ニカイア帝国とテッサロニキを軍事制圧したものの戦後処理が宿題として残っている。
当面は、占領統治のため、悪魔軍団を主要都市に配備したままになっているが、これは徐々に正常な状態に戻していかなければならない。
まず考えなくてはならないのは君主がいなくなってしまったテッサロニキだ。
これにはフリードリヒに考えがあった。
ブルガリア帝国摂政のイレネ・コムニーナ・ドゥーカイナに提案してみる。
「テッサロニキの君主は、エピロス専制公国ゆかりの者がふさわしいと思うのだが、あなたの実子のミハイルⅡ世・アセンはどうだろうか?直系ではないとはいえ、第2代皇帝のテオドロスⅠ世コムネノス・ドゥーカスの孫に当たる訳だから血統的には問題ないと思うのだが…」
「しかし、ミハイルはまだ8歳です」
「そこは掛け持ちであなたに摂政をやってもらいたいのだ。もちろん私も後見人としてミハイルを支えるつもりだ」
イレネはしばらく考慮の後、言った。
「わかりました。ミハイルの行く末については考えなければならないと思っていたところです。掛け持ちの摂政というのはたいへんだとは思いますが、フリードリヒ陛下が後見していただけるというのであれば心強いです」
「では、そういうことで進めよう」
気になるのは本拠地のエピロスの地を押さえているミカエルⅡ世アンゲロス・コムネノスだが、彼はどちらかというとブルガリアの影響下にある。
先の戦闘は1日で終わっってしまったから態度ははっきりしないが、少なくとも中立は保っていた。
おそらくテッサロニキとは険悪な関係にはならないだろう。
問題はニカイア帝国との関係だ。
テッサロニキは既にニカイア帝国を宗主国としていたから、よしとして、ニカイア帝国を制圧したフリードリヒとしては、エピロスについてもニカイア帝国に臣従し、ビザンチン帝国の亡命政権を一本化したいと考えていた。
──その前にニカイア帝国の統治体制を決めるひつようがあるな…エピロスはそれからだ…
◆
ニカイア帝国については、皇帝ヨハネスⅢ世ドゥーカス・ヴァタツェスの身柄を押さえていたので、皇后のコンスタンツェ・ランチアと息子のテオドロスⅡ世ラスカリスともども、ひとまずはニカイア帝国の皇城の尖塔の一室に幽閉していた。
フリードリヒはニカイア帝国の統治形態について悩んでいた。
少なくとも地理的にも離れているので直轄地とするつもりは全くなかった。
そうすると誰か君主を立てて間接統治又は共同統治するかだが…
問題は皇帝ヨハネスⅢ世ドゥーカス・ヴァタツェスの身の振り方だ。
フリードリヒの心情的には子供を殺害しようとした黒幕など、即刻首を刎ねたいところだったが、それをやってしまうとニカイア帝国臣民の反感を買ってしまい、今後の統治に支障が生じるおそれがあるため、それは諦めた。
そうなるとヨハネスⅢ世は引退させて、息子のテオドロスⅡ世を立てるか…
しかし、テオドロスⅡ世はようやく20歳になったばかりで、かつ、癇癪もちの性格でとても為政者には向いていなかった。
このため、完全に統治を任せる訳にはいかず、フリードリヒが共同皇帝として並び立つことを考えていた。
だが、予期せぬ事故が起こった。
ヨハネスⅢ世が見張りの隙をついて脱走を試みたが、尖塔の螺旋階段で足をもつれさせて転げ落ちてしまい、その拍子に頭を強く打ち亡くなってしまったのだ。彼は若い頃は非凡な軍人として勇名を馳せたものだったが既に50歳を超え、体の衰えには勝てなかった。
そして、ヨハネスⅢ世の葬儀を済ませた後、フリードリヒは皇后のコンスタンツェ・ランチアと息子のテオドロスⅡ世ラスカリスに今後の統治体制について通告することにした。
「今後のニカイア帝国の統治体制だが、テオドロス殿を皇帝とし、朕を共同皇帝としようと思う」
しかし、テオドロスは激しく反発した。まさに癇癪が爆発した形である。
「西のまがい物の皇帝が、由緒あるビザンチンの皇帝と並び立とうなどおこがましいにも程がある! そのようなことはあり得ない!」
コンスタンツェが慌てて仲裁に入る。
「テオドロス殿。あなたは自分の立場というものが分かっているのですか。私たちは首を刎ねられても文句は言えないのですよ。それを共同皇帝にしていただけるなど、これ以上温情のある沙汰はありません。
さあ。さきほどの言葉は撤回なさい!」
「義母上こそ、若い男の皇帝にほだされて、尻尾を振っているのではないのですか?伝統あるビザンチンの皇后として恥ずかしくはないのですか?」
「テオドロス殿。何ということを…」
フリードリヒは訪ねた。
「テオドロス殿。では、あなたは単独の皇帝でなければ受けられないということですか?」
「それは当然ではないか」
「しかし、あなたにはその力がない。今、ニカイア帝国の主要都市は我が軍が制圧しているのですよ」
「いや。我が臣民は必ずや我のことを支持して立ち上がってくれるはずだ」
「それはあなたの単なる願望であって、実現可能性は極めて低いと思われますが…」
「いや。我が臣民は柔ではない」
──為政者としては致命的にダメだな…これでは国を傾けてしまう…
「それがあなたのお考えなのですね」
「そうだ」
「わかりました。では、こうしましょう。皇后のコンスタンツェ殿に女帝になっていただき、朕が共同皇帝となる。また、それには結びつきを強めるためにも婚姻するのがベストだ。
旦那様が亡くなったばかりで不謹慎ではありますが、受けていただけますか?」
コンスタンツェはしばらく逡巡した後、言った。
「わかりました。お受けいたします」
「ありがとうございます」
テオドロス殿が慌てて言った。
「義母上いったい何ということを…」
フリードリヒは皮肉を込めて言った。
「あなたはあなたの臣民とやらが立ち上がるのをじっと待っているのがよろしかろう。自信があるのでしょう?」
「それは…いや…」
実は、コンスタンツェを女帝にしたうえで婚姻するという手は考えないではなかったが最後までとっておいたのだ。
何しろコンスタンツェは、前神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世とビアンカ・ランチアの間にできた私生児だったからだ。ビアンカ・ランチアは、ヴィオランテの母である。
つまり、コンスタンツェはヴィオランテの3歳上の姉だったのだ。期せずして姉妹どんぶりとなってしまった訳だ。
◆
ニカイア帝国の統治体制に決着を付けたフリードリヒはニカイアに向かった。
ミカエルⅡ世アンゲロス・コムネノスにニカイア帝国へ帰順し、宗主国と認めるよう勧める。
「そうですか…ラスカリス朝の血は途絶えてしまう訳ですな…」
「では、テオドロスⅡ世を皇帝に立てるべく抵抗しますか?」
「いや。あの癇癪持ちは無理だ。皇帝の器ではない」
「では、あなたが実力をもって皇帝になりますか?」
「いや。もはや我らにはそのような力はない。ここは大人しく帰順することといたそう」
「それがよろしいかと思います。朕は、国とは血筋ではなく、社稷をもって第一とすると考えております。
エピロスの地は現状のまま安堵します故…」
「それはありがたい…」
──案外あっさりと帰順したな…だが、あの戦争の様子を見せられては仕方ないか…
◆
ニカイア帝国には長年の悲願があった。
それはビザンチン帝国の首都であったコンスタンティノープルの奪還である。
これなくして、元の名のビザンチン帝国を名乗ることはできない。
そのコンスタンティノープルを占拠しているラテン帝国は、第4回十字軍がコンスタンティノープルを攻めてビザンチン帝国をひとたび滅亡させた後に、コンスタンティノープルにフランドル伯ボードゥアンⅨ世により建国された。
カトリックを宗教とし、元来のギリシャ正教会を否定した。いわゆる十字軍国家の1つであり、実質的にはヴェネツィア共和国に資本、軍事を一切委ねた形であった。
このラテン帝国も、現皇帝ボードゥアンⅡ世・ド・クルトネーの治世になると、ニカイア帝国やブルガリアの侵攻を受けて衰退し、ボードゥアンⅡ世は帝国の存命を図るためにフランスを始めとした西欧諸国に援助を求めるという有様であったが、援助は得られていない状況だった。
このため、軍事制圧することも難しくなかったが、フリードリヒは、まずは政治交渉での解決を図ることとし、まずは外務卿のヘルムート・フォン・ミュラーを派遣することとした。
ミュラーはボードゥアンⅡ世に言った。
「フリードリヒ陛下は平和的な解決をお望みです。利権の全部は無理にしても、その一部を残すことを条件に、コンスタンティノープルの平和的な明け渡しをお望みです」
「もしいやだと言ったらどうなる?」
「ニカイア帝国内でもコンスタンティノープル奪還の声は大きいですからな。その場合は軍事的に占領せざるを得ないことになりますが…」
ボードゥアンⅡ世は思った。
これまでは敵対するニカイア帝国やブルガリア帝国が相互牽制をしていたから持ったようなものだ。これらが神聖帝国皇帝のもとに一枚岩となってしまった今となっては勝算などあるはずがない。
──フランスの援助が得られないとなっては、万事休すか…
「あいわかった」
「それでは大筋は合意できたということで…どの利権を残すかといった詳細は事務方で詰めさせましょう」
「承知した」
こうしてコンスタンティノープルは平和裏に明け渡された。
そしてニカイア帝国は、正式に国号をビザンチン帝国に戻すこととした。
神聖帝国皇帝フリードリヒとビザンチン帝国女帝コンスタンツェは、ギリシャ正教の教会で正式に結婚し、ビザンチン帝国は両者によって共同統治されることとなった。
◆
その後の直近の帝国会議において皇帝フリードリヒは国号の変更を宣明した。
「神聖帝国はビザンチン帝国と一つになり、二重帝国を形成した。すなわち西ローマの後継たる神聖帝国と東ローマの後継たるビザンチン帝国が結婚し、一つになったのだ。
これをもって我が国の国号を『神聖ローマ帝国』とすることとする!」
会場は万雷の拍手を持ってこれを歓迎した。
ヨーロッパ人にとって、ローマ帝国は古き良き時代の象徴であり、憧れの的でもあった。
人々は、それが復活したのだと感慨を新たにした。
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