オートマティズモ

社会主義国家と化した異世界日本で召喚獣が思想バトル!
小林滝栗
小林滝栗

6

公開日時: 2020年10月28日(水) 13:15
文字数:2,149

ポポルの発声と時を同じくして、ワイヤレスイヤホンからのびる光線につなげられた、白と黒の獣が姿を現した。『ハンナ・アーレント』。ポポルの思想獣である。

獣といったか、しかしその姿は若くほっそりとした女性であり、肌も露わなところを、象形文字が何本もの帯状になって、全身を包むことで、辛うじて痴態を防ぎ、公衆衛生をたもっている。文字のネオンは白と黒に輝き、神聖さをゆき渡らせる。

帯状の文字は常に左右に動作しており、時には言霊でもはなつのであろうか。まだわからない。


あきらかに異質なけはいに、ツァイトガイストB/LはG嬢から、ハンナ、つまりポポルたちに視線をやる。すでにまぶたは再生しており、うねり、スピードが鋭角な鉄杖となり、オートマティズモを襲う。ゴルバチョフは気絶し、のこりのアイドルメンバーたちはおたおたと震え、枝の如きO脚をがつくんがつくんとさせている。あぁ、「キヤアキヤア」の音よ。


「ハンナ!思想ブレード、ワザーップ!」

ポポルが叫び、ハンナの軀をくるむ帯が2本、刃物となって、手元へ収まる。

ほのくらい地下空間に凛とたつ美少女は、肘をぐつと後ろに引き、重心を低くした。

二刀流の腰つきである。

B/Lはズンと仁王立ちをしながら、宙に浮かび、再生された2つのまぶたを旋回させる。

「うぉっ、こいつ飛ぶのか!」

「フ、ヘリコプターのメカニズムだな」

「ここは、ぼくに任せてください!」


ーー襲いかかる!


両手の思想ブレードでまぶたの凶器を受け止め、鍔迫り合いを演じる思想獣、ツァイトガイスト。

「陳腐ゥ、チン・プウゥゥゥ!!」

ワイヤレスイヤホンにインストールされたオーディオブック『エルサレムのアイヒマン』を再生して、神聖なる虚空に言語を放つポポル!


つまり、B/L、『ボーイズ・ライフ』は、陳腐なんだな。

悪の陳腐さ、パアフェクトな無思想性に加え、問題なのは『愚かさの欠如』。

中途半端な知性が、欲望を隠し、ツァイトガイストを生むんだ!

いちいち理由をつけて、O脚のアイドル女どもを可愛がろうとするから、精神と軀にズレが出る、吐き気がする。

「理由理屈はいつしか嘘を作り、過去を書き換える!」 

「過去が自分を縛り、オタクでありつづけようとする!」

「そんな命でも、救おうとするのならっ」


ポポルの説教が響き渡ると同時に、ハンナの思想ブレードが、X字にまぶたを切り裂いて、B/Lを吹き飛ばした。浮遊を維持できず、そのままステージ前に倒れこむ。


「やったか!!よし、今のうちにステージのガキどもを!」

ダフはアイドルに向かって、ツァイトガイストの壁になろうとした。


B/Lを見下ろして、ポポルはオーディオブックを加速させる。


ーーつまり、迫害されると思い込んでるんだ。

ツァイトガイストってやつは。

いつまでも「女は裁かれない」なんて幻滅を抱かされて。

謂れなき復讐心に駆られて。こんなんなっちゃってさぁ……

あぁ、あぁ、嫌だねぇ。


その独白が、隙を生んだ。

まぶたの再生を断念し、体表面にみなぎる脂汗を流動させるB/L。


「うぉっ、マジかよ」

「フ、まずいな、あんな灼熱の脂が撒かれたら、フロア一帯が溶けてしまうぞ!」


「ぼくのっ、ハンナで!護ります!」


「ダフさんは、アイドルを助けて、メビウスさんは脱出路を確保してっ」

「オゥケィ!いけるか?」

「フフ、あれか、大胆な武器だな、任せるぞ」

「フタタタタタタ、フタタタタタタ!」

メビウスのカンフーは、ステージ裏への打撃開始する。


「ハンナ!思想フラワー!ワッザーーップ!」

刹那、ハンナの軀は白白い光を放ち、無数の帯が膨らみはじめる。

まばゆい光に、瞳孔を失った瞳は、ハンナがは人外なのだと、ポポルを納得させる。

帯は花びらの如くひろがり、ハンナから離れた!

突風がフロアを吹き抜け、立つにも苦しい。

しかし、そのころにはメビウスの拳がステージ裏を打ち抜いていて、ダフはアイドルたちを地上へと避難させる。


煌めきの花弁はくるくると回転しながら宙に浮きあがり、B/Lをつつみこんでゆく。

閃光のハンナに、白光りのB/L。

洗濯機といえば、おわかりだろうか。花びら高速回転に、B/Lの姿は失せ、抵抗できない。


ーーハンナの思想フラワーが、ツァイトガイストを浄化する!


「ハンナ!そのまま、消してしまえ!ツァイトガイストよ、消えてなくなれ!」


スゥコゥゥウウウウウウウウ……

しだいに回転は減速し、動作を停止した。

ハンナに満ちる光は弱まり、その周囲には、新しい帯が用意されている。


いっぽう、ゆっくりと花は開き、『ボーイズライフ』のけはいは消え、かわりに男どもが倒れている。何人も、何十人も。

終わった……のか。


「ワザップ!『ハンナ=アーレント』よ、電子の書物へ還るがいい」

ポポルのヴォイスで、ハンナも消えた。

こんな男どもの顔なんて、見たくもない!


「ダフさん、メビウスさん、無事ですかぁ?」

ステージ奥の穴から地上を見上げ、バンドメンバーの行方を捜す。


「おぅ、終わったか」

「フフ、思想ブレードに思想フラワーか。ハンナも全開ヴァリヴァリだな」

「急ぎましょう。秘密警察が来ます」


素顔を晒した3人は、雑居ビルの瓦礫に気もかけぬまま、新宿Bの初夏は依然としてじわじわとした熱気を孕みながら、夜の青で視界を染めてゆく。

ーーオートマティズモの夜がはじまる。


【つづく】

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