「ちょ、ちょっと待っておくれ! アンタ、本当に……」
『くあああああああああああっ!!』
アマンダは動揺して腕の力を緩めてしまう。異形はそれを見逃さず、小さな身体からは想像もできない力で魔動機ごとアマンダを跳ね除けた。
「うわあっ!」
「姐さんーっ!」
『よくもやってくれたなああーっ!!』
異形は全身に赤い稲妻のような光を纏わせ、手の甲に備わった赤い単眼でジョンを憎々しげに睨みつける。
「くそっ! 逃げろ、お前達!!」
「言われなくても逃げるよぉー!」
「うおおおおーっ!」
ゲンツは言われたとおりに黒髪の女を抱いたまま逃げ出した。
「ば、馬鹿ぁ! 俺を置いて逃げるんだよっ!!」
『逃がすもんかぁぁぁーっ!!』
「ひいいいいっ! 追ってきたぁぁぁー!!」
異形は赤い光を纏いながらゲンツ達を追いかける。沢山の足をカサカサと動かしながら凄まじいスピードで迫る異形からゲンツ達は必死に逃げ回った。
『待てぇぇぇぇーっ!!』
「何、何なのアイツ!? あんなの見たことないよぉ!?」
「俺もだよーっ!!」
「いいから俺を置いていけ! 奴の狙いは俺だ!!」
「そんなこと言われてもぉー!!」
『あああああああああっ!!』
ついに異形はゲンツのすぐ後ろに迫り、勢いよく地面を蹴って彼に襲いかかろうとする。
「この、馬鹿野郎がっ!!」
「あだぁっ!?」
黒髪の女は自分を抱いて放さないゲンツの頭に肘打ちを食らわせ、怯んだ彼を庇うように身を乗り出す。
『私の恨みを思い知れえええーっ!』
「こっちの台詞だ!!」
そして飛びかかる異形に躊躇なく左手を伸ばし、相打ち覚悟で異形を捕まえようとした……
「おらぁぁぁぁぁーっ!!」
『ぺぎゃぁん!?』
が、彼女の手が異形に触れる直前に追いついてきたアマンダの鉄槌に叩き潰される。
「うおおおっ!?」
「舐めるんじゃないよ、この虫っころおおおー!!」
『ぎゃんっ! このっ、何をばっ! ちょっ! まっ!』
「おらぁぁぁー! ぶっ壊れなぁぁぁーっ!」
『ぎょわああああーっ!』
怒り狂ったアマンダは魔動機で異形を執拗に叩き潰す。
守護者すら粉砕するアマンダの攻撃を受けても異形は壊れないが、あまりにも容赦ない連撃と鬼と化したアマンダの恐ろしさに流石の異形も恐怖を覚えたのだろう。
『まっまっ、待って、待っ……やめて! やめって! もうやめてよぉおー!!』
ついに異形は大粒の涙を浮かべて攻撃をやめるよう懇願しだした。
「あぁぁーん!? 聞こえないよぉ、虫っころぉ! ぶっ殺すって襲いかかってきたのはそっちだよぉぉー!? 舐めてんじゃないよ、コラァァァーッ!!」
『あぎゃっ、あうっ! ごっ、ごめん! ごめんなさっ、ごめんなさいーっ! さっきの嘘! 嘘だっ……あぎゃーっ!』
「あぁーん!? 何だってぇー!? 聞こえないよぉーっ!!」
『ぎゃああああああああーっ!』
情け容赦ない攻撃はアマンダの気が済むまで延々と続いた……
「じゃあ、アンタはアタシらが化け物に見えたから襲いかかってきたのかい?」
『……そうよ、今も化け物に見えてるけど』
地面の窪みの中でプスプスと煙をたてながら異形は淡々と事情を話す。
この二日間、あの部屋を出ようとする異形とそうはさせまいとするジョンの間で激しい攻防が繰り広げられていた事、ジョン以外のエトに【敵性存在】と表示され、更に全身を金色の靄で覆われた恐ろしい化け物に見えていた事を。
「お前は何なんだ? 聖異物なのか?」
『わからないわ。記憶領域が損傷して記憶の大部分が失われているの。私が何者で、どうして此処にいるのかの情報もね。私と繋がった貴方にもそれはわかってるんじゃないの?』
「……」
『私が自分について知っていることは【アレス】という名前だけよ』
黒髪の女こと女体化したジョンは腕を組んで神妙な面持ちになる。
二日前、あの異形を装着した瞬間に謎のコードが伸びてジョンの頭に突き刺さった。それと同時にノイズに塗れた大量の情報が脳に叩き込まれ、全身が光に包まれると共に彼は意識を失ってしまう。
そして再び目を覚ました時、ジョンは女の姿になっていた。
「……馬鹿げた話だ」
女になった自分の身体を一瞥して重い溜め息を吐く。
父親の形見のジャンパーで隠された肉体は女性的な魅力に溢れていた。つややかで艶のある黒い長髪、透き通るような青い瞳、はち切れんばかりの豊満な胸、引き締まったウエストライン、大柄なゲンツと同じくらいの長身。女のアマンダすら見惚れてしまうその美貌は正しく絶世の美女と呼ぶに相応しい。
だからこそジョンは頭を悩ませた。運命の相手として出会うならともかく、自分自身がそうなっても喜べるはずがない。
「ジョン坊やがこうなったのは?」
『知らないわ。私はそいつの先天的な肉体の異常を治してあげただけ』
「先天的な異常とはなんだ? 俺は病気など患っていないぞ」
『病気とは別の身体的な異常よ。接触時に読み取った貴方の生体コードは【女性】だったから、それに合わせて身体を正常な状態に再構築したのよ』
「どういう意味だ」
『つまり貴方は身体は男だったけど、遺伝子レベルでは女だったってこと』
黒い異形アレスはジョンを指差して言う。
「……何だと?」
「え、どういうことです? 女だったって?」
「リーダーは女だったんですか!?」
「何いってんだよ、馬鹿馬鹿しい! ジョン坊やは男だよ! フザケたことを言わないでおくれ!!」
『ま、私に言えるのはそれだけよ。ちなみに元の姿に戻せなんて言わないでね、無理だから』
「ふざけるな」
ジョンはアレスを拾い上げて睨みつける。
「元に戻せ」
『だから戻したのよ。それが貴方の本当の姿ってわけ』
「ふざけるな」
『ふざけてないわ。私だって困ってるのよ。目が覚めたと思ったら裸の女が目の前で寝てるし、その女が起きたかと思えば発狂して襲いかかってくるし、暗い部屋に閉じ込められるし、こうして化け物に囲まれるし……これならずっと眠っていた方が幸せだったわ』
「……」
『私が嫌いになったなら眠っていた場所に返してくれる? 其処に行けば何か思い出せるかもしれないし、貴方達と一緒にいるよりずっとマシだから』
記憶を失い、自分が何者かもわからなくなっていたがアレスは冷静だった。
元々そういう性格だったのか。それともどうしようもない状況を前に開き直ってしまったのか。虫のような足を内部にしまってだらりと脱力したように動きを止める。
「……一つ聞かせてくれ。お前を腕に嵌めた後、俺はどうなったんだ?」
『自分で確かめて見ればいいじゃない』
「確かめろだと?」
『左腕に私を嵌めなさい。そうすればわかるわ』
「……」
ジョンはアレスの言う通り左腕に彼女を装着しようとする。
「ちょ、ちょっと待ちなよ!」
隣で見ていたアマンダが慌ててジョンを制止した。
「そんなよくわからない奴の言うことを素直に信じちまうのかい!?」
「……もし俺の身体にまた異常が起きたらコイツを砂漠に捨ててきてくれ」
「ジョン坊や!」
アマンダの制止を無視してジョンはアレスを装着した……
その瞬間、眩い赤い光がジョンを包み込み、赤黒い鎧と化して彼の全身に装着されていく。
― CREATE IN THE NAME OF HUMAN ―
─ FOR OUR CHILDREN ─
─ ELIMINATE AREUS ─
変身が完了したジョンの視界には古代文字が表示され、赤黒い戦士の双眸に彼の瞳と同じ色合いの青い光が灯った。
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