(……う……っ)
次にジョンが目を覚ましたのは暗く冷たい闇の中だった。
(ここは……)
五感はあり、身体も自分の意思で動かせる。依然として身体は女体化したままだが不思議な事に違和感は覚えなかった。
(私は、一体……どうなって……)
《……失敗した……まさか、あの状態でも抗えるなんて……》
(……!?)
《……あと少しだったのに……あと少しで……》
すぐ近くから女の悔しそうな声が聞こえてくる。深い闇に包まれてその姿は見えなかったが、直ぐ近くに誰かが居るようだ。
(失敗……何が?)
《意識……バックアップは、不完全……記憶のリカバリーも40%未満で終了……ここまで、ね……》
(何を言っている? お前は……誰?)
《うるさい。黙ってなさい……成り損ない……》
彼女は吐き捨てるように言う。身体を取り戻されたのが余程気に食わなかったのだろう、声色だけで表情が解るほど言葉に感情が籠もっていた。
(私は……どうなった?)
《……知らない。まだ……自意識と、人格は残ってる。でも……半分以上は……上書き、を……》
(言っている意味がわからない)
《うるさい、うるさい。もう……放っておいて……》
(私は……あれ? 俺は……?)
《……本当に、中途半端……こんなことになるなら、どうして……あんな》
(アレス、お前は……)
《ああ、思い出した……私は、そうよ。私は……っ!》
彼女の悲痛な声が届くと共に視界を包んでいた闇は晴れ、周囲が光に包まれていく。
《私は、なりたくてああなったんじゃない。戦いたくて、戦ったんじゃない。やり直したい、やり直したい、やり直したい……! ただ、もう一度……!》
闇が晴れた先に居た一人の少女。真紅の瞳を持つ長い髪の少女はボロボロと涙を流し、ジョンに向かって縋るように手を伸ばす。
《もう一度、人間に……!!》
ジョンはこちらに差し伸ばされた手を掴めなかった。
光の中に消えていく少女を呆然と見つめ、仄かに感じる温かみに身を委ねて意識を手放すことしか出来なかった……
「……はっ!」
「びゃあっ!?」
続いて目を覚ましたのは薄汚れた医務室のベッド。彼を看病していた治療係のミカが驚きの声を上げる。
「び、ビックリさせんでくださいよ! 心臓が止まるやないですか!!」
「……ああ、ごめん。少し変な夢を見てたから……」
「もー……勘弁してや」
ミカは癖のついた茶色の髪を掻き上げ、額の汗を拭ってため息を吐く。
アマンダ以外の唯一の女性メンバーで非戦闘員。小柄で慎ましい体型と可愛らしい顔をしているが、これでも今年で20歳になる立派な成人女性だ。
「……そうだ、あれは夢……」
目覚めたジョンは直ぐに自分の体を確かめた。
「……じゃなかったか」
だが、彼の身体は依然として女性のままだった。柔らかく豊かな胸になめらかな太ももから美しく伸びる長い足……何も変わっていない。
「さーて、何から話してもらいましょうかね」
「あまり話したくないわね」
「見た目だけじゃなくて喋り方も変わってません? 心まで女になりはったとか?」
「流石にそれはないと思いたいな……ん?」
ジョンは変身する前に身につけていたジャンパーが無くなっている事に気づく。
「私のジャンパーは?」
「一人称も【私】になってますやん。リーダーはもう完全に女になってもうたね」
「それはいいから、ジャンパーはどうした?」
「さぁ、知りません。ウチのところに運ばれてきた時は素っ裸やったし」
「……」
「運んできたアマンダさんも持ってなかったし、無くしたんとちゃいます?」
「無くすはずがないだろう。親父の形見だぞ」
考え込むジョンを見ながらミカは机に置いた茶色い飲み物に口をつけ、むふーと悩ましげな息を漏らして椅子に腰掛けた。
「……まさか、アレスに変身した時に消滅した……?」
「ジャンパーって、もしかして先代の形見の?」
「……」
「あちゃあ……」
静かに消沈するジョンを見ていられず、何か着せられるものはないかと物で散らかった室内を探る。ふと壁にかけられた濃い青のショートベストが目に付き、徐ろにそれをジョンに手渡した。
「裸のままじゃ難儀するやろうし、これでも着ててください」
「……女物じゃないか」
「リーダーはもう女やないですか」
「私はジョンだ、男だぞ」
「そないにやらしい乳しといて何を言うてますの。いいからこれ着てください。下に履くもんも探しますから」
「……」
ジョンは豊かに実った胸を恨めしげに見つめ、手渡されたショートベストを羽織る。
「……サイズが合わない」
「それは知りません」
「……やけに冷静ね、ミカ。もう少し驚いてくれないか?」
「そりゃ最初は驚きましたよ。引き篭ったリーダーを心配しすぎてアマンダさんがおかしなったんかと思ったわ。そんで実際に女になったリーダーを見せられて心臓が飛び出しそうになりました……でも、もう慣れたわ」
散らかった部屋から少し汚れたデニムパンツを見つけ、ミカはジョンの方にポイと投げて言う。
「リーダーはそっちの姿の方がええ感じですよ」
そう言って妖しく笑うミカに嫌なものを感じたジョンは直ぐにパンツを履いて立ち上がる。
「……他の皆には話したか?」
「私は話してません。でもまぁ、もうとっくに知れ渡ってるんやないですかね」
「……」
「落ち着くまでもう少し此処にいてくれてもええですよ?」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう」
ジョンはミカに礼を言って医務室のドアに手を伸ばす。
「……私の名前はジョン。砂漠の狼のリーダーで東京生まれの学徒動員兵。仮想シュミレーションによる適性評価はS……」
「ちょっと後半からおかしなってません?」
「……歳は16歳」
「その胸と身体で16は無理ありますわ」
部屋を出る前に軽く記憶を確認するが、どうやら彼の記憶は生来のものと知らない誰かのものが入り交じっているようだ。
「……成程、中途半端とはこういうことか」
ここでジョンは夢の中の少女の言葉の意味を理解する。
彼はアレスの人格を植え付けられている途中で強引に変身を解除した為、アレスの人格と本来の人格が結合し、更にその記憶まで複雑に溶け合ってしまっていた。
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