「何を言ってるんですか!出ないに越したことはないですよ」
「こんな立ったままで何時間も、よくもまぁ耐えられるもんだ」
「フン、暇を持て余した人民なぞ、何の価値もないことの証明だな」
地下のむさ苦しい空間に立ちっぱなしで、ダフのぼやきもポポルにはじゅうぶん理解できた。
とはいえ、こんなのどかな狂乱が一変するとすれば、それはツァイトガイストに他ならない。
せつな、湿気に覆われた温い空間が揺らめいたように見えた。ステージライトが波打ち、現実感を喪失させる。
観客席には30名ほどが蠢いているだろうか。
遥か後方で、壁にもたれかかって眺めていたポポルには、野郎どもの頭上が捻じ曲がったかに錯覚する。
いや、確かに空気は変わった。
「キヤア、キヤア」
2メートルの高みから豚を見下ろすが如く振る舞うアイドルたちは、その視線を金属質の声に変え、たちおののく。
フロアは白い煙幕に覆われ、ポポルの位置から、アイドルの表情はみえない。パニックに陥ると、我を忘れて、一瞬声が出せなくなるとか、違うんだな。女どもの悲鳴は機敏じゃないか。
「おいおい、おいでなすったみたいだぜ!」
「フハハハハ、随分待ったな」
「すごい……大きそうですね」
とにかく匂いのない煙が横から横へ流れて、視点を奪うものだから、どんなルックスの敵が湧いてくるのかは不透明だが、分かることは
ーーこれがツァイトガイストだ。
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