オートマティズモ

社会主義国家と化した異世界日本で召喚獣が思想バトル!
小林滝栗
小林滝栗

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公開日時: 2020年11月2日(月) 14:42
文字数:3,579

メビウスとダフは、そっと仮面に手を伸ばした。いつでも擬態ができるように、肌身欠かさず持ち歩いている仮面。


ダフの面は、黒塗りの化粧、引き眉にお歯黒、紅く引かれた唇、つまり黒き能面だ。短髪筋肉でノースリーヴの彼に、古来の女性の顔が憑依すれば、それは不気味な印象となる。


『赤のスタヴァ』にトライバルな予感が走る!

中野スタンツィヤは正午を告げた。


ッツーーーン。

沈黙は、わやわやと言葉の外殻を失って唱和する音の群れをかきわけ、モスキート音を感じさせる。

丸テーブルに手をかけ、2人は重心を前に傾けながら、フロアに注意を寄せた。


旅行計画を立てている女ども!

ハワイ、台湾、香港に、遠くはヴェトナムまでいやがって。

ほとんどが2〜3人のグループだ。

スタヴァの丸テーブルはぴったりのサイズだぜ。


あら、あら、あらあらら。

この中の一人二人それとも全員か。『ボーイズ・ライフ』の集合型だって否定できない。

ツァイトガイストの解明はまだまだみちなかば。


『ナカツタ』の最上階は、天井が低い。買収したディスカウントショップの天井をくり抜き、精神的消費のためのデコレーションを施しても、まだ、スタイリッシュな高さではない。


ここで暴れるツァイトガイスト……

どんなサイズか? 危険じゃないか?


左のあいつか? 奴さん、台北で温泉旅行かよ。

それとも、右斜め前の3人組か。

……ハワイ島で一味違ったハワイをチルしようとしてる!


いやいや、正解はオートマティズモの後方5メートルほど、同じハワイでも、ベタベタなオアフ島のガイドブックを出版社違いで2種類、ぱた、ぱたぱた、ぱたぱたぱたと、めくりつつ、落ち着きのある2人組。

服のセンスはやや違えど、大きく分類すれば同系統のディスカウントされた知性を帯びた20代女性!


ジェイジィとアツコ!


「キヤアキヤア」

アツコの悲鳴が直方体のフロアを切り裂いた。

旅行計画女子どもの注目が集まる。


一方、その視線の先は、すでに白い煙が濛々と溢れ出していて、何が起きているかは伺えない。

ただ、アツコのとんがった声が響き渡っている。


その声はすぐに鈍い呻きへへんげした。

吹き飛ばされたアツコは背中からフロアに倒れこむ。

気絶してしまっただろうか。


シュウウウウウウウウゥゥ……


白い煙が晴れると、丸テーブルが丁寧に鎮座し、その後ろには、骨と皮になった老婆が白い臼に乗っている。

臼は宙に浮いており、ブルッブルッと武者震い、右に左に回転をしていて、空気を野太く歪ませる重低音。

老婆の右手にはキネ、左手にはホウキが握られていて、X字に交差させている。


ツァイトガイスト『ハワイアン・ジャケット』!

『赤のスタヴァ』は一瞬の沈黙を経て、我先にと逃げ出そうとする人民たちで、混乱の風景を演出した。

っと、『ハワイアン・ジャケット』=HJがホウキを振り上げ、旋風を巻き起こし、走る人民たちをなぎ払ってゆく。

アツコはすでに気絶しているのか。

HJに近い位置で、動きを見せない。


そのさらに先には、ダフとメビウスが仮面を被って対峙する。


悪霊ハンター=オートマティズモ!

歌い手ポポルは起きてこないが……


「奴さん、おいでなすったかぁ!」

「フ、集合型かと思いきや、単独型。の割には珍妙なデザインの」

「アァアァ、恐ろしく痩せたババアだぜぇ。疲れ切った体で、どこからあんなソニックブームができちゃってるのかよ。メビウス! Vローダーを!」

「フン、言われなくてもやっている! ワザーップ! Vローダー!」


メビウスの脳裏に、お団子頭の幼女がひらめいた。 

「ワザッーップ! よ、メビウス。どうしたん??」

「フ、ツァイトガイスト発生! 単独型だ! 急ぎ分析頼む!」

「ネイネイ、のどけきウララか『ナカツタ』のハイヌーンに物騒ってヤツかい? キミたちも落ち着きがないねぇ……」

「オィオィ、あのババア、こっちに滑走してくるぞぉ!」

「ハイハイ、ヨーット! 『ワ・イ・キ・キ』っと!」


丸テーブルがダフに突っ込んできた。

HJの威嚇攻撃!


ダフが受け止めると、HJは横へ横ヘグラングランと臼を振り子スタイルで揺らしながら、キネとホウキのコンビネーションでダフに斬りかかって来た!

テンポの刻まれた打撃に、たまらずダフは筋肉の手刀で受け止める。


「チィッ!」


ガリガリの腕からは驚愕の力が発せられ、ダフを圧して、思わぬ痛みが声に漏れた。朝のジョギングや筋肉の流動、美しきセロトニンも、この老婆の斬圧には、役に立たないのか。

膝を折りながら、姿勢を低くし、フロアで衝撃を受け止め、1歩、2歩分も踏ん張り、耐える。


シュウウウウウウウウゥゥ……

HJの口から、勝ち誇った微かな覇気が吐き出された。

腐臭はしない。神聖な厳かさ。

厳格な空間づくり。精神の上昇。

アセンション!


ーーこいつ、肉体的だ!


「フヘ、ワザーップ、早くしろ!」

後ろに気圧されたダフを感じながら、メビウスが叫び、Vローダーを急かした。


「ワオ! 『ハワイアン・ジャケット』! ダフの清らかな肉体も形無しだネイ。奴さん、骨と皮の身で、リニヤモーターカーみたいなスピードと、リズミカルなパワー。子供が欲しいんだよ。2歳児を抱える母親の、ホルモン変化を先取りしちゃったりして。凶暴な肉体系。ダフさんよ! 人体に素直なこいつに負けちゃってるゼイ!」


Vローダーは正確なインフォメイションを提供しつつ、正直な皮肉でダフを煽った。混じりっけのないロリ毒舌のダミ声が、オートマティズモたちの脳内に響く。幼女の唇はニタニタと笑みを撒く。


「う…… うるせぇ! 肉体には肉体で返してやる! 俺のミシマ・ユッキーナでな!」


ーー思想獣ミシマ・ユッキーナ!


ダフのワイヤレスイヤホンにインストールされたオーディオブックは、ダフを超える肉体を司り、強靭なマインドを追求する、新たなる思想獣!

つまり、ダフは、無意識の、鍛錬による超克を目指し、セロトニンのなすがままを自覚しながら、それをもしなやかに操ろうとする。その先にあるもの。

それがミシマ・ユッキーナなのである。

近代の限界を、さらに押し返そうとする。

無垢なハンナ・アーレントとは異なる論力でツァイトガイストに向き合ってゆくのである。


「メビウス! 詠唱するからぁぁ、サポートを! ヨロシクゥゥ! セプテンバァヨロシクゥ!」

「フフン、肉体に肉体で『見返す』か。この広さだと思想獣はせいぜい1人…… ミシマ・ユッキーナ! 面白い! 任せなさい!」


半身を傾け、右腕を後ろへ、左腕は前へ。

腰を気持ち落とし、上下へホップしている。

細い顔が一層尖り、口をそぼめ、目は悲しみをほのめかしていて。


ーーメビウスの、クンフーの構えである。


「フワチョウ! 」

怪鳥音がHJを威嚇した。

ザ・パルタイの官僚は、クンフーの習得が義務付けられている。

メビウスも、官僚時代に鍛え上げたのだろうか。

もちろんそんな習い事のレベルを超えているのだが。


ダフを吹き飛ばし、恍惚を浮かべたHJは、周囲の旅行計画女子どもを薙ぎ払おうと、骨をカクカクとさせながら、ゆっくりと滑空移動を始めている。


「フタタタタタタタ! フタタタタ! フタ!」

メビウスがフロアを蹴り、HJに飛び蹴りを決めた! 横からHJが吹っ飛ぶ。


「フーワタタタタタ! フタタタタタタ! フワチョウ!」

間髪入れず、メビウスの拳が無数にHJの身体を打ち込まれる!

「フーワチョウ! フーワチョ! フワーチョウ! フワ!」

5秒ほど、打ちこんでフィニッシュ。

HJは後方に吹っ飛んだ!


メビウスは、1歩下がって、再び初動の構えに戻し、グルーヴをとる。


ーー社会主義クンフー『第四の拳』! 革命への道!

   


シュウウウウウウウウゥゥ……

シュウウウウウウウウゥゥ……

しかし、HJは無事な様子で、全身の骨という骨をポキポキと縦横無尽に鳴らし、関節を外し始めた。


骨がバラバラになって、宙に浮いている!

臼は高速ドライブし、躍動しながら無数の骨を撒き散らし、メビウスに襲いかかった!


HJタイフーン!!


「フンヌ! フオチョウウ! フオチョ!」

メビウスは、すかさず拳を空間に解き放って、対応してゆく。

しかし、HJの骨は無数だ。巻き起こる風で、メビウスのクンフーもたまらない!


「フヘ! フウワアアアアアア! 」

全身に骨が打ち込まれて、苦しい声を上げる。


「フンヌ! ダフ! 思想獣はまだか?!」

「ワーオワーオ、ナニコレ?! すっゲイ新技じゃん。肉体に加えて、風? ネイ風? このツァイトガイストくん、バキバキにキメてるじゃん!」

Vローダーが脳内で茶化す。


「Vローダーはぁ黙ってろぃ! いけるぜぇぇ! 『セイジハチュウドウヲイカネバナラヌ』!! 出てこいぃ! ミシマ・ユッキーナ!!!」


ダフのワイヤレスイヤホンから放たれた黒き煙が、『ナカツタ』最上階、精神的消費の華麗なる舞台を満たした。


HJの旋風で吹き飛ばされて、気を失うもの、逃げ惑うもの、旅行計画女子たちの悲鳴と、荒れ飛ぶ書物で、阿鼻叫喚の現場は激しさを増してゆく。

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