(こりゃ……死んだかな)
(はぁ……本当に、ひでえ人生だった)
冷たい暗闇に沈みながら、クロニカは今までの日々を回想する……
物心が付く頃にはもうクロニカは孤独だった。
森の中で捨てられていた所を狩りに出ていた猟師に拾われ、以後は彼の村で育てられた。
幼い内は他の子供と同じように育てられていたが、彼が11歳になる時にはもう村人達に怪訝な目を向けられるようになった。
エトであれば必ず宿る筈の眷能が、彼には宿らないのだ。
どんなに遅くても10歳には眷能が発現する。同じ村に住む子供達は皆、発現したと言うのにクロニカだけは発現の兆しすら見られない。親代わりの猟師は変わらぬ態度で接してくれたが、他の村人達からは陰でこう呼ばれていた。
白き神から見放された子、無能のクロニカ。
眷能は神の子孫である事を示す証や、日常に役立てたりファンタズマから身を守る為だけの力だけではない。
眷能とは白き神が世界に撒いた生命の種、現代では魔素【マナ】と名前を変えた万物の源が白き子の子孫に共鳴して起きる覚醒現象。子孫の体内にある形質魔素【ウルグス・マナ】が世界を漂う純粋魔素【アルス・マナ】に反応して各々の性質に見合う神の力を目覚めさせたものなのだ。
つまり眷能が使えないという事はその者の性質に見合う眷能が存在しない、あるいは体内に魔素が存在しないという事。
そして眷能が発現しなければ神の子孫として認識されず、体内外問わず魔素が全く反応しないという事だ。
神話の時代と異なり、今の時代では魔素をエネルギーとして利用する魔動機関【マナクター】と呼ばれる技術が日常のあらゆる場面で使われている。しかし眷能が発現しない限り魔素は反応を示さず、魔素を原動力とする魔動機関は起動しない。体内に魔素が無い場合も同様だ。エトであれば出来て当たり前の事がクロニカには出来ない。
そんな無能を同族として受け入れられる者など……何人も現れるはずが無かった。
(……畜生め、アイツら好き勝手……言いやがって……)
(オレだって、好きで無能に生まれたんじゃないんだよ……)
クロニカを受け入れてくれたのは育ての親を含めたほんの僅かな者。
彼が扱えるのは魔動機関が使用されていない時代遅れの骨董品。そして、彼と一緒に捨てられていたガルーダと名付けられた製造者不明の多輪駆動機のみだった。
(……レイコはオレが死んだら悲しむかな? あの人は……あいつらは……)
(……いや、もういいや。もう疲れたし……オレはこの辺で休むとするか……)
(……それに……)
クロニカの意識は闇の中に溶けていく。
数多の理不尽と差別に彩られた日々だったが、今はそれもどうでもよくなった。むしろ安堵すらしていた。ようやく、この世界から解放される……
(……待ってろよ、神様)
(今から、その面にキツイの一発食らわせに行くからな……)
そして、ようやくこの世界の神様をぶん殴れる機会が与えられるのだから……
《おい、おいっ! 起きろ! 本当に死ぬぞ!!》
だが、死を受け入れようとしたクロニカに白い兜の声が届いた。
《こんなところで死んでいいのか!? こんな冷たい建物の中で……! 君の家族や友達はどうする!? 君の帰りを待っている人になんて言えばいいんだ!?》
白い兜は瀕死の彼に声をかけ続ける。
「……」
《君は命を賭ける程の【理由】があって此処まで来たんじゃないのか!?》
白い兜の言葉が琴線に触れたのか、クロニカの身体が僅かに動く。
《まさか何の理由も目的も無しに此処に来たのか!? そこまで馬鹿じゃないよな!?》
「……う、」
《君は僕に『何とかしてくれ』と言ったぞ!? それは『こんな所で死にたくない』と思ったからだよな!? 違うか!?》
「……うる、せー……」
《それなのに死ぬのか!? 死んでいいのか!!?》
「……うるせぇ!」
《答えろ! 君はこんなところでで死にたいのか!?》
「……ッ」
《答えろ! 君の望みは、こんなところで一人で死ぬことか!?》
兜の言葉に発破をかけられたクロニカは最後の力を振り絞って白い兜に手を伸ばす。
「……はっ、冗談じゃねぇ……!」
《!》
口から血を吐き、既に目は霞んでいたが、クロニカは歯を食いしばりながら言う。
「こんなところで、くたばって……たまるか!」
《よし……っ!》
「無能のまま……終わってたまるか!!」
────ガシャンッ!
彼が諦めずに生への渇望を吐露した瞬間、白い兜の後頭部が大きな音を立てながら開いた。
《……なら、僕を使え!!》
「……!?」
《自分でも上手く説明できないが……君なら僕が使える! 解るんだ、君と出会った時から! 僕は君から特別なものを感じていた!!》
「……何だそりゃ、意味わかんねぇ」
《僕にもわからん!!》
白い兜は断言した。
自分が何を言っているのかわからない。だが、クロニカを死なせたくないという思いが彼にそんな事を口走らせた。
それと同時に確信もしていた。クロニカならば……
《それでも、生き残りたいなら……僕を使え!!》
必ず聖異物を使いこなせると。
「……うっ、ぐ……!!」
クロニカは白い兜を力一杯引き寄せ、兜から漏れる光に導かれるように頭に装着した……
白い兜と一つになった瞬間、クロニカの身体は温かな青い光に包まれる。
(……この、感覚……)
(何だろう……凄く、不思議な気分だ。オレは、コイツと今日初めて会った筈なのに……)
(オレは、コイツを……知っている気がする……)
直後、クロニカの身体に変化が起きる。眩い青い光は瞬く間に【白銀の鎧】へと変化し、彼の身体に音もなく装着されていく……
― CREATE IN THE NAME OF HUMAN ―
─ FOR OUR CHILDREN ─
─ WAKE UP KRONOS ─
変身が完了すると共に視界には青い古代文字が浮かぶ。
(……ははっ、何だよコレ。よくわからねえや)
(……でも……何だか……)
言葉の意味は理解出来なかったが、彼の心はいまだかつて無い程に高鳴った。
(今のオレは……誰にも負ける気がしねぇ!!)
────ヴゥン!
高ぶる感情に呼応するように目元を覆う無機質なゴーグルに翡翠色の光が走る。
そして、白銀の戦士は立ち上がった。
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