癖は直したくても直せないものです。魂に刻まれたものですから。
『……どうして』
翌朝、気がつけばポンコツはベッドの上でクロニカに抱きしめられていた。
「んがー……」
『僕なんか抱きしめても……』
「んぐぅ……」
『気持ちよくなんかないだろぉー!?』
ポンコツは手足を出して必死にクロニカの拘束から逃れようともがく。
『うぐぐぐーっ!』
「んんーっ」
『ぬわーっ!!』
「ん……っ」
『……駄目だ、逃げられない!!』
必死にジタバタともがいたがクロニカの抱擁からは逃れられなかった。思いの外抱き心地が良いのか、それとも誰にも取られまいと無意識の内に身体が動くのか……それは定かではない。
むにゅうっ。
ただクロニカは柔らかく温かな胸でポンコツを包み込み、彼の精神をドンドン疲弊させていく。
『だ、誰か助けてーっ!』
「あーもー、うるさいわね。何なのよ?」
『あっ、レイコか! 良かった、ちょっとクロニカがぁぁ────っ!?』
部屋に眠気眼を擦りながらレイコがやって来る。その黒いタンクトップに下着のみというクロニカに負けず劣らずの刺激的な姿はポンコツの精神に容赦ない追い打ちをかけた。
「あらー、すっかり仲良くなったわね。アンタたち」
『なんて格好をしてるんだ、君は! 女の子の自覚がないのか!?』
「なんて格好って……別に普通だけど?」
『普通じゃないよ! 女の子はそう簡単にパンツ見せたりしない!!』
「……別にパンツくらい見られてもねぇ。そもそもポンコツ相手に恥ずかしがる必要もないし?」
『何でだよ!? 僕は男だぞ!?』
「ふわぁ……アンタは男である前にエトですらないじゃないの」
『ふぐぅ!?』
レイコの欠伸混じりの指摘にポンコツは血のようなものを吐く。
やはりまだこの状況を受け入れられてはいないようで、こうもハッキリと『エトですらない=人間ですらない』と言われるとダメージは大きい。
『うっ、うっ……』
「……あ、ごめん、傷ついた?」
『……傷つくよ! 僕だって好きでこんな』
「んっ……」
むぎゅーっ。
『ほぎゃーっ!!』
「あはは、よっぽど抱き心地が良いのねポンコツは」
『う、嬉しくないよぉ! 何でこんなっ! 何でこうもしっかりと抱きついて来るんだよ!?』
「ふふっ、それはねー」
抱き枕のように扱われるポンコツを見てニヤニヤしながらレイコはベッドに腰掛ける。
「そうしていないと安心出来ないからよ。小さい頃から染み付いた癖みたいなものね」
『……?』
「クロニカは捨て子だったの。育て親の猟師のおじさんに拾われるまではずっとガルーダに守られながら生きてきたのよ。だからガルーダにしがみついて寝る癖が自然とついちゃったのよね」
『そう、なのか……』
「その歳になっても治らないの、面白いでしょー?」
レイコは寝息を立てるクロニカの鼻を突いてクスクスと笑う。
「んぐぁっ……」
「今じゃガルーダと離れても眠れるようにはなったけど、何かに抱きついて寝ちゃう癖はそのまま。寝る前に何も抱いてなくても、本能的に抱きつけるものを探しちゃうのよね」
『……』
「大人になる前には直すとか言ってたけど、この調子じゃ直せそうにないわねー」
レイコの話を聞いてポンコツは複雑な気持ちにさせられる。
『クロニカにとってあのガルーダはそれほど特別なものなんだな』
「……そうね」
『直してあげられないのか?』
「無理よ、駆動系が完全にやられてるわ。あのバイクの駆動系やフレームには私達の技術力を大きく上回る古代技術が使われていて修理のしようがないのよ。今まで燃料替えや軽いメンテナンスくらいしか手をつけてなかったしね」
『そうなのか』
「ガルーダと同タイプの駆動機も他に確認されていないの。アンタ程じゃないでしょうけど、あのガルーダも相当なお宝なのよね……」
悩ましげなため息をつきながらレイコは窓の外を見る。
「……どうしてそんなお宝とクロニカが生まれた時から一緒に居たのか。今まではあんまり気にしてなかったけど、アンタと融合したあの姿を見た後だと色々と勘ぐっちゃうわよねぇ」
『……』
「……ひょっとしたらクロニカとアンタは」
「クロニカ姉ちゃん、おはよーっ!!」
レイコがポンコツに気になる話をしようとしたところでミーナがやって来た。
「あ、おはようミーナ」
「おはよー、レイコ姉ちゃん!」
『……おはよう』
「おはよー、ポンコツ! クロニカ姉ちゃん、起きてー!」
ミーナはクロニカの寝るベットに飛び乗り、未だ夢の中のクロニカの身体を大きく揺する。
「うああああ……」
「起きてー! 朝だよっ、朝だよー!!」
『こらこら、ミーナ。もう少し優しく起こしてあげようよ』
「起きてー! 起きてー!!」
「クロニカはこのくらいしないと起きないのよ。寝付きが悪い、寝相も悪い、トドメに寝起きも悪い面倒くさい奴なのよねぇ」
「ぐあああ……あっ」
「起きてぇー!」
ミーナは中々起きないクロニカの作業着をガシッと掴んで思いっきり引っ張る。作業着のチャックがジジジと下がって眩しい素肌が顕になっても彼は目覚めない。
『ちょ、ちょっとミーナ! 引っ張るのはそのくらいにしてあげようよ!!』
「起きてよーっ! クロニカ姉ちゃんー!!」
「うぐー……」
「起きてーっ!!」
『それ以上引っ張ったら危ないって! 脱げちゃう! 脱げちゃうから!!』
「クロニカ姉ちゃんーっ!!」
「あっ!」
『ぎゃあああーっ!!』
ヒートアップしたミーナが力の限り引っ張った拍子にチャックが弾け飛び、ポンコツを抱えたままクロニカはベッドから勢いよく転がり落ちる。
「……いってぇ」
「クロニカ姉ちゃん、おはよーっ!」
「……おう、ミーナか。まったく……毎朝毎朝、起こし方が乱暴な奴だなぁ……」
『もぎゃー! もぎゃああーっ!!』
「ん? 何だ?」
「ちょっとクロニカ、はやくポンコツを退かしてあげて。そろそろヤバそうよ」
「あ?」
『もぎゃああああーっ!!』
ふとクロニカが目を下に向けると、ポンコツが股ぐらに顔を埋めて奇声をあげていた。
「……お前、何処にっ!!」
『もぎゃ……っ、プシュー』
「あっ」
「あー! ポンコツからモクモクしたのが出てるー!」
「お、おい、ポンコツ……大丈夫か?」
『……』
あまりの衝撃的光景にオーバーヒートを起こしたポンコツは煙を吹いて沈黙。クロニカはすぐに拾い上げて声をかけるが、ポンコツは白目を剥いてブスブスと煙を上げるだけだった。
「オレが恥ずかしがる前に気絶すんなよ……どんな反応したらいいのかわかんねえじゃねえか」
「今からでも『キャーッ』て泣けばいいんじゃない? 笑ってやるわよ」
「……」
「わぁっ、クロニカ姉ちゃんは本当にオッパイ大きいね! 触ってもいいー!?」
「うん、駄目だよ? ほら、代わりにポンコツ触らせてやるから……」
「わーい、やったー!」
レイコとミーナが相手ではそれっぽいリアクションも出来ず、クロニカはそっとミーナにポンコツを渡して気まずそうに作業着を羽織った。
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