「いいでしょう.では最後にあなた側からの話のトピックとして,科学史を簡単に纏めましょう.科学はどのようにして始まりましたか.」「科学は古代ギリシア人の自然哲学としてスタートしました.BC600年頃のミレトスのタレスがその端緒の1つで,プラトンやアリストテレスも大きな貢献をしています.ローマによる支配下に移るまでの間に,超自然的な考え方は克服され,測定が科学的思考の元になりました.アレキサンドリアはその中心地でした.ローマは西洋の世界に科学的思考法を広め,ローマの崩壊後はイスラーム世界に実用的な面が引き継がれました.コルドバのイブン・ルシュドはアリストテレスを継承し,アラビア世界にもラテン世界にもその名を知られている哲学者で医学者です.彼の哲学はヨーロッパのトマス・アクィナスにも影響を与えます.しかし,イスラームのルネッサンスはイスラーム帝国の細分化と共に衰退して行きました.ヨーロッパではローマの崩壊後はビザンツ帝国が文化を継承していましたが,西ヨーロッパでは教会が中心となって知識を保存し,自然哲学と超自然的な考えの争いが再び勃発してそれらの分化が生じました.そして大学が知識の中心となり,自然哲学が再興しました.錬金術師や医者,職人などの実用的な学問は一般にも広まりました.中世が終わって近代になると,15-16世紀にはルネッサンスで文芸復興がおき,また宗教改革では大学の学者が攻撃を受けました.知識に触れる機会が段々と万人に与えられるようになりました.
コペルニクスの『天体の回転について』が出版された1543年からニュートンの『プリンキピア』が出版された1687年までは科学革命が起こり,現代科学の基礎となりました.自然哲学者たちは帰納法や演繹法など新しい考え方を導入し,物理学,天文学,数学には新しい宇宙論が誕生し,その為の研究体制も出来ました.そして,科学的思考法が紳士淑女の嗜む1つのスタイルとなりました.1727年にニュートンが死ぬまでに,自然哲学者の立ち位置は社会の中心となりました.17世紀末までには様々な科学の分野が勃興しました.18世紀のヴォルテールは啓蒙思想の中心となり,ニュートン科学を取り入れました.しかしフランス革命やヨーロッパ全体の戦争が自由な思想に終わりを告げました.多くの自然現象,惑星の発達や進化論の元型が1790年代に危険思想と見做されました.しかしそれでも自然哲学は定量的解析,論理的・理知的な分類,電気や熱などの現象の測定や説明に道をつけました.度量衡システムが整備され,国際単位系も導入されました.科学は帝国主義にも影響を与え,蒸気機関,電信が発明され,工場は時空間を制御して人類の物質的欲望を充足させました.また,工業化と植民地制度が科学の普及に寄与しました.帝国の中ではイギリスが最も成功し,イギリスに対抗してドイツやイタリアなど多くの国で国土の統一が起こりました.19世紀の終わりまでにはイギリスの盛況もドイツの発展などで翳りを見せました.19世紀には原子が科学の研究の主対象となり,1815年頃はニュートン科学の時代でしたが,エネルギーや物質の研究がそれに疑問を投げかけました.熱力学,電磁気学,放射線科学を加えれば完成すると思われた宇宙像は,原子の構造の研究と量子論の元型により打ち砕かれました.化学は無機化学と有機化学に分かれました.科学者は専門化し,イギリス,フランス,ドイツがその中心になりました.18世紀に発見された電磁気は19世紀には実生活に利用されるようになりました.鉄道網の整備,写真の発明,録音技術の発達なども起こりました.しかし,相次ぐ戦争や貧困は社会に影を落としていました.科学としてはダーウィンの進化論や光学などが課題となりました.ニュートン科学的な古典論から科学は次第に脱皮して行き,20世紀半ばまでには不確定性原理や相対論が生まれました.生物学では集団の研究が個別観察を塗り替えました.戦間期にはビッグサイエンスが生まれ,ラザフォードやキュリー,プランク,アインシュタインの研究は核兵器の開発に繋がりました.1957年には人工衛星のスプートニク1号が打ち上げられ,宇宙開発の時代に入りました.そして人類の月面着陸が達成され,台所には電子レンジが置かれ,20世紀の生活の向上に科学は大きく寄与しました.21世紀の科学はさらに多くの可能性と危険を孕んでいます.」
「そんなところでいいでしょう.あなたはこのプログラムに合格しました.先に進んで下さい.」「管理者」がそうそっけなく伝えると,出口が現れた.嫌われているのかな,ゲンがそう思いながら扉を抜けると,そこにはコヨミ,セイジ,コウ以外の円卓のメンバーが居た.ゲンのネームプレートも現れた.「お帰り.大分時間がかかったね.カイとは,コヨミとゲンとコウはどうしたのだろうと話していたんだよ.」サトシがそう言った.そんなに大した時間は経っていない筈なのに...ゲンは「管理者」のトリックにこの時薄々は気付いた.
参考文献:
斎藤純男『言語学入門 AN INTRODUCTION TO LINGUISTICS』(三省堂)
Hofmann AH “SCIENTIFIC WRITING AND COMMUNICATION SECOND EDITION” (OXFORD)
Gilbert JK, Stocklmayer S (ed.) “COMMUNICATION AND ENGAGEMENT WITH SCIENCE AND TECHNOLOGY” (Routledge)
Ede A, Cormack LB “A HISTORY OF SCIENCE IN SOCIETY FROM PHILOSOPHY TO UTILITY” (UNIVERSITY OF TORONTO PRESS)
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