時は下り、二〇二二年の秋。
私はブレザーの制服姿で、通学リュックを背負いながら、学校へ向かっていた。
今日も日差しが良く、心地の良い晴天だ。
ただ、早歩きで歩いている為、とても寒い。私の黒いボブヘアの髪の毛が、冷たい風に乗って、ふわり、となびく。
私は横断歩道の前に辿り着くと、ぴたり、と立ち止まった。
「そういえば、あの子達は大丈夫かな……」
私はとある人達を、心配していた。
ここ最近、私が在籍している特別支援学級にいる、二人の女子のクラスメイトが、欠席中だ。一人は中学一年生で、片足のリハビリや手術も兼ねている為、病院に入院中だ。
もう一人は同じ学年で、彼女も手術や足のリハビリの為、病院に入院している。ただ、その人は両足が悪く、歩く時は非常におぼつかない動作をする。
また、何かに捕まりながら歩かないと、倒れてしまう。
──そんな事を考えていた、その時だった。
「ぐっ!」
どたん、と大きな音がした。
私は横断歩道を歩く最中、いきなり転んでしまった。少し膝がひりひり、と痛む。
幸い額には当たらなかったが──意識が朦朧とする。
すると──様々な色をしたサイケデリックが、私の視界に映る。それは徐々に、私の視野に反映しているあたりの風景を覆っていく。
「早くしないと……轢かれちまう……」
私は苦しそうに呟く。
焦燥感がだんだんと襲ってくる。
早く、早く、学校へ行かないと――そう思っても、サイケデリックのせいで、右も左も、そして前すらも分からない。
やがて私は倒れ、気を失ってしまった。
「……ん!?」
目を覚ますとその目線の先は、なんと和室。障子窓から眩い日差しが当たる中、私は目覚めた。
左側に、真朱色の髪の毛をサイドテールに結っている美少女が、正座になりながら、こちらを穏やかな表情で見ている。
一体この少女が何者なのか、全く私には分からない。
私は彼女の着ている着物に、視線をずらした。一瞬、私は目を見張る。
少女は明らかに女性の体型、顔をしているのにも関わらず、何故か袴を身にまとっている。
そんな格好で外を歩いていたら、周りに目をつけられて、奉行所行きにならないのだろうか……?
更に、私は驚いた事があった。
それは──髪の毛や目の色が、私のいた世界ではあり得ないような色をしていた事。
私は体のあちらこちらを触る。制服姿である事には変わりは無いが、以前のような髪型では無い。
──濃い青色をした、ハネた毛が沢山ある長いショートヘアだった。
私はこの予想外の出来事に、非常に驚愕した。それと同時に、焦慮の気持ちが芽生えてくる。
「待て待て待て、なんで髪型違ってんだよ!?」
私は体を咄嗟に起こし、自分の髪の毛を触った。しかし、やはりこれは幻覚でも夢でも、なんにでもない。
寧ろこれは──現なのかもしれない。
「まあまあ、そないに驚かんといて。ちゅうか、この世界ではこんなんが当たり前なんどすけどなぁ……」
「……はい?」
少女は京都弁で、そう言う。
すると、私はどこか疑問が晴れてくるような気がした。
だがその一方で──とても恐れるような、怯むような、そんな複雑な気持ちも出てきた。
当たり前という事は──?
私は勇気を振り絞り、とても緊張しながらも、彼女に訊いた。
「この世界、いや、この日本は……どうなっているんですか?」
「この日本は……色んな人達が大天使になって──魔物と戦うてるんどす」
……心臓がとくん、と高鳴る。
その回数は、だんだんと増えていく。また、手汗が徐々に流れてきて、平手が湿っていく。
私は目を見張る。心の中は、非常になんとも言えない緊張した感情で、埋め尽くされている。
「……まさか」
私は声を低くして、そう呟く。
──もしかしたら。
すると、少女が声を低くして、こう言った。
「そう、この時代は──尊王攘夷を志す人や、佐幕を志す人やらが、沢山がおるんどす」
……やはり、私の勘は当たっていた。
この時代、いつ常識が変わってしまうかは、それは誰にも見当がつかない。
それに、私はこの先どう生きれば良いかすらも、全く分からない。いつどこで誰に斬られてしまったり、誘拐されたり、そして事件に巻き込まれるかも、完全に見通しがつかない。
この先どうすれば良いのだろうか、私は大人になった後、どんな仕事に就いて働けば良いのだろうか。そんな事を、私は情報量が多すぎるあまり、今にも破裂しそうな頭の中で、ただひたすらに考えていた。
……そうだ。
……とりあえずこんな所から外に出て、まず住む場所を見つければ良いんだ。
私は布団の毛布を放り投げ、立ち上がる。
「ど、どうしたか?」
すると、少女は驚いた様子で、私を見上げながら問う。
「決まってますよ。普通にこっから出て、住む場所見つけるんですよ」
「ちょ、ちょい──」
──私は勢いよく戸を開けて、外へ出た。
周りの景色は、長屋や商家など、沢山の和風な建物が並んでいる。そして、日本髪の女性や、腰に日本刀を差している武士も、かなりいる。
時々小さな通路から、新選組の浅葱色のだんだら羽織を着た男性達が、歩いているのを見かけたが、私は運良く彼らにばれる事もなく、道を駆け足で通っていった。
あの少女に追いつかれないように、と、思いながら、私は腕を速く振りながら、一生懸命に走る。
しかし、先程より気温がとても上昇していったような、そんな気がした。
恐らく今の季節は既に、初夏に入り始めている頃だろう。
そろそろ、旅籠でも見つかる筈だろう。なら、それがある所で休ませてもらいたい。
このままでは、熱中症になってしまいそうだ。
そう思った、その時──
「ぐあぁぁぁぁっ!」
突如、男性の悲鳴が聴こえた。
非常に嫌な予感がする。
そして、私は小さな通路を歩き、建物の角から顔を見せると──奉行所の服装に、新選組の羽織を着た人達が、得体の知れない大きな怪物と戦っているのを見た。
魔物と思われる怪物は、とても大きく丸い体をしていて、奇妙な姿をしていた。
これは、もしかすると──先程の少女が言っていた「魔物」というものなのかもしれない。私は確信した。
拳を固く握りしめる。手汗でにじんでいて、湿っぽい。
私は顔を歪めた。
と、そんな時。
「怯むな!! 進めえぇぇっ!!」
捕吏と思われる男性が、役人達に対して指示した。
しかし、他の人々は怖さのあまり、逃げ出す者が次々と増えていく。
すると、魔物は四人の青年を、黒い蔦で捕まえた。青年達は顔を歪めながら、刀を必死に離さないように、力を込めて掴んでいる。
その時、私はこんな言葉を思い浮かばせた。
私にできる事は──何かないのだろうか?
私は建物の陰から姿を現し、魔物の前に立つ。
周りの野次馬達や、捕吏、役人、そして新選組らが、目を大きく見開いた。彼らは私に、非難の言葉や説得をしてくる。
けれども、私はそんな言葉を、無視した。
「どけ!」
私はそんな役人の強い口調で放たれた言葉に、耳を塞ぎたくなりながらも──
「どく訳ねえだろ。困っている人を見過ごす訳には、いかねえんだよなぁ」
それでも、私はその役人に反論した。
「手出し無用!」
「手出し無用じゃねえだろうがよ。もう、うちはな──決めたんだよ」
私が捕吏の言葉に反発した、その時。
突然強い光に体を包み込まれて──私は頭には大きな垂れているリボンに、華やかで素敵な着物姿に、いつの間にか変えられていた。また、背中からは、黒と白のコウモリの翼のようなものが、生えていた。
そして、私の心に何か強い志を持てたような、勇気が湧き上がってくるような、そんな気がした。
もう、人に辛い思いを──これ以上、させたくない。
そう心の中で決めたと同時に、私は宙へ大きく飛躍し、水色と黒の大鎌を持ち、魔物に向かって勢いよく大きく振りかぶると同時に──
「おらあぁぁぁぁぁっ!!」
私はかけ声を出した。
すると、ざしゅっ、と切り裂くような音が鳴り響いた。先程青年を縛っていた蔦が引き裂かれ、彼らが落ちていくのを見た私は、頭のリボンを取った。
そして、そのリボンは非常に長いリボンテープへと変わり、彼らをそれの上に乗せた。
やがて、青年達は地面へ着地した。
「あ、ありがとうございます──」
「礼はいらない。それより、下がってな」
紺青のハネたポニーテールをした青年に、礼を言われるが、私はとても冷静な声で断った。
そして私はまた、宙へ大きく跳び上がると、今度は地面に落ちたリボンをまたリボンテープにして、それで魔物を拘束した。魔物はじたばたと暴れながらも、ぐおぉぉぉ、と悲鳴を上げる。
あともう少しだ、あとほんの僅かで、この魔物を退治できる──!
私はほっとした気持ちになる。そして、大鎌を更にとても大きくして、思い切り振りかぶると途端に──
「覚悟おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
私のその大声が、周りに響めくと──
どおん、と、非常にすさまじい轟音があたりに、響き渡った。その魔物の大きな図体はやがて、黒くなり──どろり、としたようなものへと変貌していった。
また、それは少しずつ消えていった。
捕吏や役人ら、そして新選組の人達や野次馬らは、目を丸くし、呆然としていた。
魔物が完全に消えると、私の足元に桃色の袋に包まれているラムネが、気づいたら落ちていた。
私はそのラムネを拾い、首をかしげる。
「なーんだこれ、美味そうだけど」
すると、背後から人の気配がした。私は恐る恐る、振り返ってみる。
「そら「HPラムネ」て呼ばれるものどすえ。それ食べたら、体力や魔力は回復しますえ」
「……えっ」
HPラムネ?
まるでRPGゲームのような名前を聴かされて、私は目を見張り、少し驚いた。
何故なら、そんな物がこの時代に実在するという事が、明らかにおかしい筈なのだから。
そもそもラムネという言葉は、ペリー来航以来、一八六五年から「ラムネ」と呼ばれている筈だ。また、HPというのも、恐らくロールプレイングゲームが流行り出した時に、それ以降現代でも使われている筈だ。
なら、一体誰がこんな時代に、流行らせなんかしたのだろうか?
と、その時──
「ぐっ……!!」
私は小さく唸り、崩れ落ちる。だんだんと、意識が朦朧としてくる。
けれども、今はあのサイケデリックは、特に出てこなかった。しかし、頭がタイムスリップする前よりも、やけにくらくらとする。
誰か助けて──
そう思って立ち上がろうとしても、中々足ががたがた、と震えてしまう。
この苦しさは、一体なんだろうか。
ふと、顔を上へ上げると、そこには少女がいた。少女は私の目の前で、背面を見せながらしゃがんでいた。
「捕まっとおくれやす」
「はいよ……」
私は視界がぼんやりとしながらも、よろよろと立ち上がるが──
「う……」
私は小さく呻き、意識を失ってしまった。
読んで下さり、ありがとうございます。
言い換えを調べながら書いたので、かなり時間がかかってしまいました…!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!