転生ジーニアス

~最強の主人公は歴史を変えられるか~
普門院 ひかる
普門院 ひかる

第149話 敬虔な女 ~リリルの奉仕活動デビュー~

公開日時: 2021年2月25日(木) 18:00
文字数:3,836

修道女から環俗した元シスターのアンゲラは、相変わらず敬虔けいけんなカトリック教徒だった。


 城勤めが決まったときも、修道院から通えないか真剣に考えたものだ。

 しかし、修道院長からどうしても許可が下りなかったのだ。


 そのことが分かったとき、アンゲラはあっさりと環俗を決めた。

 修道女へのこだわりよりも女の情念がはるかに勝っていたからだ。


 しかし、信心の心は捨て切れず、今でも教会でのミサや奉仕活動に時間の許す限り参加している。

 今日も奉仕活動へ参加しようと貧民街へと向かっていた。


 ナンツィヒの町は、フリードリヒの経済政策によって空前の好景気に沸いていたが、それでも経済競争に負けた敗者は出てくるし、一定数の貧困層が出てくるのは避けられない。

 一方で、カトリックには「財産を持つ者に天国の扉は開かれない」という思想が存在しており、富裕層は教会に喜捨し、乞食や貧民に奉仕することで天国への扉を開くことを望んでいた。


 この意味で乞食や貧民は社会的な必要悪でもあったのだ。

 このため、乞食でもなんとか生活を営むことはできており、「乞食は3日やったらやめられない」ということわざがあるように、中には病人や心身障害者のふりをしてまで乞食を行うプロもいた。


 領主の中にはプロの乞食を嫌って取り締まるものもいたが、プロと本物の乞食を見分けることは難しく、根絶できたという話は聞いたことがない。そればかりか、やりすぎて暴動まがいの騒ぎが起こるケースすらあった。


 フリードリヒは、それも個人の自由だと考え、取り締まることは一切行っていなかった。

 ナンツィヒの町は、もうかっている商人も多いし、その意味では、プロの乞食にとってはパラダイスと言えなくもなかった。


 アンゲラが貧民街に着くと修道院の者が既に準備を始めていた。

 その中にフリードリヒの妹のルイーゼを見つけたので、挨拶あいさつをする。


「ごきげんよう。シスタールイーゼ。ご苦労様です」

「ああ。アンゲラさん。いつもお手伝いいただき感謝いたします」


「いや。好きでやっていることですから、お構いなく」

「でも、なかなかできることではありませんわ」


 2人はにこやかに微笑ほほえみあった。


 そこに透き通るような肌に淡いブロンドの髪の可憐な女性がやってきて声をかけた。フリードリヒの側室であるルクレシーである。


「ごきげんよう。シスタールイーゼ。アンゲラさん。相変わらず精が出ますね」と言うと天使のように微笑ほほえむ。

「ルクレシー様こそ。毎回お手伝いいただき、頭が上がりません」とルイーゼが返した。


 彼女が大司教のヴィート家にいたころは乱倫で淫蕩いんとうの娘と世間からこき下ろされていたのだが、真の彼女は敬虔けいけんなカトリック教徒だった。

 毎週のミサと奉仕活動を欠かさない彼女も顔なじみだったのだ。


 大公の側室という高い身分にありながら、健気けなげに奉仕活動を行い続ける可憐な女性の姿を見て、ナンツィヒの人々は「あれこそ聖女様よ」とうわさしあうのだった。

 世間の評判など、ちょっとしたきっかけで一変するものなのだ。


 3人はしばらく親し気に会話していたが、聖女と呼ばれる女と現役修道女と元修道女の3人が親し気にする姿は、その趣味がある人から見たら百合百合ゆりゆりしいことこの上なく見えただろう。


「それでは、しゃべっていないで働きましょう」というルイーゼの一言で3人は奉仕活動を始めた。


 しばらくして、珍客がやって来た。

 アンゲラの視界の端をまばゆ神々こうごうしい光がよぎる。


 ──この神にも等しいオーラは!


 まさかと思いつつアンゲラが振り返るとやはりフリードリヒであった。


「大公閣下! どうしてこんなところに?」

 アンゲラは思わず声を上げてしまった。


 が、よく見るとフリードリヒに手を引かれ、天使のように可愛かわいい女児がにこやかに立っていた。

 フリードリヒの愛妾あいしょうであるリリムの娘のリリルだった。


 5歳となった彼女は、夜の魔女リリムの娘でありながら敬虔けいけんなカトリック信者だった。

 しきりに奉仕活動への参加をせがんでいたのだが、さすがに5歳の女児には付き添いが必要だ。しかし、母のリリムは全く興味がない。そこでフリードリヒが自らリリルに付き添うことにしたのだ。

 臣下に任せる手もあるのだが、そこは溺愛している娘のこと。他人任せにする訳にはいかなかった。


「リリルがどうしても奉仕活動に参加したいということなのでな。私は付き添いだ」


「まあ。リリルちゃん。小さいのに偉いわね」とルイーゼがめた。


叔母おばさま。ごきげんよう」とリリルが挨拶あいさつする。


「おば様…って…」

 絶句したルイーゼのこめかみがピクピクしている。

 ルイーゼも22歳になった。その辺の呼び方が気になるお年頃なのだろう。


「お父さんの妹だから間違ってはいないんだけど…でも『お姉さん』って呼んでくれるとうれしいかな…」

「はい。ルイーゼお姉さま」とリリルは素直に返事をした。


(よしよし。素直でいい子だね)と目じりを下げるフリードリヒ。


 フリードリヒはルイーゼに尋ねた。

「こんな小さな子でも手伝えることはあるだろうか?」


「小さい子は病人のお世話は危険だから、私が食事を出すお手伝いをしてもらおうかな」

「はい。わかりました。ルイーゼお姉さま」


 リリルはルイーゼにくっついて食器を運んだりするお手伝いをしている。ここはルイーゼに任せても大丈夫そうだ。


 一方で、ルクレシーとアンゲラが医者にかかる金がない病人たちの治療を手伝っている。

 中には「聖女様にさすってもらったら痛みがひきました」と調子のいいことを言っている者もいた。ルクレシーは本物の聖女ではないから、これはプラシーボ効果というやつに違いない。


 こちらの方が大変そうなので、フリードリヒは手伝うことにした。


 ルクレシーとアンゲラに声をかける。

「私も手伝おう」

「あなた。ありがとうございます」とルクレシーは可憐に微笑ほほえんだ。


 アンゲラは「閣下…」と言うと感動してキラキラした目でフリードリヒを見つめている。


「ところで光魔導士は来ているのか?」

「いることにはいるのですが、高位の治癒魔法を使える者は出払っていて…」


「そうか。では、私がやろう」

「あなた。お手数をおかけして申し訳ございません」


「私も天国へ導かれたいからな。たまには頑張らないと…」

「きっと神も評価してくださいます」


「ここは効率的に病人全体にエリアヒールをかけよう。後はそれで治癒しきれなかった者の面倒を個別にみていこう」

「さすがは閣下です。他の者にはそのようなことはできません」とアンゲラがしきりにめる。


(戦場に比べればどうということはない)と思ってしまうフリードリヒ。その点は軍人と一般人で感覚がズレているのだろう。


 早速フリードリヒが無詠唱でエリアヒールを発動すると、病人たちが柔らかな光に包まれた。

 あちこちから「おお。治ったぞ。痛くない」という声が聞こえてくる。


 ルクレシーとアンゲラが順次病人たちの状態を確認していく。


 そのときルクレシーが声を上げた。

「あなた病人ではありませんね!」


 指摘された男は「いや。あの…その…」と泡を食っている。

 フリードリヒが見てみると、男は右足を包帯でぐるぐる巻きにしているが、透視してみるとどこも悪いところはなさそうだ。


 あれほど包帯を巻かなければならないような大怪我ならばエリアヒールで完治するものではないので、施しを目的に病人を装っていたことは明白だ。


「働く努力もせずに、病人を装って施しを受けるとは…恥を知りなさい!」

 と普段は大人しいルクレシーが激高している。


 そこでフリードリヒが割って入った。

「ルクレシー。そのようなやからは相手をしてやる価値もない。放っておけ」

「しかし、あなた…」


 フリードリヒは男に向き直って行った。

「よいか。全知全能の神は人の行いをすべて見通しているのだ。このような行いを続けていたら地獄に落ちるのは火を見るよりも明らかだぞ。そこのところをよく考えることだな」


 男はショックを受けたらしく、青くなって両手で顔を覆ってしまった。


 これで立ち直るくらいならかわいいものだが、性根が腐っている者はそう簡単に更生できるものではない。ダメだとしても、それは自業自得というものだ。

 フリードリヒは、そう割り切って考えている。


 フリードリヒは、ルクレシーに声をかける。

「次の病人が待っている。このような者は放っておいて行くぞ」


 ルクレシーは男の方を振り返りながらもフリードリヒに付いて来た。優しい心根のルクレシーとしては、男を更生させたいのだろう。しかし、それは病気を治すようには簡単にはいかない。それをいちいち相手をしていてはこちらの身が持たない。

 ここは割り切ってもらうしかないのだ。


 病人の世話を終わってルイーゼのところに戻るとリリルが「お父様」と言って抱きついてきた。まだまだ甘えたい年頃なのだ。


「ちゃんとお手伝いはできたかな?」

「はい。ルイーゼお姉さまにもめられました」


「ほう。それはすごいね」

「えへへ…」リルルは嬉しそうだ。


「本当ですわ。5歳なのにいろいろとテキパキとこなして驚きました。リリルちゃん。また来てね」

「はい! お父様。よろしいですよね?」

「もちろんだとも」


 それは決して悪いことではないのだが、リリルがこのような女ばかりの活動にどっぷりと浸かってしまって、どのように成長するのだろうか?


 仮にも彼女には悪魔の血が半分入っているのだ。

 何かのきっかけでおかしな方向に行ってしまうのではないかと心配だ。


 今のところそのような兆候は微塵みじんもないところではあるが…

 それも娘の可愛かわいさ故の杞憂きゆうなのだろうか。


 いろいろと複雑な思いのフリードリヒであった。

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