オートマティズモ

社会主義国家と化した異世界日本で召喚獣が思想バトル!
小林滝栗
小林滝栗

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公開日時: 2020年11月2日(月) 14:42
文字数:1,880

コーヒーも薄い水分がカップの底に張り付くくらいになって。カップのボディを鷲掴み、135度も上に傾けながら、なんとか飲み干そうとする、ダフ。

ツツーッと細き線となり縁へと流れ落ちる黒い液体に寄り目しながら、

「なぁ、女子どもってのはなんでまたこんなに旅行ガイドブックを広げてんだぁ?」

アラウンドを見たまんま疑問を口にした。


旅行女子以外にも『赤のスタヴァ』にはファミリィがいて、くたびれた人民父母が、子供たちにあれよあれよとストレートなモルスを飲ませたりしている。


そんなビジョンを視野に入れながら、メビウスは口元を横に伸ばし、少しニヤリとした。

「フン、こいつは理知的な末路なんだよ。技術と法制度が照らす行く末のね」

「はぁ? わけわかんねぇよ」

「フ、美しい。なんと美しい! 美しい構図だとは思わないか?」

まだたっぷりと残るコーヒーを口にして、メビウスは一人悦に浸りながら、講義をつづける。

「はぁ?」

疑問形を繰り返す、ダフ。


「フハハハ、ざっくりとではあるんだが…… 1985年の男女雇用機会均等法が第一の鍵であるからにして。それまでは一般職に就いていた女性が、総合職へと身分を変えて、少しずつ、結婚年齢も上昇していったんだ」

「ふむぅ」

「フフ、そうすると、自由な時間と日本ルーブルも増えることになる。もちろん勤労に費やす時間や形ばかりの責任も増して、ある種のストレスも巨大化してしまうのだが」

「へぇ、そりゃぁ、難儀な話だなぁ」

「フン、トレードオフというやつだ。知らない方が幸せ、ってこともある。一方、LCCの発達で、海外旅行のプライスは格段に安くなった。近場なら、週末に1日でも有給休暇を足せば、国境もやすやすと越えられる、という塩梅なのさ」

「そういやぁ、ワイヤレスイヤホンも進化して、知らない土地も、簡単に観光できるよな、いまや」

「フン、そんな空虚な探索などなんの意味がある? ええ? バーチャルに把握されない場こそ、本質が宿るのだよ。……まあいい。ディレイしてゆく婚期、未婚率の上昇、ストレスフルな生活にロープライスなイットキのパラダイス。これはまさに、そう、まあさあに! ドーパミンのなせる、悪行だな」

「うおぉ、そりゃぁ、ダメだ! ドーパミンはダメだ! ドーパミンはぁ!」

「フヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、ドーパミンが、女子どもに『月一海外がノルマ❤️』とか、世迷い言を吐き出させて、精神と身体のズレが、どんどん大きくなる、大きくなる、大きく、そして大きく、大きく……」


しばし恍惚とした表情を浮かべていたメビウスが視線をダフに戻せば、


「ほんほぉ、ほひほほももはいへんよねぇ」


コーヒーをフィニッシュして、氷を頬張り、がちくんがちくんと砕こうとしながら、ダフの目線はメビウスから離れない。


日本語の外殻を失いつつあるダフと視線を合わせながら、メビウスは気を取り直して、

「フハハハハ、そして、ええい! そしてだな、フゥレンドシーップ!! 人民女子どもの小市民精神は、旅行計画を立てないと十分に楽しめないなんて貧困を晒すし、その計画が互いの同意を得ていないと、フレンドシップにもヒビが入る。と、思い込んでいる。フレンドシップのぬくもりで、人間性もよりレヴェルを高めると、チキンレースを繰り広げる、勤労人民女子たち!」

「なぁるほど、その結果が、この『赤のスタヴァ』の現状ってわけね」

「フン、物分かりのいい。薄利の国営ツーリスト企業は、そんな女子どもを増やすことで、旅行の価値自体を下げていると気づかない。人間の欲望は、慣れを嫌うからな」

「ま、そんな欲望がインフレしていくのも、微笑ましいもんじゃないのよぉ」

氷すらも噛み砕いて、コップとカップに目線を行ったり来たりさせながら、ダフは何回か自分に頷いてみせた。


がつくんがつくんがつくんがつくん・がつん。


突然、顎の上下運動が止まって、視線も固まる。神妙な面持ち。いつも余裕綽々の微笑が、口をそぼめ、無表情へと変化する。スピリチュアルな時間が訪れる。


敏感なメビウスは、瞬間、異常を察知した。

「ホ? どうした? ダフ」


ダフは、ワイヤレスイヤホンに右手を当て、左手でウンウンと頷きながら、メビウスを制止する。

「ちょぃ待て。これは…… うん、うん。来てるな、来てる!」

「フ、まさか、ずいぶん唐突な」

ダフの声は高潮してゆく。

「イエェスゥ! 来てるぅぅ、来てるぅぅぅ! 来てるゥ、キィテェルゥ!!!!!」


感受性はビンビンだ。


ーーツァイトガイスト反応!


2人の声が小声でユニゾンして。バタン!

丸テーブルに手を乗せたまま、席を蹴り上げた2人。しばし小刻みにウンウンウンウンと視線を交わし合った。

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