ポポルがノスタルジアに「嫌だねぇ、嫌だねぇ」してるうしろでは、嫌だねぇ、嫌だねぇどころではない、G嬢が、苦悩に押しつぶされながら、病院に搬送されていた。
信濃町スタンツィヤへと急ぐ救急車の中で、首の痛みをこらえ、グルウプの仲間たち、ツァイトガイストの化け物、そして仮面の3人組の姿がかわるがわる反響し、偏頭痛へと変節する。
生理痛だとか、偏頭痛にはジェネリックの鎮痛剤がいちばんで、600日本ルーブルくらいで買えるから、G嬢もガーリィな安バッグの内ポケットに常備していて、一秒でも早く
「薬がほしい、薬がほしい」
と心は急くのだが、いかんせん白衣姿の大人たちに囲まれて、声をあげる勇気は出ない。
シングルマザーの家庭で育ったG嬢にとって、アイドルグルウプの仕事はきもち小遣いにはなったし、そのおかげでガーリィでピンクのダブルリボンバッグを買える。
オタクさんたちからそのX脚を褒められれば、悪い気はしない。
酸欠気味の歌舞伎デロヴニヤ地下でライブを敢行するアンダァグラウンドアイドルではあるが、国営企業の炭酸飲料がタイアップしてくれて、その衣装を着ていることが彼女の誇りだった。
「共産党バレーくらい、使いこなしてみせるんだから」
リアリズム豊かな行動をナルシスティックに評価する。
友達は、保育士だとか、看護師だとか、ライセンスが欲しいライセンスが欲しいと勉強に邁進し、社会主義国家における身分の安定を図ろうとする中で、パートタイムの仕事とアンダァグラウンドなアイドル活動で日々が埋まっていくわけだから、こころ穏やかではない。
停滞した成熟社会の常、人類史の実験レヴェルで少子化がすすむ共産党バレーでは、保育士なんて不要になるんじゃないかしら?
むしろ未婚率の上昇とともに、孤独な男どもが増えて、そんな人たちを私のX脚で慰めることができるなら、こんなWIN-WINなことってないんじゃないかな?
保育士だとか、看護師だとか、ゆくゆくはマッチングアプリの婚活に精を出して、その挙句結婚式に400万日本ルーブルを使うわけだから、革命精神のカケラもないわよね。
すこし運が良くて国営企業のエリート男でも捕まえさえすれば、学芸大学Cとか、中目黒Cとかに移り住めるとか、そんなの夢ヴィジョンして生きてるんだから、くだらないと思うな。
結婚して、子供を産んでも、共産党バレーのライセンスがあれば、仕事ができるなんて、思考が止まっているわよね。
共産党バレー万歳!トキオグラード万歳!
なんて、口ではハラショーしつつ、そのじつ保身ばかりしている。
でも一緒。利己的なのは私もそうよ。
金、金、金!
私が欲しいのは正義に包まれた金なの。
キンツーの捜査に泣き顔で答えていたのが嘘のように、気丈な考えが脳内を占める。
いっぽう、どこか冷静なG嬢は、
「もう、ステージには立てないだろうな」
こんな恐怖体験をしたら、グルウプ活動は続けられない、とも妄想していた。
オタクさんたちの興を買えるのは、X脚と、確信。
自信に満ちた存在感が、彼らの心を惹きつけるから、ツァイトガイストなんてものに遭遇して、首に傷がつけられて、そんな私が縦横無尽にステージを駆け巡るなんて。
すこし難しい気がした。
だいたい、愛が膨張したオタクさんたちに刺傷されたり、「精神の自殺」どころか、SNSの誹謗中傷に耐えかねて自死を選ぶ女の子だっているわけだから、私だってPTSDみたいなものでしょうし、酸欠気味のステージに立つなんて、もう無理だわ。
「新しい道を選ばなきゃ、いけないのかな」
ネオププにも通じる計算高さは、人民女子の特徴なのだろうか。
ゆるやかに爛熟した共産党バレーでは、「物語」を好む男たちが日本ルーブルを浪費してくれる。
ツァイトガイストに襲われたX脚でシングルマザー家庭のアイドルが、苦しみを超えて、復帰する。
この類のストーリィは、人民の好物だから、G嬢もそんな武器を手にすればいいのに、なぜか知恵が回らない。
グルウプの活動に限界を感じてもいたのだろうが。
どのみち首の青い痣は一生消えない傷となる。
そんな彼女の脳裏には、部族の仮面を被った男たち
ーーオートマティズモの勇姿も刻み込まれていた。
「あれは、なにものかしら? 帰宅したら、検索してみよう」
早くこの治療が終わらないかな。
白衣の男たちと仮面の男たちを脳内で見比べながら、退屈な時間をなきものにしようとする。
【つづく】
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