幕末幻想奇譚

時を超える少女と大天使達
児玉鈴音
児玉鈴音

第一部 意気揚々

第一話 救済人

公開日時: 2022年11月21日(月) 17:47
文字数:4,288

 時は下り、二〇二二年の秋。

 私はブレザーの制服姿で、通学リュックを背負いながら、学校へ向かっていた。

 今日も日差しが良く、心地の良い晴天だ。

 ただ、早歩きで歩いている為、とても寒い。私の黒いボブヘアの髪の毛が、冷たい風に乗って、ふわり、となびく。

 私は横断歩道の前に辿り着くと、ぴたり、と立ち止まった。


「そういえば、あの子達は大丈夫かな……」


 私はとある人達を、心配していた。

 ここ最近、私が在籍している特別支援学級にいる、二人の女子のクラスメイトが、欠席中だ。一人は中学一年生で、片足のリハビリや手術も兼ねている為、病院に入院中だ。

 もう一人は同じ学年で、彼女も手術や足のリハビリの為、病院に入院している。ただ、その人は両足が悪く、歩く時は非常におぼつかない動作をする。

 また、何かに捕まりながら歩かないと、倒れてしまう。


 ──そんな事を考えていた、その時だった。


「ぐっ!」


 どたん、と大きな音がした。

 私は横断歩道を歩く最中、いきなり転んでしまった。少し膝がひりひり、と痛む。

 幸い額には当たらなかったが──意識が朦朧とする。

 すると──様々な色をしたサイケデリックが、私の視界に映る。それは徐々に、私の視野に反映しているあたりの風景を覆っていく。


「早くしないと……轢かれちまう……」


 私は苦しそうに呟く。


 焦燥感がだんだんと襲ってくる。

 早く、早く、学校へ行かないと――そう思っても、サイケデリックのせいで、右も左も、そして前すらも分からない。

 やがて私は倒れ、気を失ってしまった。





「……ん!?」


 目を覚ますとその目線の先は、なんと和室。障子窓から眩い日差しが当たる中、私は目覚めた。

 左側に、真朱色の髪の毛をサイドテールに結っている美少女が、正座になりながら、こちらを穏やかな表情で見ている。

 一体この少女が何者なのか、全く私には分からない。

 私は彼女の着ている着物に、視線をずらした。一瞬、私は目を見張る。


 少女は明らかに女性の体型、顔をしているのにも関わらず、何故か袴を身にまとっている。

 そんな格好で外を歩いていたら、周りに目をつけられて、奉行所行きにならないのだろうか……?


 更に、私は驚いた事があった。

 それは──髪の毛や目の色が、私のいた世界ではあり得ないような色をしていた事。

 私は体のあちらこちらを触る。制服姿である事には変わりは無いが、以前のような髪型では無い。


 ──濃い青色をした、ハネた毛が沢山ある長いショートヘアだった。


 私はこの予想外の出来事に、非常に驚愕した。それと同時に、焦慮の気持ちが芽生えてくる。


「待て待て待て、なんで髪型違ってんだよ!?」


 私は体を咄嗟に起こし、自分の髪の毛を触った。しかし、やはりこれは幻覚でも夢でも、なんにでもない。

 寧ろこれは──現なのかもしれない。


「まあまあ、そないに驚かんといて。ちゅうか、この世界ではこんなんが当たり前なんどすけどなぁ……」

「……はい?」


 少女は京都弁で、そう言う。

 すると、私はどこか疑問が晴れてくるような気がした。

 だがその一方で──とても恐れるような、怯むような、そんな複雑な気持ちも出てきた。


 当たり前という事は──?



 私は勇気を振り絞り、とても緊張しながらも、彼女に訊いた。


「この世界、いや、この日本は……どうなっているんですか?」

「この日本は……色んな人達が大天使になって──魔物と戦うてるんどす」


 ……心臓がとくん、と高鳴る。

 その回数は、だんだんと増えていく。また、手汗が徐々に流れてきて、平手が湿っていく。

 私は目を見張る。心の中は、非常になんとも言えない緊張した感情で、埋め尽くされている。


「……まさか」


 私は声を低くして、そう呟く。


 ──もしかしたら。


 すると、少女が声を低くして、こう言った。


「そう、この時代は──尊王攘夷を志す人や、佐幕を志す人やらが、沢山がおるんどす」


 ……やはり、私の勘は当たっていた。

 この時代、いつ常識が変わってしまうかは、それは誰にも見当がつかない。

 それに、私はこの先どう生きれば良いかすらも、全く分からない。いつどこで誰に斬られてしまったり、誘拐されたり、そして事件に巻き込まれるかも、完全に見通しがつかない。

 この先どうすれば良いのだろうか、私は大人になった後、どんな仕事に就いて働けば良いのだろうか。そんな事を、私は情報量が多すぎるあまり、今にも破裂しそうな頭の中で、ただひたすらに考えていた。


 ……そうだ。

 ……とりあえずこんな所から外に出て、まず住む場所を見つければ良いんだ。


 私は布団の毛布を放り投げ、立ち上がる。


「ど、どうしたか?」


 すると、少女は驚いた様子で、私を見上げながら問う。


「決まってますよ。普通にこっから出て、住む場所見つけるんですよ」

「ちょ、ちょい──」


 ──私は勢いよく戸を開けて、外へ出た。

 周りの景色は、長屋や商家など、沢山の和風な建物が並んでいる。そして、日本髪の女性や、腰に日本刀を差している武士も、かなりいる。

 時々小さな通路から、新選組の浅葱色のだんだら羽織を着た男性達が、歩いているのを見かけたが、私は運良く彼らにばれる事もなく、道を駆け足で通っていった。

 あの少女に追いつかれないように、と、思いながら、私は腕を速く振りながら、一生懸命に走る。


 しかし、先程より気温がとても上昇していったような、そんな気がした。


 恐らく今の季節は既に、初夏に入り始めている頃だろう。

 そろそろ、旅籠でも見つかる筈だろう。なら、それがある所で休ませてもらいたい。

 このままでは、熱中症になってしまいそうだ。


 そう思った、その時──


「ぐあぁぁぁぁっ!」


 突如、男性の悲鳴が聴こえた。


 非常に嫌な予感がする。

 そして、私は小さな通路を歩き、建物の角から顔を見せると──奉行所の服装に、新選組の羽織を着た人達が、得体の知れない大きな怪物と戦っているのを見た。

 魔物と思われる怪物は、とても大きく丸い体をしていて、奇妙な姿をしていた。

 これは、もしかすると──先程の少女が言っていた「魔物」というものなのかもしれない。私は確信した。

 拳を固く握りしめる。手汗でにじんでいて、湿っぽい。


 私は顔を歪めた。

 と、そんな時。


「怯むな!! 進めえぇぇっ!!」


 捕吏と思われる男性が、役人達に対して指示した。

 しかし、他の人々は怖さのあまり、逃げ出す者が次々と増えていく。

 すると、魔物は四人の青年を、黒いつたで捕まえた。青年達は顔を歪めながら、刀を必死に離さないように、力を込めて掴んでいる。


 その時、私はこんな言葉を思い浮かばせた。


 私にできる事は──何かないのだろうか?


 私は建物の陰から姿を現し、魔物の前に立つ。

 周りの野次馬達や、捕吏、役人、そして新選組らが、目を大きく見開いた。彼らは私に、非難の言葉や説得をしてくる。

 けれども、私はそんな言葉を、無視した。


「どけ!」


 私はそんな役人の強い口調で放たれた言葉に、耳を塞ぎたくなりながらも──


「どく訳ねえだろ。困っている人を見過ごす訳には、いかねえんだよなぁ」


 それでも、私はその役人に反論した。


「手出し無用!」

「手出し無用じゃねえだろうがよ。もう、うちはな──決めたんだよ」


 私が捕吏の言葉に反発した、その時。

 突然強い光に体を包み込まれて──私は頭には大きな垂れているリボンに、華やかで素敵な着物姿に、いつの間にか変えられていた。また、背中からは、黒と白のコウモリの翼のようなものが、生えていた。


 そして、私の心に何か強い志を持てたような、勇気が湧き上がってくるような、そんな気がした。


 もう、人に辛い思いを──これ以上、させたくない。


 そう心の中で決めたと同時に、私は宙へ大きく飛躍し、水色と黒の大鎌おおがまを持ち、魔物に向かって勢いよく大きく振りかぶると同時に──


「おらあぁぁぁぁぁっ!!」


 私はかけ声を出した。

 すると、ざしゅっ、と切り裂くような音が鳴り響いた。先程青年を縛っていたつたが引き裂かれ、彼らが落ちていくのを見た私は、頭のリボンを取った。

 そして、そのリボンは非常に長いリボンテープへと変わり、彼らをそれの上に乗せた。

 やがて、青年達は地面へ着地した。


「あ、ありがとうございます──」

「礼はいらない。それより、下がってな」


 紺青のハネたポニーテールをした青年に、礼を言われるが、私はとても冷静な声で断った。


 そして私はまた、宙へ大きく跳び上がると、今度は地面に落ちたリボンをまたリボンテープにして、それで魔物を拘束した。魔物はじたばたと暴れながらも、ぐおぉぉぉ、と悲鳴を上げる。


 あともう少しだ、あとほんの僅かで、この魔物を退治できる──!


 私はほっとした気持ちになる。そして、大鎌おおがまを更にとても大きくして、思い切り振りかぶると途端に──


「覚悟おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 私のその大声が、周りに響めくと──

 どおん、と、非常にすさまじい轟音があたりに、響き渡った。その魔物の大きな図体はやがて、黒くなり──どろり、としたようなものへと変貌していった。

 また、それは少しずつ消えていった。


 捕吏や役人ら、そして新選組の人達や野次馬らは、目を丸くし、呆然としていた。


 魔物が完全に消えると、私の足元に桃色の袋に包まれているラムネが、気づいたら落ちていた。

 私はそのラムネを拾い、首をかしげる。


「なーんだこれ、美味そうだけど」


 すると、背後から人の気配がした。私は恐る恐る、振り返ってみる。


「そら「HPラムネ」て呼ばれるものどすえ。それ食べたら、体力や魔力は回復しますえ」

「……えっ」


 HPラムネ?

 まるでRPGゲームのような名前を聴かされて、私は目を見張り、少し驚いた。

 何故なら、そんな物がこの時代に実在するという事が、明らかにおかしい筈なのだから。

 そもそもラムネという言葉は、ペリー来航以来、一八六五年から「ラムネ」と呼ばれている筈だ。また、HPというのも、恐らくロールプレイングゲームが流行り出した時に、それ以降現代でも使われている筈だ。


 なら、一体誰がこんな時代に、流行らせなんかしたのだろうか?


 と、その時──


「ぐっ……!!」


 私は小さく唸り、崩れ落ちる。だんだんと、意識が朦朧もうろうとしてくる。

 けれども、今はあのサイケデリックは、特に出てこなかった。しかし、頭がタイムスリップする前よりも、やけにくらくらとする。


 誰か助けて──


 そう思って立ち上がろうとしても、中々足ががたがた、と震えてしまう。

 この苦しさは、一体なんだろうか。

 ふと、顔を上へ上げると、そこには少女がいた。少女は私の目の前で、背面を見せながらしゃがんでいた。


「捕まっとおくれやす」

「はいよ……」


 私は視界がぼんやりとしながらも、よろよろと立ち上がるが──


「う……」


 私は小さく呻き、意識を失ってしまった。

読んで下さり、ありがとうございます。

言い換えを調べながら書いたので、かなり時間がかかってしまいました…!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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