フリードリヒは公私ともに多忙を極めていた。
ロートリンゲン公国は南北に細長い広大な領地を有するし、モゼル公国に加え、フランドル候からもぎ取った直轄地の経営もある。
また、ホルシュタイン伯国にフライブルグという飛び地の経営もあるし、アルル王国のプロヴァンス伯領及びブルゴーニュ伯領の共同統治もしなければならない。
それに加え、子供を産んでからフリードリヒの妻や愛妾たちの態度が変わった。皆が皆、性行為に対して貪欲になったのである。
一人目の子供の可愛さに味をしめてすぐにでも二人目をということなのだろうか?
彼女たちは相談して示し合わせたうえ、ローテーションは一晩に一人だったのが、二人ということになってしまった。
愛よりも子種が大事ということなのか?
たくさんできた愛しい子供たちとの触れ合いの時間も欠かせない。
これではもうフリードリヒの体が持たない。
こうなったら以前から考えていたあれを身に付けるしかない。
フリードリヒは神界のアテナのもとへ向かった。
◆
「アテナ様。お久しぶりです」
「本当にご無沙汰ね。たくさんの妻や愛妾に囲まれて、私のことなんか忘れられたと思ったわ」
「決してそのようなことは…。私の本心はアテナ様一筋です」
「まあ。しらじらしい…」
──相変わらず機嫌が悪いな。切り出し難い…
「実は、その件も含めましてお願いがあるのですが…」
「何かしら?」
「実はアバターの飛ばし方を教えていただきたいのです」
「これができるようになれば、アテナ様のところにも頻繁に会いに来られるようになります」
「まあ、考えたわね。本当にそれが目的なのかしら?」
「も、もちろんですとも」
フリードリヒの頬を冷汗が伝う。
「まあいいわ。丸っきり嘘という訳でもなさそうだし、あなたの言うことにも一理ある。教えてあげましょう」
「ありがとうございます」
◆
しかし、修行は困難を極めた。
アテナはいとも簡単にお手本を見せてくれるのだが、未経験のフリードリヒには全く想像もつかない。
「とりあえず肉体のことは置いておいて。まずは精神体を2つに分けて、それから分けた精神体を実体化するのよ」
「その場合どちらかが本体になるのですか?」
「本体があるのはアバターではないわ。あえて言えば分身ね。アバターは存在としては同格で、一つの精神を共有するのよ」
──ますますわからなくなった…
結局その日は全く手掛かりがつかめなかった。
諦めて地上に戻ろうかとした時、ふと思いついた。
──神界に来ておいて素通りはないよな…
そう思い、アフロディーテのところにも顔を出す。
「また、あの鉄面皮のところに通うの? あなたも好きねえ。でも、私のことも忘れないでね…」
となると何もせずに帰ることはあり得ず…
そして行為は進み…
「ダメよ。避妊魔法は使わないでね」
「やはりバレてましたか…」
──ブリュンヒルデの兄弟姉妹ができたらその時だ…
◆
結局、それらしきことができたのは約半年後だった。
しかし、数秒しか維持できない。
アテナは言った。
「とりあえずはできたわね。後はそれを安定させることね」
「どうすれば良いのですか?」
「何度もやって慣れるしかないわね」
「なるほど。習うより慣れよですか…」
それからというもの。フリードリヒは地上にいる時も暇があればアバターの練習をしていた。
その姿を見た妻や愛妾たちは心配した。
最近、フリードリヒは暇があればボーっとして考え事をしているようにも見える。何か心配事でもあるのだろうか?
ひそひそ声で話し合う妻・愛妾たちの姿を見てヴィオランテはのんびりとした声で言った。
「大丈夫よ。フーちゃんはときどき何かに夢中になるとああなるの。放っておけばそのうち直るわ」
前世もカウントすればフリードリヒと30年以上過ごしてきただけある。
妻・愛妾たちは、さすが正妻の貫禄と感心した。
◆
いつしかフリードリヒが考え込む姿が見られなくなり…
今日、ネライダはローテーションの後半の日だった。
それに備え仮眠を取ろうと床に入ろうとした時、フリードリヒが部屋に入ってきた。
「主様。今日は後半の日ではなかったですか? ヘルミーネ様はよろしいのですか?」
「細かいことは気にするな。私はネライダを愛しているのだ」
「主様…」
ネライダは感動のあまりうっすら涙ぐんでいる。
そして…
一方、ヘルミーネの方はというと…
一戦終わり、気だるい表情で言った。
「ねえ。そろそろネライダのところに行かなくていいの?」
「細かいことは気にするな。私はヘルミーネを愛しているのだ」
「あなた…」
ヘルミーネは感動のあまりうっすら涙ぐんでいる。
翌日。
ネライダとヘルミーネが鉢合わせした。
お互いに気まずい表情をしている。
「ネライダ。昨日は悪かったわね」
「いえ。私の方こそ申し訳ございません」
──んっ? 何かがおかしい?
◆
「はーーーーっ」
プロヴァンス伯領のベアトリーチェは今日も深いため息をついた。
──今日もあの人は来てくれない…
ローテーションの日を指折り数えるベアトリーチェ。
そこに家宰がやってきて告げる。
「ロートリンゲン公がお見えになりました」
「えっ! どうしよう。お化粧もちゃんとしていないのに…」
「ちょっとだけ待っていただいて」
「かしこまりました」
慌てて化粧と衣装を整えフリードリヒのもとに駆け付けるベアトリーチェ。
「今日はいったいどうされましたの?」
「時間ができたので、寄ってみた。おまえに会いたかったのだ」
「今日はゆっくりしていけるのですよね」
「もちろんだ」
「ああ。よかった」
ベアトリーチェとフリードリヒはたまっていた政務を右から左へと次々に片付ける。
そして夜…
その日以来、フリードリヒがプロヴァンス伯領に通ってくる頻度が増えた。
──どうしたのかしら? でも良いことだから…
そしてベアトリーチェは懐妊した。
「あなた。できたみたいです…」
「おお。それはよかった。君だけまだだったからずっと気になっていたんだ。大事にしてくれよ」
「はい」
この上ない幸せを嚙みしめるベアトリーチェだった。
◆
そんなことが続けばいつかはバレるものである。
フリードリヒは、妻・愛妾たちに吊し上げを食ってしまった。
ヘルミーネが質した。
「あなた! どういうことですの? ネライダより私を愛してるみたいなことを言ってましたよね」
「いや。『ヘルミーネを愛している』と言っただけで『ネライダより』とは言っていないと思うが…」
「言ったも同然のシチュエーションだったじゃないですか。どういうことなんです?」
「いや。それは…」
結局、アバターのことを白状させられてしまった。
ヘルミーネが問う。
「それで、そのアバターというのは何体出せるのですか?」
「その…頑張れば何とか3体までは…」
「それではローテーションは今日から1日6人ずつです!」
「6人?」
「3体で前後半だから6人。計算を間違っていますか?」
「いえ…」
──そんな能力の限界値を試すようなことを…
「それでは皆さん。ローテーションの組み直しです」
「「「おーっ」」」
もの凄い団結力だ。
「あらあら。フーちゃんもたいへんね」
ヴィオランテがのんびりした声で言った。
──おまえ。正妻権限で何とかならないのか?
期せずしてアバターの特訓を強制させられるフリードリヒであった。
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