【眷能】……それは白き神が白き子エルシートに授けた神の力の断片。
エト族を含め、白き子エルシートを祖とする種族は潜在的にその力を扱える素質を持つ。彼らはある年齢に達すると【戦闘型】、【支援型】、【探知型】の何れかに属する眷能が発現する。それは深い眠りに就いた白き神が白き子エルシートの血を継ぐ遠い子孫に残した贈り物なのだ。
黒き神の子、ファンタズマから我が子らを守る為に……
「……ほえー、こりゃ凄いっすねー」
荒野を走る高機動トラックの荷台から瞳を輝かせながら探索者の少女が感嘆の声を漏らす。彼女の金色の瞳には巨大な古代遺跡がハッキリと映っていた。
「皆さん、見えますかー? 凄いですよ、あれ!」
「……あたしには何も見えないんだけど」
「……俺も。何にも見えん」
「俺もだ」
だが、同行する探索者は双眼鏡を装備しているのに何も見えていない。
「あれぇ……?」
「アリィ、別にアンタの眼を疑ってる訳じゃないけどさ。本当にこんな荒野に遺跡が建ってるの?」
「建ってますよ! アタシの眷能を疑うんですか!?」
「疑うわけじゃねぇけどよ……俺たちにはマジで何にも見えねえんだよ」
「ありますからー! ちゃんと遺跡ありますからぁー!!」
アリィは半泣きになりながら遺跡を指差すが、相変わらず仲間の目には映らない。
「わかった、わかったって! それで、遺跡までの距離はどのくらいなの!?」
「大体、10~12フォートぐらいです! このまま真っ直ぐ進んでください!!」
「だとよ、運転手。まっすぐ進めや」
「リーダーを運転手とか言うな、ドッガ。せめてアックスさんと呼べ、パーティーから省くぞ」
「サーセン、アックス兄貴さん先生。このまま、まっすぐ12フォートぐらい突っ走って貰えますかね?」
探索者のリーダー、アックスはアクセルを思い切り踏み込んでスピードを上げる。
「アリィ、俺はお前を疑ってる訳じゃないが、もし見間違いだったら今夜お前の飲み物にウォッカールを混ぜるからな」
「やめてぇー!!」
「こらこら、やめたげなさいよ。アリィがまた人前で裸になっちゃうじゃないの」
「え、裸!? 下着姿じゃなかったんすか!?」
「あっ」
「姐さぁぁん!?」
アリィは涙目でメイリに突っかかる。
彼らはAランク探索者のアックスをリーダーとするパーティだ。
戦闘型の眷能を宿すアックスとドッガ、支援型のメイリ、探知型のアリィとバランスの取れたメンバーで構成されている。階級がAランクなのはアックスのみだが、メンバーの仲は良好でライバル意識の強い探索者達の間でも一目置かれている。
「さて、お前らそろそろ準備しておけよ。アリィの言うことが本当ならもうすぐ遺跡に着くはずだ」
「はいはい」
「本当ですから……本当ですから……!」
「わかった、わかったからよ。ほら、お前の獲物だ」
「うぅううっ!」
アリィは泣きながら手渡された狙撃銃型魔動機【シルフィード】のレバーを引き、スコープ越しに遺跡を睨みつける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「あっ! あれ見てください!!」
透明化していた遺跡が姿を表す。先程までアリィの眼には薄い虹色の膜に覆われているように映っていたが、今ではハッキリとその全貌を荒野に晒していた。
「え、何!? ちょっと! 運転手さん、見えてる!?」
「運転手とか言うな、俺にも見えてるよ」
「はっはー、マジかよ! マジでこんな荒野に遺跡が建ってるよ! はっはぁ、凄えー!!」
「だから言ったじゃないですか! これ見つけたのはアタシですからね! 疑ったお詫びも兼ねてお宝は多めにくださいよ!!」
「バカヤロー、宝は全員均等に分けるんだよ。だがよくやった、アリィ」
アックスの顔には珍しく笑みが浮かび、アクセルを更に強く踏み込んで荒野の遺跡へと向かう。
「……! ま、待って! リーダー、止めて! 止めてください!」
だが、遺跡まであと3フォートという所でアリィが騒ぎ出す。
「? どうしたの?」
「やばい、やばいです! 早く止めて!」
「おい、どうしたんだよ!? 目当ての遺跡はもう」
「ファンタズマです! 遺跡の近くに、ファンタズマがいます!!」
アリィがその名前を出した瞬間、アックスは急ブレーキでトラックを止めた。
「ひゃああっ!」
「ちょ、ちょっと! いきなり停まらないでよ!!」
「……何匹だ? アリィ」
「えっ、えっ、あっ!」
「ファンタズマは何匹いる? 種類はわかるか?」
「え、えーと……!」
アリィはスコープを覗き、荒野を駆ける忌々しき黒い怪物を注視する。
「か、数は2匹……! 大きさは中型、種類は……どちらも牙獣。此方には気づいてません!!」
「……どうするよ、アックス」
「どうするかね」
アックスはハンドルに手を置いて考える。
「正直、このメンバーでも2匹はキツイな。帰るか」
そして彼が出した答えは即撤退だった。
「はぁ!?」
「え、帰るの!? 遺跡が目の前にあるのよ!?」
「1匹ずつなら何とかなるかもしれんが、2匹同時は無理だ」
「で、でもよぉ! あんな凄え遺跡を置いて帰っちまうのか!? それにあの化け物から取れる素材も良い金になるんだぜ!?」
「ドッガ、俺たちは探索者だぞ? 討伐者じゃない。そんなに金が欲しいならお前一人で倒してこい」
「あ、1匹が遺跡の中に入っていきましたよ!!」
アリィの眼が遺跡に侵入していくファンタズマを捉えた。
「ファンタズマが遺跡に?」
「で、でも1匹はまだ遺跡の周りをウロウロしてます!」
「……」
「アックス……?」
「1匹なら、俺たちで何とかなるか」
先程の発言を撤回、アックスは再びアクセルを踏み込んだ。
ハンドル横の【Assault!】ボタンを押してトラックの頑丈な天井をボンネット部分に移動させて衝角代わりにし、ファンタズマに向かって加速する。
「え、えええっ! マジですか!? マジでやるんですか!?」
「アリィ、お前ならこの距離からでも当てられるな?」
「ちょ、ちょっと! 本気なの!?」
「メイリ、お前も準備してろ」
「はっはっ、そう来なくちゃなぁ!」
「ドッガ、お前は盾代わりだ。その筋肉の鎧で奴の爪を止めろ、その隙に俺がやる」
「ふざけんな、コラ!!」
「あっ、あっ! アイツこっちに気づきました! ヤバい、ヤバい、こっちに来るぅー!!」
遺跡まで2フォートを切った所でファンタズマが彼らに気づき、6つもある青い眼光を鋭く光らせながら疾走してくる。
「……じゃあ、やるぞお前ら」
アックスは背中から愛用の武器を抜き放つ。金属の細長い箱に見える武器はガシャガシャと音を立てて変形、一瞬でエトの背丈程もある片刃の斧に姿を変えた。
〈ヴァルヴァルヴァルヴァルウウウウウウウッ!!〉
ファンタズマが獣のような咆哮を上げたのを切欠に、彼らの戦いは始まった。
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