ダフは、子供を救おう、なんて正義感では動かない。だってそんなベタなストーリィ。
美しすぎるじゃなぁい?
誰かを救いたい、守りたい。
そんな動機でやっていたら、それはオートマティズモではない。
ダフは、肉体と精神が調和した霊的な新次元を手に入れたいのだし、そのためには、トキオグラードの不純は、じゅうぶん打ち破るに値した。
その結果誰かが助かるとか、そういう事実は嫌いじゃないが、現実的な話は超越して、歴史と精神のストリームに、強気肉体を放ってみたい。
すべて、シームレス! シームレスに。
ただし、ドーパミン快感の追求はダメだ。
「強くなりたい! オラ、強いやつと闘いたい!」
そういうことではない。
Vローダーから支給されるベーシック・インカムによって、生活と住居は保障されている。メビウスの貯金も十分だ。生活のためでもない。
トキオグラードという都市空間、その不純、歴史感覚、それらとスピリチュアルに通じ合いながら、均衡を保ってゆく。
「ゆっきーなぁ! メビウスを!」
ダフは、『ハワイアン・ジャケット』=HJがぶち壊した天井を避けながら、屋上へとジャンプしながら、アツコを抱えるメビウスを気遣った。
ミシマ・ユッキーナは両腕の光る帯を素早く伸ばしつつ、千切りにし、無数の枝をつけたアフリカの巨樹の形を生み出した。
「思想バオバブ!」
光の枝がメビウスとアツコを包み込み、屋上へと浮上させる。
屋上の一部はぽっかりと穴が空いていて、取り囲むように、HJとダフ、メビウスが着地した。
「ヒィン!」
アツコの呻きは声にならず、足をバタバタとさせている。
そんな鬱陶しい旅行女子を抱えたままで、メビウスはその鬱陶しさの源について想いをめぐらせていた。
こんな状況で、さすがオートマティズモのリーダー、余裕である。
フム、ツァイトガイストの禍々しさは…… わかる。
HJも、総合職で働く旅行女子ご一行なのだろう。
では、ツァイトガイストにもなり損ねた、この女への、イラつきとは?
いや、私が女の半生に精通しているわけではないのだが。
HJの歪みとは別の、「実際的」な側面。
おおかたこんな女は、「私は、私を知っている」ことへの安直な自信に乗っかっているのだろう。
ーー生の安全さ。
共産党バレーにおける役割を理解していること。
すなわち、忠実な人民である。
「この歳にもなって、自分のキャラクターをわかってないとか、痛いよね〜」
なんて無邪気さを抱える、そんなシャツインなのだ。
どうせ手首を内側に折り、指先で肩を触ったかと思えばその次の瞬間には外に反らせたり、知恵の足りない語尾を使いまわしながら、
『よくわかんないけどー、私の前の彼氏はそうだったけどー、あーでも最近男がわかんない。浮気しないと思ったけどーでもでもー結婚したら感じるものが10倍とかになるわけ。一緒にいる時間も、違和感も』
『完全に別れてると、相手が誰と付き合おうが、どうでもよくなるわけじゃん。でも今みたいな不安定な状態だと、気になっちゃう。あーでも、そんな悪い人じゃないのかもなーとか思ったり』
「あーでも今の男はー経済は関係ないって言っててー気持ちのつながりっていうか、私のことを攻撃してくることはないんだよね。むしろ自分を攻撃しちゃう。ネガティブだから。それがしんどくなってきちゃって』
『……… ま、いいことあるよ』
というカラッカラの、『感性=世界』の発言で、『赤のスタヴァ』を満たしてゆくのだ。
だから人民は、イメージと身体がずれすぎていても、ダメだし、一致しすぎていても、驕りとなる。
革命精神の敗北、共産党バレー官僚主義の極致。
「フ、私がオートマティズモを駆動させたのは、こういう女も、あるんだな」
フフ、メビウスの鋭い目つきが、HJとアツコを交互に目配せする。
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