「……」
『……』
「乳の大きさは器の大きさじゃ! お前には儂を……いや、この村を託せるだけの器がある!!」
「……えーと、その」
「シスター・ソロネも十分以上にあるが、シスターと村長の兼業は辛かろう! じゃから儂は」
「いや、お前……ちょっとお前。いい加減に」
「聞けぇぇぇ! クロニカ、お前ならこの村を……っぷぁぁい!!」
鬼気迫る勢いでクロニカを孫にしようとするエイライ村長の脇腹に強烈な横蹴りが叩き込まれた。
「ぽあああああああああ!」
ドゴシャァァアン!
「あっ」
『村長ーっ!?』
「……朝から何してんのよ、クソジジイ」
村長を蹴り飛ばしたレイコはまるで腐ったゴミを見るような目で彼を見下した。
「ぬぐぐ……、祖父に向かって何をするか! このバカ孫め!!」
「こっちの台詞よ、クソジジイ。何? 死にたいの? 死にたくなったの? いいわよ、お望みならすぐに天国のお婆ちゃんに会わせてあげるわよ」
「ぬうっ!? 待て! 待たんか、レイコ! まずは儂の話を聞け!!」
「何、遺言? いいわ、聞いてあげる」
「勝手に遺言にするな! 実はクロn」
「オーケー聞き届けたわ。くたばれ、ジジイ!!」
「のぉぉぉぉぉーっ!!」
「……」
『……』
クロニカとポンコツは村長がレイコにボコボコにされる様子を静観する。普通なら助けに行くところだが、何故か全く助ける気になれなかった。
「ああっ、レイコさん! 落ち着いて! 落ち着いてください! その方は村長ですよ!」
「いいのよ、もう十分に頑張ったから。この辺で御暇させてあげましょう。天国のお婆ちゃんも今頃手を拱いて待ってるでしょうし」
「いけません! この神聖な場で暴力は! ああっ、暴力はいけません!!」
『……クロニカ、ひょっとしてあの人は』
「うん、レイコの爺さんだよ。昔っから女好きらしくてな、好みの女に声をかけてはレイコに半殺しにされるんだ。それでも懲りねえエトのクズだよ」
実の孫にボコボコにされながらもクロニカの胸から決して目を離さないエイライ村長を見て、ポンコツは見習ってはいけない人間の在り方を深く心に刻んだ。
「へぇ、クロニカが聖都セフィロトに?」
村長の血で赤く染まった手をハンカチで拭きながらレイコは目を丸めた。
「ええ、デウス教の司教様にお会いしてポンコツさんの所有者として登録して頂きたいのです。もし迷惑でなければレイコさんの船で送ってあげてくれませんか?」
「私は別にいいわよ。近くの街まで行く予定だったし、ファンタズマの素材も買い取ってもらわないといけないしね」
「お、おう……助かるよ」
『……』
血だるまで転がるエイライ村長の事など眼中に無い様子でレイコは快諾する。
『お、おいレイコ。流石にやり過ぎじゃないか? 今にも息を引き取ってしまいそうだぞ……』
ポンコツは横たわる村長の生命反応をチェックし、危篤状態の彼を本気で心配したが……
「ん? いいのよ、死んだら死んだで。天国でお婆ちゃんが待ってるしね」
レイコの反応はとても冷たかった。否、むしろ大いに喜んでいた。どうしたらここまで実の祖父を嫌いになれるのかとポンコツは頭を悩ませた。
「さて、じゃあ準備しないとね。クロニカもさっさと支度しなさい」
「待たんか!!」
『!?』
レイコが死にかけの祖父を踏み越えて出発の準備をしようとした時、半死半生だったエイライ村長が息を吹き返した。
「あ、まだ生きてたの?」
「まったく! なんという孫じゃ! 腕っ節の強さと性格の悪さだけ婆さんに似おって! 本当に死んだらどうする気じゃ!?」
「泣いて喜んでやるわよ」
「捨て台詞まで受け継ぎおって、このバカ孫めが! どうせ似るなら乳の大きさも」
「あぁ!? なんか言ったか、クソジジイ!」
『ま、待て待て! ちょっと待て! 何でピンピンしてるんだ!?』
ポンコツは驚愕していた。先程まで死にかけていた筈の村長がほぼ無傷の状態まで回復したのだから。
「あー、これが村長の眷能だよ。死にかけるような怪我をしてもすぐに回復して復活するんだ。軽い怪我だと数秒で回復しちまう割ととんでもねえ能力だ」
『何だって!?』
「昔、ファンタズマの攻撃で心臓をぶち抜かれても復活したらしいぞ」
『心臓を!?』
ポンコツはエイライ村長の化け物じみた回復力に戦慄した。
「今日という今日はもう我慢の限界だわ! 覚悟しな、クソジジイ!!」
「ふん、乳も器も小さい小娘に殺しきれる儂ではないわ! 老いたとは言えかつて アクリの狂戦士 と呼ばれた儂を侮るでないぞ!!」
「あーもー、くだらねえ喧嘩してんじゃねえよ! おら、ジジイ! オレとレイコはこれから遠出の準備をすんだよ、用がないならこっから出ていけ!!」
クロニカはエイライ村長の背中を押して強引に部屋から追い出す。
「ま、待たんか、クロニカ! 儂はお前に」
「アンタの孫になる気はないし、新しい村長になる気もねえよバーカ! 寿命が尽きるまでそのまま村長やってろ!!」
「ぬううっ、儂は諦めんぞ! 必ずお前を孫にして村を継がせる!!」
『いやここまで言われたら諦めようよ!?』
「諦めんぞ!!」
「あー、面倒くせえジジイだな! オレみたいな無能が村長なんて他の奴らが認めるわけねーだろ!!」
そのまま孤児院の外まで村長を押し出し、クロニカはバタンと扉を閉める。
『こら、クロニカ! もう少し儂の話を』
「あーあー、うるせー! 黙って家に帰れ、クソジジイ!!」
『ぬぬぬ……! ええい、このわからず屋がぁ! もう良いわ! お前を孫にするのはやめじゃ、やめ!!』
「あいあい、光栄だよ! ありがとうよ!!」
『とりあえず今日も無茶だけはするなよ、小僧! 儂らより先に死んだら許さんからな!!』
エイライ村長はドア越しに不器用な言葉をかけてズカズカと歩き出す。
「……ああ、何しとるんじゃろ儂は。この一言だけ言いに来たはずなのにのう」
女体化したクロニカの可愛さに我を忘れて暴走してしまったが、本来エイライ村長はクロニカや孫のレイコを何よりも案じる優しい老人であるのだ。
「……言われなくてもわかってるっつーの、クソジジイめ」
『……ははっ』
「何だよ?」
『いや、何でもないよ。気にしないでくれ』
悪口を叩き合いながらも決して険悪ではない。そんな彼らの関係にポンコツの表情は不思議と緩んだ。
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