『……』
「そんな化け物の死体なんて眺めても面白くないぞ?」
『ぬおっ!?』
クロニカは熱心にファンタズマを解析するポンコツを拾い上げて脇に抱える。
「続きは明日だ。今日はもう寝ようぜ」
『……そ、そうだね』
「何かわかったの?」
『うーん、自分の機能の確認ついでに色々と調べてみたけど……僕の知ってる動物とは明らかに違うよ。正しくモンスターだね』
「でも、お前が知ってる動物なんて大昔の奴だけだろ? 今じゃもうお前の知らない動物の方が多いだろ」
『まぁ、そうだね……』
押し当てられるクロニカの胸に気を取られながらもポンコツは先程の解析で得られた情報を整理する。ポンコツの目はレイコの眷能よりも高度な情報収集能力があり、対象を注視しただけで大量の情報が雪崩込んできた。入手した情報は一瞬で記憶され、自分で驚く程の情報処理能力にポンコツは困惑していた。
(……しかし、一体誰が何のために僕をクロノスに改造したんだ?)
そして、ポンコツはずっとそれについて疑問に思っていた。
かつての自分については未だ断片的にしか思い出せないが、生家らしき一軒家、平凡な家庭環境、学友、長閑な風景から察するにごく普通の一般人であったことは窺い知れた。涙目で此方を見つめる金髪の少女に関しては何もわからないが、このような超技術が使用されたヘルメットとは無縁の生活を送っていたのは間違いない。
(……僕みたいな普通の人間をクロノスに改造して何をさせるつもりだったんだ?)
何故、自分はアーサル・マキナと呼ばれる代物に改造されたのか? 何故、あのような遺跡に安置されていたのか? ノイズの海に沈んだ記憶の中にその答えがあるのか? 自分の体でありながら現状最大の謎でもあるクロノスという存在にポンコツは頭を悩ませる。
『うむむむ……』
「? どうかしたか?」
『いや……クロニカの胸が当たってるのが気になって』
そして、元が男であるからか自分の身体に無頓着で柔らかい胸をこれでもかと押し当ててくるクロニカに悶々とさせられていた。
「……いい加減に慣れろよ、このバカ! 一々、オレの胸が気になってんじゃねえー!!」
『ぎゃああああーっ!』
事あるごとに胸について言及してくるポンコツをクロニカは投げ飛ばす。ポンコツは勢いよくフッ飛び、孤児院の窓を突き破っていった。
「あーっ! 窓が!!」
「あーあ、あたしは知らないわよ。後でちゃんとシスター・ソロネに謝んなさい」
◇◇◇◇
「……【使徒】から連絡がありました。白き兜が見つかったと……」
白と金の装飾で飾られたデウス教の大聖堂。白いローブを羽織った修道女が、白き神を奉る祭壇に祈りを捧ぐ白髪の女性に報告する。
「ふふふ、そうですか……ついに彼が目覚めたのですね」
白い修道女の報告を聞いた女性は嬉しげに顔を上げ、金色の瞳を歓喜の色に染める。
「彼を目覚めさせたのは?」
「アクリという村に住む少年です。名前はクロニカ」
「その子は彼を使えるのですか?」
「……そのようです」
白髪の女性は白い修道女に振り返り、両手を擦り合わせながらニッコリと微笑む。
「彼の状態は?」
「……詳しいことは不明ですが、記憶の大部分を失っているようです。装着者との関係は今のところ良好」
「ふふふ、そうですか。では、すぐに此方へ来るよう伝えてください」
「……わかりました、大司教様」
白い修道女は白髪の女性に頭を下げて大聖堂を後にする。
「ふふふっ……」
大司教と呼ばれた白髪の女性は微笑みながら祭壇に鎮座する白き神の像を見上げる。
「ああ、ここまで心が躍るのはいつぶりでしょうか。まさか貴方が目を覚ます時が来るなんて……ふふふふっ」
白髪の女性の瞳孔が一瞬、十字架状に変化する。
「ふふふ、うふふふふっ」
エト離れした超然的な雰囲気を漂わせながら彼女は一人笑い続けた。まるでずっと待ち焦がれていた瞬間がもうすぐ訪れようとしているかのように……
◇◇◇◇
『……』
「ぐかー……」
場所は変わってアクリ村の孤児院。寝息を立てるクロニカのすぐ隣でポンコツは眠れない夜を過ごしていた。
「むぐぐ……」
ごろんっ。
『……!!』
クロニカが寝返りを打って此方を向く度にポンコツは顔を真赤にする。素肌に薄手の作業着を一枚被せただけという刺激的な寝間着姿に心が乱され、手足がないので向きを変える事すら出来ないというどうしようもない状況にひたすら耐える夜。ポンコツの精神は限界まで追い詰められていた。
(人間の身体が欲しいなんて贅沢な事は言わない! せめて、せめて手足が生えれば……!!)
ぐぬぬと身体に力を込めて『動け』と念じる。とにかく真剣に手足が生えるよう念じ、その足で自由に動き回る姿を鮮明にイメージする。
────バシャンッ!!
すると、ポンコツの下部分が大きな音を立てて展開。太いカニの手足のような、六本のアームが現れる。
『うおおおっ!?』
ピョインッ!
『と、飛んだぁー!?』
六本のアームは驚くポンコツの思考に過敏に反応して力いっぱいベッドを蹴る。ポンコツは天井近くまで飛び上がり……
『あっ! ちょっ、ちょっと待って! そこは駄目だって! 駄目だってぇー!!』
クロニカの大きな胸目掛けて真っ逆さまに落っこちる。
『クロニカ、避けろぉー!!』
「んぐぁ……」
『避けたぁーっ!?』
が、既の所でクロニカは寝返りを打ち、ポンコツはクロニカの背後にボフッと落ちる。
『……』
安心したような、少しガッカリしたような何とも言えない感情を抱きつつも彼は急いでベッドを降りた。
『しかし、動けたのか……この身体は』
見た目は強烈だが自由に動ける手足を手に入れてポンコツは安堵する。カサカサと床を動いて月がよく見える位置まで移動して足を畳み、コトンと床に鎮座した。
『ああ、これで安心して眠れる……』
優しい月明かりに包まれながらポンコツは目を閉じる。
願わくばこれが悪い夢でありますようにと淡い期待を抱きながら……
Thank you for reading!(〃´ω`〃)三(〃´ω`〃)
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