オートマティズモ

社会主義国家と化した異世界日本で召喚獣が思想バトル!
小林滝栗
小林滝栗

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公開日時: 2020年11月2日(月) 14:41
文字数:1,729


カフェを見渡せば、現在進行形のエクスプロイテイションが跋扈する。


「あー、やばたん楽しみだわ」


プレミアムモルスフラペチーノを木製のストローでちゅうちゅう吸いながら、ジェイジィの思考は音になって、『赤のスタヴァ』に漂流した。

プレミアムモルスフラペチーノは、ベリー系のフルーツドリンクで、のどごし爽やか、人民女子のスタンダードだ。


「ね・めっちゃ、楽しみ」

向かいに座るアツコは気安く頷いた。

2人は共産大学ではゼミメイトで、いろいろあって、今は別々の国営企業で働いている。BFFってやつだ。


「今月ほんっとに忙しかったからなー」

ジェイジィは、目を細め虚空を仰ぐ。

「でももうすぐノルマ達成でしょ、おめ!」

相変わらず気安く乗っかるアツコ。


「月1海外はマストでしょ」が口癖のジェイジィは、美容系の広告部門で働いていて、20代後半。新卒以来営業一筋だ。肩にかかる髪はだらしのない茶色に染められており、オンの際にはひっつめている。コンサバティブな背格好が、男勝りのプライドを表現していた。無自覚には女の武器を使えない、気恥ずかしさで己を防御しているのだ。そんな作為のコンサバだ。


一方のアツコは黒髪のショオトボブ。ジェイジィと同期入社だが、すでに転職を経験している。ノスタルジィに汚染されたネオンデザインのシャツをパンツにインし、チェリーリップは若さを黙して語る。もちろん腹は出ていない。


ダサいともモードともつかない、絶妙な中庸具合。そんな平凡さが、2人の友情を何年もつなぎとめていた。グラデーションというやつだ。


入社数年も経ち、後輩が増えたジェイジィも、既存クライアントのキープと、新規開拓を並行してこなさなければならないし、ノルマも年々増える。

仕事は手馴れたものだが、まだまだプレッシャーは大きい。

後輩女子たちに頼られれば悪い気はしないものの、女子というやつは時には身勝手にはなるし、既に結婚ラッシュは第二波を迎えていて、焦る気持ちもある。

BFFのアツコはとっとと転職してしまうし……


ストレスだって溜まるのだから、一般職よりは余裕のあるサラリィで、海外には行ってみたくなるものなのだ。


「はぁ、来週が山場ね」

再び思考が宙に舞ったジェイジィに、安易なアツコは、

「今月、キツかったんだ?」

さらっと質問を重ねる。

「追い込みかけてる新しいお得意が決まれば、今月はそれでフィニッシュ! ツァイトガイスト騒ぎで8割の推移って感じだけど、それもカバーできそう」

「良かったじゃない。ガンバ、ガンバ」

気迫を入れる声がうわずるジェイジィに、余裕を入れるアツコ。共産大学時代から2人はこんな調子である。


ジェイジィはいつもこんなだから…… アツコはそっと思考を飛ばした。

口ではポジティブなことばかり言って、勤労意識の高さが、無益なえせプロフェッショナリズムを助長する。

こういう気分が、後輩とかに無駄なプレッシャーをかけるし、逆に取引先には信頼されたりするのかもしれない……

そんな、軽薄な言語関係が身体に合わなくなったから、私は辞めたわけだしね。

アツコはアツコで、今のゆとりのある生活に満足している風合いで、唇の端で、微笑が自然と漏れた。

営業に疲れて、9時5時で帰れる生活は、身の丈に合っている。デスクワーク中心だけど、そうつまらないわけじゃない。

私は、私を知ってるってこと!


いっぽう、数年に及ぶ営業生活はジェイジィに注意力を植え付けていて、アツコの微笑は、視線の片隅に刺さりついた。

ケッ、私の肌に滲み出る疲労、取れないクマを嘲笑っているのだろうか。

この子は、成長には負荷が必要ってことを知らないまま老いていって、せいぜい年収600万日本ルーブル程度の冴えない彼氏と結婚でもしていくのだわ。身長はギリ170を超えているけれど、国営企業の下請けに勤める、あんな平凡な男!


共産大学で経営まで学んだ癖に、一般職のデスクワークまで身を落としやがって。

なんと残念な子でしょう。

限界まで頑張れない彼女は、一生己の可能性を知らないまま、革命精神を失って、まさに人民の腐敗、精神の凋落ね。


やりたいことを探して、見つからないままふわふわと人間ーーじんかんーーにただよう。そんなもの、見つかりゃしないのに。

心の中で、唇を噛み潰す。

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