「わぁ……」
ミーナは白銀の戦士の姿を見て目を輝かせる。
全身に翡翠色の輝きを纏い、首元から光のマフラーをなびかせるその神々しい姿は不思議なことに絵本に描かれた【天使】の姿とよく似ていた。
「見て、レイコお姉ちゃん! 絵本の天使様そっくり!!」
「……」
変身したクロニカを指差してミーナは言う。天使様、天使様とはしゃぐ彼女とは対照的にレイコは言葉を失くし、呆然とクロニカを見つめていた。
「……聞いたか、ポンコツ? オレが天使様だってよ」
『彼女にはそう見えるらしいね』
「そうかい。それじゃあ」
〈……ヴルルルルルッ!!〉
「あの化け物には、オレが何に見えてるんだろうな?」
ファンタズマは唸りながらクロニカを警戒する。明らかに先程までとは雰囲気の変わった彼を前に攻勢に出ることが出来ず、ガリガリと床に爪を立てて尻尾を揺らす。
『……アイツには、よほど恐ろしいものに見えているようだ』
「そうかそうか……まぁ、気持ちは解るよ」
クロニカはグッと両足に力を込める。
翡翠色の双眸はファンタズマをしっかりと捉え、白銀の装甲はクロニカの闘志に反応してキリキリと音を立てる。
「オレだって、怖いんだ」
────ドンッ!
そう言って駆け出すクロニカの心中に在るものは、ファンタズマへの敵意でも無ければ殺意でも無かった。
〈ヴァルルルルッ!!〉
それは魔道鎧すら貫く尻尾を突き出す怪物を脅威だと感じられなくなった……
「生まれて初めてだよ……」
『何が?』
「ファンタズマが、もう怖くないと思ったのは」
自分自身への戸惑い。
(コイツの攻撃って、こんなに遅かったか?)
(まるで止まって見える)
(さっきまであんなに速く見えたのに)
クロニカは槍のように突き出す尻尾を躱し、伸び切った尻尾を手刀で切断する。
〈ヴァッ!〉
切断した尻尾を掴んで投擲。クロニカを貫くはずの鋭い先端は逆にファンタズマの身体を無慈悲に貫いた。
〈ガアアアアアアッ!〉
怯むファンタズマの目前に迫り、クロニカは両拳を握りしめる。
生命の危機を察したファンタズマは大きく息を吸い、あの時のように空気を震わす大咆哮で彼を吹き飛ばそうとする。
《ヴァオッ────》
だが顎下から突き上げるようなアッパーカットを食らって不発。強引に閉ざされた口や鼻孔から青い血がブシュッと吹き出す。
(ああ、クソッタレ。クソッタレめ)
(こんなにアッサリ倒せるなら)
クロニカはぐらりとふらつくファンタズマに向けて光る拳を突き出す。
(最初から覚悟を決めておけば良かった)
クロニカの悔恨が詰まったストレートパンチはファンタズマの胴体に風穴を開ける。巨体から勢いよく飛び散る青い肉片が礼拝堂の壁にかかり、白き神を称える大きな十字架が真っ青に染められた。
〈ゴ……ガァ……〉
「まさか、こんなド田舎の村にバケモンが居るとは思わなかったろ?」
〈……ッ〉
「オレも好きでこうなったんじゃねえけどな!」
ファンタズマはそのまま崩れ落ちる。大きな目をギョロリと動かし『お前は何だ』とでも言いたげにクロニカを睨め上げた。
「……何だよ、そんな目で見んなよ。オレだって困ってんだ」
〈……〉
意味深な沈黙を残して青い瞳から生命の光が消え去り、ついにファンタズマは絶命した。
『……生命反応が消失』
「死んだってことか?」
『僕の目に映る限りはね』
「……まぁ、オレの目から見ても死んでるけどな」
クロニカは両腕から力を抜いて宗教画の描かれた天井を見上げる。
ファンタズマの血は壮麗な宗教画にも飛び散り、大天使が白き子らをファンタズマから救う絵がファンタズマを血祭りに上げる真逆のイメージに様変わりしてしまっていた。
「あーあ、こりゃ酷え。神様から怒られそうだ」
『人を襲う化け物を倒したんだから、これくらいは許してもらえるさ』
「ヒトってなんだよ。エトだよ、エト」
『……僕の言う人は君の言うエトと同じ意味だよ』
「お前の言葉は難しいなぁ」
クロニカはふとミーナ達の方を見る。
「すご~い! シスター! 天使様が! 天使様がファンタズマをやっつけてくれた!!」
「……す、すげぇ……! おい、見たかよ!? あのファンタズマをやっつけちまったぞ!?」
「か、カッコいい……!!」
ミーナ達は興奮と感動で目をキラキラと輝かせるが、レイコは凄まじいものを見たとでも言いたげな青ざめた顔で絶句。シスター・ソロネも彼女らしからぬ複雑な表情でクロニカを見つめていた。
「……ヤバイ、目眩がするわ」
予めクロニカから話を聞いていたレイコも頭を抱える。
クロニカは軽い調子で語っていたが、実際に目にした衝撃たるや筆舌に尽くし難い。ファンタズマですら捉えきれぬ速さで動き、生半可な武器では傷一つつけられない漆黒の身体を僅か数発の打撃で討伐……討伐者の存在意義を揺るがしかねない常識外の戦闘力だ。
「まるで悪い夢でも見てるみたい……何よ、マジで化け物じゃないの」
「おい、命の恩人に言う台詞じゃねーぞ!」
『本当に言うことキツイね!? そこは『ありがとう』でいいじゃないか!』
そんなレイコの心無い評価にクロニカとポンコツは酷く傷ついた。
「……この調子じゃ、あの人の前で変身してもあんな目で見られただろうな」
『え?』
「何でも無い……忘れてくれ。それよりあの人が心配だ!」
『えっ……、ああ! 彼のことか!』
「そうだよ! 腕が千切られてんだ、早く医者に見せてやらないと!!」
クロニカは漏れ出た心の声を有耶無耶にし、レントの千切れた腕を拾って礼拝堂を後にした。
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