悠久のクロノス

~神に見放された無能のオレが、白いポンコツや灰色の相棒と世界を旅するだけのお話~
ヨシコ
ヨシコ

ACT.30

公開日時: 2020年10月26日(月) 19:09
更新日時: 2020年11月17日(火) 10:37
文字数:2,305

〈ヴルルルルル……〉


 アクリ村に程近い小山に建つ朽ちた砦。村を一望できるその場所にファンタズマが立つ。


 青い四つの眼で村を睨み、ギリギリと歯ぎしりを立てる。その怒りに呼応しているのか、黒い身体はメキメキと音を立てて肥大化し、焼け焦げた皮膚がボロボロと崩れて新たな外皮が形成されていく。長く鋭利な尻尾もより禍々しい形状へと変わり、傷ついたファンタズマは 別の魔物 へと大きく姿を変える……


〈ヴォオオオオオオオオオオオン!!〉


 ファンタズマは空に向かって咆哮。大気を震わす魔物の声が夜の平原に響き渡った。



◇◇◇◇



「何なんだよ、アイツは! 気持ち悪いっ!!」

「おいおい、ちょっと! 待ってくれよ!」


 逃げるクロニカの後をコーザが追いかけてくる。


「げぇっ!?」


 思わずクロニカは顔を歪め、本気で嫌そうな声を上げた。


「そんなに照れなくてもいいじゃねえか」

「照れてねえよ!? 嫌がってんだよ!?」

「はははー、またまたー! お、その衣装イイね! すごく似合ってるよ!!」


 コーザは修道女姿の彼を見てニヤニヤと笑う。


「クロニカちゃん、シスターだったんだね。意外だった!」

「違うよ! これはシスター・ソロネが勝手に……!」

「いやいや、ものすごい似合ってる! すげー、可愛いよ!」

「こ、このっ!!」


 こっちの気も知らずに口説きにかかってくるコーザにクロニカは殴りかかるが、彼のパンチは簡単に受け止められた。


「うおっ、危ね! ちょっとクロニカちゃん、照れ隠しにしてもちょっと本気すぎ」

「うるせぇ、ボケェェー!!」

「ほぁぶっ!?」


 しかし追撃の左フックがコーザの脇腹に叩き込まれる。


「ご、ごふぅっ……!」

「これ以上オレに近寄ろうとすんな! 次は顔面に蹴りいれるぞ、テメー!!」

「……」

「それと馴れ馴れしくクロニカちゃんと呼ぶな! 気持ち悪い!!」

「はっはっ、うーん……これは……」


 コーザはゆらりと立ち上がり、先程までのニヤケ顔とはまるで違う不敵な笑みを浮かべる。


「イイね、マジで気に入ったぜ。お前」


 徐ろにポケットから黒いライターを取り出して火を点ける。ライターの火は勢いよく燃え盛り、まるで蛇のようにうねりながらクロニカの身体に巻き付いた。


「なっ……!?」

「おっと、動かないほうがいいぞ? 火傷しちまうからよ」

「てめぇっ!」

「うーん、その言葉遣い! イイね!」


 火はジリジリとクロニカの服を焦がしていく。


「こ、この火は……っ!」

「そ、これが俺の眷能ギフトだ。火を思い通りに操れる。火種が無きゃ何も出来ねぇが……それさえあれば結構色々と出来るぜ?」


 コーザは火で動きを封じられたクロニカに近づき、その顔をまじまじと見つめる。


「うん、やっぱりだ。クロニカちゃんは苦しそうな顔の方が可愛いな」

「……ッ!」

「悔しそうな顔も可愛かったけどな、そっちの顔のがイイ。とてもイイ」

『おい、コーザ! 何処だ!』

「ちっ」


 レントの声を聞いてコーザは舌打ちしながら指を鳴らす。するとクロニカを縛る火は瞬く間に消え去った。


『コーザ!』

「いつも旦那はイイ所で邪魔してくれるんだよなぁ。実力は買ってるけど、そういうとこは嫌いだわ」

「……」

「んじゃ、またなクロニカちゃん。次はもっとすごいのを見せてやるよ」

「……くたばれ、クソヤロー!」

「はっはっ、その言葉遣いは次に会う時までに直してくれよ!」


 コーザは軽く手を振りながら立ち去っていく。火で焼き切られた修道服から露出した肌を隠し、クロニカは悔しそうに壁にもたれ掛かる。


「畜生、畜生……!!」

『……気に入らない奴だな』


 悔しさと屈辱のあまり目に涙を滲ませるクロニカにレイコに抱かれたポンコツが声をかける。


「……」

「本当ね。まぁ、目つきからしてマトモな奴じゃないとは思ってたけど」

「……何だよ、オレを笑いに来たのか?」

『今の君を見て笑えるほど、僕はクソ野郎じゃないよ』

「まぁね。笑えると言えば笑えるけどー」


 レイコはクロニカの隣に寄って同じように壁に背をつける。『はぁー』と気怠げな溜息を吐き、彼女はボソボソと話し出す。


「……私はアンタに眷能ギフトが宿らなくてよかったと思ってるわ」

「はぁ!? 何でだよ!」

「だって碌な使い方しなさそうだもの。多分、相当なクソヤローに育ってたと思うわ」

「ふざけんな、レイコに何がわかんだよ! オレだって眷能ギフトさえ宿ってればなぁ!!」

「その考え方がアレなのよ」


 クロニカの頬をぷにっと突いてレイコは話を続ける。


眷能ギフトがあればー、眷能ギフトがあればー! で? その眷能ギフトがあるから何なのって話よ。さっきのクソヤローがいい例じゃないの」

「あぁ!?」

「力があってもダメな奴はダメなまま。他人より強い力があっても、他人より力が弱くても、大抵のエトはクソヤローになるのよ。もしアンタに眷能ギフトが宿っても、どうせもっと強い眷能ギフトを持った奴に嫉妬するかヒイヒイと頭を下げるだけよ」

「……ッ!」

「アンタは他の奴らみたいになりたいとか言ってたけどさ、アイツらがそんなにいいものだと思う? 眷能ギフトが無いってだけでアンタを突き放すような奴らよ??」

「そ、それは……でも、シスターは!」

「そりゃシスター・ソロネやアンタのお義父さんみたいな人もいるけど? あの人達は例外も例外よ」

「……」

「アンタが普通のエトに生まれてたら絶対に今よりも嫌なヤツになってたわ。ミーナ達を見てもただ身寄りのない可哀想な子供くらいにしか思わなかったんじゃない?」


 彼女らしいドライな持論を語った後、クロニカと目を合わせながらポンコツを手渡す。


「無理してアイツらみたいにならなくてもいいのよ。眷能ギフトが無くても……ミーナはアンタを本気で慕ってるんだから」


 そう言い残してレイコは立ち去る。


「……」


 クロニカはポンコツを抱えたまま呆然と立ち尽くした。


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