『そ、そういえばクロニカはどうやってあの建物に辿り着いたんだ!?』
このままでは埒が明かないと察した白い兜は強引に話題を変えようとする。
「あぁん!?」
『い、いや……あんな荒野の中心にポツンと建つ遺跡をよく見つけたなと思って……』
「クロニカが見つけたんじゃないわ、私が最初に見つけて情報を売ったのよ」
『君が?』
「そう、偶然だったけど」
〈アト20分デ、到着シマス〉
「あっ、いけないいけない……忘れるところだったわ」
部屋に無機質な電子音声が響き渡る。
レイコは急ぎ足で退室し、残されたクロニカはため息交じりに壁にかけてあったスペアの作業着を着る。
『何の声だ?』
「ああ、この船の補助機脳だよ。名前は【ジェスリ】」
『船……?』
「あ、言い忘れてたな。オレ達は飛翔船で村に戻ってる途中なんだ」
クロニカは白い兜を持って部屋を出る。
『うおっ!? これは……』
「コイツはガルーダ。オレの相棒だよ」
〈……〉
「今は眠ってるけどな」
部屋を出た先にある使い古されたハンガーで休止状態のガルーダが待機していた。
『こ、これはバイクなのか?』
「そうだよ、いいバイクだろ?」
『……凄いな』
「だろう? 後でお前にも乗せてやるよ」
ガルーダを褒められて上機嫌のクロニカはドアの傍に設置された梯子を登って上に向かう。
「此処はレイコの作業部屋やオレの武器庫にガルーダの寝床があるセカンドブロック。そんで、この上が操縦室とオレ達の部屋とかキッチンやシャワールームがあるメインブロックだ」
クロニカが梯子を登りきると簡易な居住空間にパイプなどの機械的なパーツが複雑に入り組んだ不思議な空間が広がっていた。
『これは……』
「これがレイコの飛翔船【アカツキ】だ。女一人が持つにしてはかなり上等な船だぜ?」
『飛翔……ということは、これが空を飛んでいるのか!?』
「おう、鳥よりも高く上手に空を飛べるんだ。凄えだろ!」
驚愕する白い兜を持ってクロニカは操縦室に入る。
「おー、いい夕焼け空だなー」
「ちょっと、入る時はノックしろって言ってんでしょ?」
『これはまた……凄いな』
白い兜はアカツキの操縦室を見て更に驚いた。
「ま、別に自慢に出来るほど凄い船じゃないけどね」
アカツキの操縦席は大型バイクの座席によく似たデザインで、ハンドルの代わりに様々なボタンやレバーが設けられた操縦桿が左右に取り付けられている。
『……』
操縦するレイコもバイクに跨るような姿勢になっており、魅惑的なヒップラインを堂々と見せつける彼女に白い兜の目が泳ぐ。
「細かい制御はこうしてレイコやオレがする必要があるけど、ただ真っ直ぐ飛ぶだけならジェスリに任せておくだけでいいんだ」
「クロニカにはこの席に座らせたくないけどね」
「何でだよ、オレの方が操縦上手いだろ!?」
「何処がよ! これは飛翔船よ!? あんなバイクみたいなノリで操縦されたらそのうち墜落するってーの!!」
「むしろいつもこの船を墜落させようとするのはお前だろうが!」
「何ですって!? 私がアンタよりも操縦が下手だっていうの!?」
「気づいてなかったのかよ!?」
そして流れるように二人は口喧嘩に突入。白い兜は『やれやれ』とでも言いたげに窓の外を見る……
『……少し、聞いてもいいか?』
「ああん!?」
「何よ!?」
『……あの大きなものは……樹か?』
「……ああ、あれはセフィロトの大樹。この世界の神様らしいぞ」
「ただの言い伝えだけどね。でも、そう思っても仕方ないくらい凄いものなのは確かよ。あの樹が無ければ私達は暮らしていけないから」
夕日に照らされる天まで届くかのような大樹。あまりにも非現実的かつ、正しく世界を見下ろす神の如き壮大な姿に兜は言葉を失った。
(なんて大きさだ。しっかりと生命反応がキャッチ出来るし、あれで一個の生命体なのか……途轍もないな)
しかしセフィロトの大樹に注視すると視界に小さなノイズと無数の文字化けした警告が現れる。
あまりにも常識外な存在を前に兜の情報処理能力が追いついていないのだろう。もしくは目覚めたばかりでまだ機能が万全では無いのかも知れない。
『樹が薄っすらと光っているように見えるんだが……まるで大きな樹の周りを光の粒が包んでいるような』
「実際に光ってるわよ。あのセフィロトの大樹からは絶えず魔素が生成されてて、それが大気や光に反応してチカチカと光るのよ」
『へぇ……』
「でも光ってるのは生まれたばかりの魔素だけで、セフィロトから離れて大気に馴染むにつれて目に見えなくなるの。でも目には見えないけど、この船の中にも魔素はふよふよと漂ってるのよ?」
「オレにとっちゃ気分の悪くなる話だけどな……」
『どうしてだ?』
「お前には関係ないだろ」
クロニカに冷たくそっぽを向かれて白い兜はまた少し傷つく。
気を取り直して外の景色に再び意識を向けると、大樹を囲うように幾つもの街や村があるのが見えた。
『君達の村はあの中のどれかかい?』
「いいえ、目的の村はもう少し向こうよ。大樹からはちょっと離れた場所にあるわね」
「大樹の近くに住めるほど、オレ達は金持ちじゃねえからな」
クロニカはポリポリと頭を掻く。
「……べぇっくし!」
『うおっ! 大丈夫か!?』
「あーあー、いつまでもそんな格好でいるから。アンタの部屋に着替えあるからさっさと着てきなさいよ」
「やだよ、女物だろ」
「アンタもう女じゃないの」
「女じゃねーよ!? 男だよ!」
「まー、男で貫きたい気持ちはわかるけど。その顔と胸じゃ誤魔化すのは無理だと思うわよ」
自分を女扱いするレイコに突っかかるが、彼女はたわわに実った胸を指差して論破した。
「うぐぐっ……! 何でこんなに胸デカいんだよ! 邪魔だってーの!!」
『ぼ、僕に言われても困るよ……』
「せめてレイコくらいの大きさにしてくれよ!」
「あぁん!? 何か言ったか、クソニカァ! 私の胸が何だってぇ!?」
クロニカの発言が気に障ったのか、レイコは鬼のような形相で振り向く。
「な、何も言ってねえよ!」
「聞こえたぞ、コラァー! ちょっと胸が大きい女になったからって調子乗んなよ!!」
『お、落ち着いてくれ! 段々と船が傾いて来てるぞ!?』
コンプレックスを突かれたレイコは、前を向かずに操縦桿を動かしてひたすらクロニカを責める。
「もっかい言ってみろ! 私の胸が何だって!?」
「悪かった! 悪かったって! もう胸のことは言わないから!!」
クロニカは深々と土下座し、レイコの気が済むまで謝罪し続けた……
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