錯聴。
誰しもが錯聴を夢視る、摂氏37度!
ゆりかごが無数の骨をシェイクし、カラコロと軽い音が、中野Cの中空を楽しげにした。
胎児よ、胎児。ボーイは胎児に退行してゆく。
ボーイほどの年齢になれば、安っぽい意識が貴重なヘッドを侵食してしまう。そんな意識の解体。
「フフ…… ツァイトガイストは、ただれた人民を救っているのか? なんだ? あれは?」
「うぅん、精神の腐敗ぃとか決めつけて、そんな簡単なものかぁ?」
それは、晴れやかな笑い声と、ハンドクラップを生み、骨のパーカッションとふくよかな音楽体を転がしてゆく。
乾いた骨のすばらしさで、ハッピィ、ハッピィだよね。
だって、こんなに、楽しいんだものぉ。
秘められた欲望の解放と、固くなってしまった脳をほぐせば、それは。
ーー新しい民族音楽!!
なぜ、ツァイトガイストになるのかねぇ?
しかし、俺のユッキーナは、止まらない!!
「メビウス! 思想バオバブでぇ、おとなしくしてろよ!」
「フン、ミシマ・ユッキーナの背筋でもじっくり観察させてもらおう」
HJが、骨のゆりかごを攪拌すれば、光の枝は消えてしまった。
自由を取り戻して、そのまま臼をドライブさせ、羽ばたいていこうとする。
「お前が楽しい音楽を奏でよぅが、俺もユッキーナも、もう止められなぃんだよぉ! 行けぇ!!! 思想光線!」
ダフに反応し、ミシマ・ユッキーナが、光の拳を上下に合わせ、右腰のあたりに引いたかと思えば、間髪入れずに、その光をHJに向けて放った。
ツァイトガイストは思想光線を浴びて吹っ飛ぶどころか、その光に掴まれる。
伸びやかなる飛翔を邪魔され、骨をジタバタとさせ、豊かな音色が止まった。
シュウウウウウウウウゥゥ……
シュウウウウウウウウゥゥ……
シュウウウウウウウウゥゥ……
呼気も、苦しいものに感じられる。
メビウスとダフの脳内にはVローダーがひょっこり顔を出し、のんきな談笑を仕掛ける。
「うおぉぉぉぉい、最高ヤントミッティー。これ最高ヤング。思想光線! 既視感バリバリの必殺技! なんかのヒーローみたいで。彼女、キレッキレじゃんか!」
「フン、良いところなんだ。少しは黙れないか?」
「ヘイヘイ、まためんどくさい顔しちゃってさ。なんかツァイトガイストにトラウマ抱えてますーみたいなの、ウットウしいんでやめてくんないかなー。官僚出身だからって、そういうの、流行んないんだよね。なんか因縁とか動機で、ガンバってます! みたいなのさ!」
メビウスが反論しようとしたその時、思想光線の束が炸裂した!
シュバァァァァァ!
たまらずHJは骨への集中を解いて、あどけなさを取り戻していたボーイは宙に放り出された。
「オイィオイィ、落ちちゃうぜ!」
メビウスは思想バオバブで動けない。
無頓着なミシマ・ユッキーナに抗議しつつ、ダフが鍛えられた大腿四頭筋のバネでジャンプし、少年を救う!
「よし! 気がかりはもうなしだぜぇ!」
「フン…… 思想獣との筋肉合戦に夢中で、人質の存在など、気にかけている様子もなかったが……」
「うるせぇ! 筋肉とセロトニンは連動してるのよぉ!」
アギャイィィィン!
可愛いボーイを失って。混乱したHJの悲しい声があたりをメタリックにする。
音につられ骨も金属化した!
ギィン! とにらみ、HJは鋭角な鈍器と化す細かい骨をユッキーナに向ける。
「うぉ! あんな尖ってるの! あぶねぇぞ!」
ボーイを抱えたダフは、屋上に着地し、宙に浮かぶ思想
獣に注意を促した。
ミシマ・ユッキーナは、ワイヤレスイヤホンを通して呼応して、透明な雄叫びをあげると、そのままツァイトガイストに向かってゆく。
HJは、キネとホウキをめちゃくちゃに振り回して、突風で金属の骨を吹き飛ばした。
ふぅん。そぅいうことねぇ……
「耽美。耽美ぃ! 耽美ぃぃぃぃ!」
ダフの、絶対的なる存在への信奉が、HJへの怒りを湧き立てた。
肉体と精神という二元論。
その矛盾を好きに飼い慣らす。
黒にギラつくドーベルマンが、ダフの頭をよぎる。
縄もつけず、自由に、フラフラさせるんだよぉ……
嫌なスメルのする、遊歩道で、いっしょにジョギングとかしながら!
ーー形あるものに、「絶対」なんてないから。
二元論としてひとまず、その対比に酔ってみればぁ?
好き勝手動く、精神と肉体を統合して、その先にある「絶対」を、俺は追い求めたりはしないんだよ。
ただ、「絶対」を、「絶対」として、見つめる。
「肉体」を「精神」で、「見返す」。
この『ハワイアン・ジャケット』は、足りない頭で考えたちっぽけな啓蒙思想に身体が追いつかなくなって。
少し微笑ましい気持ちになっちゃうじゃないのぉ。
これも……
「タンビィィィィィ! タンビィィィィィィ!」
ダフの咆哮に呼応して、ユッキーナも激上した!
アキャキャキャキャキャキャキャキャ!
拳を包む光が、金属化して、巨大な、籠手となる。
「思想ガントレット!」
両肩を上にいからせ、ヴェリィ・ショートのユッキーナが、一瞬笑ったように見えた。
タヌキ顔の愛嬌が、無邪気さを強調する。
右の思想ガントレットを、その巨乳の前で構えれば、上下に振り振り、HJのメタルボーンを弾き飛ばした。
カキカキカキカキカキィィィィン!
メタルがメタルにぶつかる音が炸裂して、ユッキーナの面持ちは余裕シャクシャクである。
そのまま勢いを駆って、ミシマ・ユッキーナは上半身を前のめりに飛び込み、肋骨を減らしたHJの懐、すなわち、顔と臼の間にポジションをとる。
そのまま両ガントレットを交互に、下から次々と叩き込んだ。抵抗しようと振りかざしたキネとホウキもあっけなく折られ、
トドメの右アッパー!
大きくHJが飛び上がる。
それを見越してさらに大きくジャンプしたユッキーナが上から両手で押し込んだ。
有無を言わさず、自ら壊した天井を通過して、ツァイトガイストは『ナカツタ』の最上階へと落下していった。
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